自分なり善悪と教育について

自分なり善悪と教育について




子供の頃、だいたいだけど高校生くらいまで
凄い貧乏で暮らしてた。
かといってその後も普通かと言えばまぁまぁの貧乏だけど、現在40代だけどこの話を20代の時に
確か40代の年上の人にしたらさらにその世代よりふた世代上の生活だねって言われた事がある笑

わたしは団地に住んでいた。
その地区はとても変わってて、
ものすごく面白い人がいっぱいいた。
今でも確か一万円くらいで住める団地だと思う。家庭環境がとても悪いご近所さんが多かったり
個性的な人が集まってて、その話だけでも何個も凄いエピソードがある。

部屋はとにかく、散らかってた。
部屋の壁はペラペラの板に紙を貼ったようなもので「ドアでも障子でもない板を開けたり閉めたりするもの」としか表現できないドア的なものが
部屋の間にあって、姉妹の小さい頃の子育て中に貼ったシールや、障子みたいものはボロボロになってても張り替えれないから、
高学年のわたしはその障子の穴をさらに指で大きくするのがとても好きで、どんどん大きくなってた。

夜は何がこわいって書くのも今も怖いけど、
いわゆる黒の虫が電気をつけると、
台所の部屋の灯りをつけると、バーーーーって
通路に隙間なくいて光とともり隙間に隠れるよう消える。
トイレが台所を通ったお風呂の前あったから、
小さな頃から大きくなるまで、
黒の虫を足で踏んでも平気な母親を笑 
大きな声で呼ぶ。

そして寝ぼけた母親に怒られながらトイレに入っていつでも出れるようにスタンバイするのが、
わたしの夜中のトイレの思い出になる。
なので今でも何よりの苦手はその黒のやつ。

それ以外にも色々とあるけどまた書くかも。
想像出来る人はあまりいないと思う。
現在60代の人の子供時代でも少ないと思うないような光景をみて過ごしてたと思う。

お誕生日には大好きなオムライスが出てきたけど、それには卵は乗ってなくて、それが家の
チキンライスを「オムライス」という名前のものだった。 
ビックリするんだけど、それは大きくなるまで
オムライスとは卵が乗ってなくてもオムライスって言うんだと信じてた笑笑
育ちって凄いと思う。

本当に数年に一回にお寿司屋さんに行けたんだけど、ものすごい食べ盛りでまだ食べたいけど、
親の様子に敏感で困らせたくなくて、
お腹が空いたままお腹いっぱいだと言ってた。
楽しみだけど気を使う時間だったのを覚えている。
このエピソードが後に、槇原敬之さんの歌で、
松本人志さんの歌詞の「チキンライス」という歌詞とそっくりで、
それはやっぱり親に遠慮してた事や、
貧乏自慢を彼なりの表現でして…というような歌詞で。
もうあまりに同じで、聴いた時も今も亡くなった
父親の事を思い出す一曲になってて、
クリスマスに流れるその曲は悲しくて、懐かしくて優しくて、なんだか胸が苦しくなる。

けど松本人志さんは現在57歳、その中でもかなりの貧乏だった方だと思うと、わたしはほんとに凄い暮らしに育ったと思う。


よくあったのが、新しいものを買えないということ。
貧乏あるあると思うけど、体操服をある日にわたしは無くして、拾ったのが担任の先生だった。

まさかだけど、前回書いたVS斉藤という名前の、
嫌いな先生がいるんだけど、(是非読んでください笑)
その友達の伊藤先生というのが流石は友達ってくらいに、性格が歪んでいて、五年生から2年間この先生にお世話になるんだけど
1•2年の時の担任の斉藤とわたしとの事で色々あった報告もあってか、伊藤先生にもそこそこ目をつけられていた笑

拾った伊藤先生は、これ誰のですか?とはじめ聞いてたのだけど、異常に小さな体操服を広げた。
もう高学年になってた五年生の体操服は
もう確か三年生くらいのやつで、伸びる生地だからなんとか着てたんだけど、ばっと広げた時に
まず先生もみんなは笑った。

汚なそうにもちかえて、小さなその体操服を広げてみせて、誰のかと何度も聞いた。
クラス中が笑った。
こんな小さなのを着てる人いるの?と大騒ぎ。
子供はそういうもので、とにかく騒ぐ。

少し話しはそれるけど、エンパスのわたしは
子供のこのキーキーしてるクラスの集団音や、
何かあったら集団で大騒ぎすること、
修学旅行など行くだけでもヘトヘトなのに
ありあまるその体力に同じ子供なのになんで!?
とか疲れない?とか小学生で聞けないし笑
親にも聞こうとする事さえもおかしな気がして
集団のパワーに混乱してた時期だった。

話しを落とした体操服に戻すと、
伊藤先生はクラス中に何度か聞いて、
笑い声の中でみんなの前で
クラスの「落とし箱」に入れた。
わたしはその一連の状態をみながら、
自分のだぁ、、と思いつつ。当時は斉藤同様の
バカだなと思ってた。
想像力のなさとはやっぱり凄くて、
そのみんなの見える落とし箱に触れる事ができないとか、笑われる事になるなんて想いやりはそこには全くなかった。

高学年になって実はわたしには異変が起きてた。
実はこの高学年から中3までがわたしにとっては人生で少し安全と感じた時期で、とても個性的だったけど、何故か今とはほぼ顔の造形が変わってなくて、
身体も発達が早くて大人っぽくみられ、
個性的だけど大人っぽくて面白いという小学生ならではのランキング付けみたいなのに入ってたから、かなり生きやすい時代になってた笑笑

わたしはそれを利用して、個性的をわざとなんだと工夫したり、面白いに変換したり、
関西に住んでたから目立つ事で何とか個性的は作りものなんだ的にしたり工夫して生きていた。

個性的すぎて周りにうるさく言われたり
しない居心地さをこんな事でなくすのが面倒で、
だから落とし物箱を気にしながらも、
母親にも無くしたと言えないし、みんなが忘れたころ、放課後誰もいない時にこっそりと持って帰った。

当時は、わたしはこの登場人物全部がめんどくさかった。あきらかな貧乏をまず隠そうとする親や、それを集団でバカする感じの雰囲気、それに合わせる自分。みんなが違和感だらけで、

好きにはなれないけど、
今になってはここにおいてはもしかしたら、
伊藤先生は自分軸があったようにも思える。
もしかしたら子供なんて、、もしかしなくても子供は好きではなさそうだうだったし笑
割り切って先生してて、それなりの生活をしてる中、わざわざそんな想いやりなんて深く考えないでいいとやる事を仕事してたのかもしれない。

そう考えてみると善悪って本当に難しい。
今の子供にはどう生きたいのか選ばせることを
学校でして欲しいなと思う。

何を選ぶことが自分には責任がついてきて、
それにはメリットやデメリット、さらにいうと、
あらゆる想像力の中で傷つけあって生きている事を、わたし達がしてるということ。

貧乏をバカにしてはダメですよー的な道徳みたいなのは時代にあってないというか
言ったとこで教えてるだけで選ばせる事をしないと子供も納得してないからイジメや違うものへの差別的なものは無くならないと思う。

自分で意図して選んでそれぞれ行動するなら
いいんではないかなとも思う。


今となると経験した全ては面白いし、
特別に貧乏で不幸だったというよりは、
この混乱時代に何かが起きてそこそこお金がなくてもびくともしないだろなぁと思う自分がいるので、こうやってネタにして書けてる。
親への感謝と、それぞれの価値観の登場人物へ
今なら感謝したいと思う。

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