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いい話 * ショートショート


「いい話があるんだが、会って話さないか」


どこで調べたのか知らないが、
同級生を名乗るその男から
ある日、突然、連絡がきた。


職を失ったばかりの私は、
半信半疑ではあったが、
その男と会ってみることにした。


もし騙されるようなことがあっても、
取られるほどの金はないし
本当にいい話なら
儲けもんだと思ったからだ。


会ってみると
顔を見ただけでは思い出せなかった。
お互い歳をとっているせいもあるだろう。


名前を聞いても
いたような、いなかったような名前だった。


その男は最初、
学生時代の思い出を語り出した。


たしかに私の経験した
学生時代の話であった。


1時間ほど話しただろうか?


懐かしさと
その男の話術の巧みさに
私は学生時代に
タイムスリップしたかの様な感覚に陥った。


今まで
同窓会なるものに
顔を出したことのなかった私は
脳みその片隅に蓄積していた
楽しい思い出から
辛い思い出を全てぶちまけていた。


思い出話が
こんなに楽しいものだとは思わなかった。


現代社会に疲れ切って職を失った私は、
久しぶりに充実した、
濃密な時間を過ごしていた。


それだけ語り合っても、
未だその男のことは思い出せずにいた。


しかし、
そんなことはどうでもよくなっていた。


一生分を語りつくし、
満足していた私はふと我にかえった。


いい話のことを
すっかり忘れていたのだ。


また、
その男も全くその手の話をしてくる気配がない。


私は、その男に対する警戒心など、
とっくに吹き飛んでいたし、
何より、手助けをしてあげたいくらいの気持ちになっていた。


「おい、ところでいい話ってなんなんだ?」


自分からその男に聞いてみた。


すると、その男は
表情を180度変えて言った。


「君は、今まで同窓会に参加してこなかっただろ?
だから、友達の大切さや、自分を作り上げたものが
なんなのかを知って欲しかったんだ」


私は、ハッとした。


「もしかして、いい話というのはこのことなのか?
この、君と過ごした1時間がいい話ってことなのか?」


男はニヤリと笑みを浮かべて言った。


「イヤ・・」





「とても素晴らしい教祖様がいてね・・・」


私は、その後しっかりと宗教の勧誘をされたのだった。



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