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 これを書いている途中でオマーンのカブース・ビン・サイド国王が崩御された。ご冥福申し上げる。神より齎されたものは神の御元へ帰り給う(إنا لله و إنا إليه راجعون)。

 中華文明の漢字同様に中東とヨーロッパの文明化の発展において重要な貢献をした言語の一つがアラビア語である。特にこの役割において言及されるのが9世紀にアッバース朝のカリフ、マームーンによって行われた「知恵の館」という学術機関によって行われたギリシャ哲学のアラビア語への翻訳だった(そして中間言語としてのシリア語にも注目されたい)。そして、12世紀を迎えるとヨーロッパの学者たちがアラビア語やギリシャ語からラテン語世界へ中東世界やギリシャの哲学、科学を西欧へ取り入れ始めた。この文化的勃興や学術的探究心はヨーロッパにおいて「ルネサンス」という形で最終的に結実する。この学問・文化の伝播において、アラビア語は知識伝播の重要な役割を果たした。

 現在においても、アラビア語は中東の各アラブ諸国の国家言語であり、22億人を有するイスラム教の経典「コーラン」のオリジナルの言語でもあり、依然として文化的な重要性は色褪せていない。

標準語と方言

 アラビア語の分類についてはアムハラ語の紹介の記事ににセム諸語の分類について多くを委ねているので、そちらを参照していただければありがたい。

 この分類に従えば、アラビア語は「中央セム語」に分類される。しかしながら、アラビア語は事実上、単一の言語ではなく、実質、アラビア語「群」である。何故ならばアラビア語には公共の場で使われる「フスハー」という標準語と「アーンミーヤ」という複数の口語・方言が存在するからである。この西アジアからアフリカまで広がるバリーションの豊かさと、どのアラビア語を使うのかが社会的場面により分断されているのが、アラビア語社会の大きな特徴であると考えている。

 アーンミーヤに関しては定まった表記法がない。文法や語彙が標準語と大きく乖離したものもある。また、時に標準語から見て同一の言語とは言い切れないような方言も存在していることも興味深い。例えばモロッコのアーンミーヤを話した場合、アラブ人であっても理解されないことが多い。

 アーンミーヤの世界は非常にバリエーションに富み、かつ奥深い。しかしながら、今回は所謂標準語のアラビア語を中心に説明していく。

アラビア文字について

 アラビア文字は紹介したアムハラ語のゲエズ文字とは仕組みが異なり、子音重視の文字である。このタイプの文字のことをアブジャドと言う。また、書方も日本語とは異なり、まず右から左に書くことが特徴だ。次に、文字を別々に書くのではなく、くっつけて書くことが普通である。第三に語頭、語中、語尾、独立して書く場合で文字の形が変わる。

 下記はウィキペディアの「アラビア文字」項のアラビア語のページに掲載されているアラビア文字の一覧の一部だ(1)。左から文字の発音、文字の名前、語頭形、語中形、語尾形、そして独立形の順番に並べられている。例えば上から二番目の"ب(バー)"がいい例で、四タイプの文字全てが異なる形で書かれているのがわかるだろう。

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 この文字は上記に書いた通り、子音重視のスペリングを基本とする。そのため、初めて目にした単語は読み方が分からないということもしばしば起こりえる。ただし、100%母音を書かないわけではない。まず第一に母音を表す文字がないわけではないということ。上記の一覧でいうと一番先頭の"ا(アーリフ)"が母音だけを表すための文字として使われる。通常は"a"と読む。次にアラビア語の場合、特に長母音は重視しており書く傾向にある。第三に文字をどう読むか表す記号のようなものがあり、辞書などではその記号を、あたかも新出漢字にルビを振るかのようにつけることがある(ただし、辞書によっては読み方を記していないものもあるので、アラビア語の辞書は買う前に表記に注意した方が良い)。

 尚、ある時期までは読み方のルビを振る習慣があまりなかったようで、例えばタシュケントにある8世紀頃とされる世界最古のコーランの写本、「ウスマーン写本」のアラビア語は、現在の厳格に読み方が記載されたコーランとは異なり、何も読み方について書かれていない。そのため、ウズベキスタンの博物館で目にする機会があったが、読みづらい。文字が大きくて目には優しいのだが。

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子音と動詞の組み合わせが大切

 アラビア語の文字は子音重視と書いてきた。しかし、それは文字が子音重視という点もさることながら、アラビア語の単語自体も一定の子音と母音の組み合わせにより、単語の意味を変えるという特徴を持つ。そのため、私たち日本語を第一言語とする人にとって、アラビア文字は非常に難しく感じる。しかし、アラビア文字は実態としてアラビア語の特徴をうまく反映している文字と言えるのだ。

 例えば英語の"write"から「作家」という単語を導き出したいとする。この場合、この動詞の語尾に"-er"という「〜する人」を表す接尾辞をつけることによって、"writer"という名詞が得られる。しかしながら、アラビア語はこのような英語や日本語の発想とは全く違う。アラビア語で「書く」はまず"كتب(kataba)"という。「作家」はアラビア語で"كاتب(Kaatib)"という。このように「作家」「書く人」という単語を得たい場合は英語のように単語の後ろに何かつけるのではなく、k-t-bの三つの子音をある母音のパターンに当てはめることによりアラビア語では得られるのだ。同様に他のパターンに当てはめることにより、「事務所」"مكتب(maktab)"や「タイプライター」"مكتاب(miktaab)"などをk-t-bの三つの子音を一定のパターンに入れることにより、派生させることができる。それだけでなく、動詞も同様に配列を変えることにより、基本となる三つの子音から構成される動詞を除き、その基本の動詞からさらに九種類の意味を広げた動詞を派生させることができる(2)。

アラビア語を勉強しない日本人

 面白いことに、アラビア語を中東を代表する文明の言葉であり、経済や政治分野でも代表的な大言語でありながら、日本では不動のマイナー言語である。何故アラビア語を日本人は勉強しないのだろうか。
 私なりに考えると、下記の三つがひとまず思い浮かぶ。

 1.アラビア語圏の国のイメージが一般的に思い浮かばない。
 2.アラビア語が経済活動(仕事等)と結びつかない。
 3.良い語学書がない。

どう思われますか。
 3について言うと、この10年で環境もだいぶ変わってきたと思う。10年前はいい教科書というよりも碩学な文法書や辞書がメインであり、一般向けのアラビア語の教科書というのは少なかったのではなかったか。NHKのラジオでその教科書やテレビでのアラビア語講座が出てきたとき、驚いたぐらいである。今ではリメイクされた白水社のニューエキスプレスシリーズや『アラビア語表現とことんトレーニング』など、堅苦しい本ではないものも増えており、手の取りにくさが解消されてきたように思う。 ただし、最初の導入難易度は以前として高い。と言うのも、アラビア語は文字の学習に時間がかなり取られるからだ。

 私の場合、アルバイトしながら生活をしていた際に暇な時間を見つけて、アラビア語の単語をずっとノートに書いて文字を書いていた。周りからは怪しい人かと思われたかもしれないが、そのおかげでアラビア語は二ヶ月程度である程度読めたり、書けたりするレベルにまで上達した。ある意味では忍耐が試される言語と言えるかもしれない。

参考

(1). ウィキペディア "اللغة العربية"項から図を部分転載 https://ar.wikipedia.org/wiki/اللغة_العربية
(2020/1/15確認)

(2)東京外国語大学言語モジュール >文法モジュール>「派生動詞の型」http://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/ar/gmod/contents/explanation/201.html

オススメ

 感覚的には『はじめてのアラビア語』『ニューエクスプレス アラビア語』が同じようなレベルだと思う。そこに慣れてくれば『とことんトレーニング』レベルに進んでも大丈夫かと思う。このレベルになれば、日本で発売されているアラビア語の大抵の語学書に抵抗がなくなるだろう。分からない文法は最後の『アラビア語文法ハンドブック』で確認だ。

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