鎌倉×ADDress逗子拠点

二月八日

一年の中でも最も冷え込む時期であろう季節。
喧騒な都会を離れ、一泊二日で鎌倉から逗子にかけて散歩をすることにした。

鎌倉は、今まで行く機会を逃していた『鎌倉文学館』へ足を運んだ。
2月1までの企画である<愛は言葉だ! 文豪のハートにふれるバレンタイン>のおみくじ企画に惹かれたからだ。これは、夏目漱石や与謝野晶子、太宰治など有名な文豪達の、作中や書簡にしたためた愛の言葉が書かれている。

私が引いたのは武者小路実篤の『お目出たき人』からの一説であった。
武者小路実篤は前向きで天然な性格である。トルストイに傾倒し、理想郷を目指して、文豪でありながら仲間と共に村を作りあげてしまうほどの人間だ(現在も埼玉県入間郡に共同体が残っている)。

彼の性格は、親友の志賀直哉に送った手紙にもよくあらわれている。
彼は、志賀直哉が別の友人の家に行って電話をかけてもらえなかった際、“僕はおこつてゐる、ほんとにおこつてゐる、あとで電話をかけておこるが今はハガキで怒る”という手紙を送っている(当時の電話のシステム上、手紙を読むほうが早かったのかもしれない)。
あまりに理由が可愛らしい。今の若い娘がやってもおかしくないことを平気でやってのける。

このように文豪達は手紙を通じて情報交換している。そのうち、会合や文壇を開くに丁度いいと、だんだん近い志を持つものが集まっていく。
そうやって文豪達の“口コミ”が広がっていくうちに鎌倉は文豪が集まる場所になったのかもしれない。鎌倉に住んだことのある文士は300人にものぼるという。

さて、鎌倉文学館は薔薇が有名だが、この季節は咲いておらず、代わりに、里見弴が好んでいたという椿が咲いていた。通常の椿よりもずっと大きく、短編の『椿』では、“お椀の蓋でも伏せたよう”と表現している。手を広げたくらいの大振りの椿が重たげに咲いていた。

展示物を眺めながらも、宿泊地のチェックインの時間から大幅に遅れそうなことに気づき、慌てて連絡を入れ、文学館を後に逗子へ向かった。

ADDressの逗子拠点は鎌倉駅と逗子駅のちょうど中間に位置する。土日は鎌倉駅からリビエラ逗子マリーナ行きのバスが出ており、バス停から徒歩で向かうことができる。
小坪は港町特有の急な坂道が続き、トンビやウミネコの鳴き声が響き渡る。

拠点まで坂をのぼるだけでも大仕事で、拠点についてから食料を何も買っていない自分を心底恨めしく思ってしまった。鍵を探しているうちに家守のHさんが戻ってきたようで、鍵の場所を教えてもらいつつ出迎えてくれた。
大きなリュックを背負い、両手にビニール袋をぶら下げた彼は、まるでアウトドア帰りのような出で立ちであった。左の袋には鰺の開き、右の袋には不揃いな小粒のサザエが入っていた。

中に入ると、まずダイニングキッチンが目に入り、その奥には6畳ほどのスペースにローテーブルが鎮座している。先程まで遊び呆けていた私は、ダイニングチェアに座ったきり根が生えたように動けなくなった。
Hさんがリュックから20kgほどの米を取り出す姿をぼんやりと眺めながら会話をしているうちに、味噌汁の具材がないことが判明したが、「片道15分ほどでセブンイレブンに着くと思いますが、買いに行きますか」という問いに頷くことが全くできなかった。
その様子を見たHさんは「もしKさんが戻ってきたら対応をお願いします」と言い、私を留守番係に任命してくれた。なんとも情けないが、彼の外出中に同じ宿泊者であるKさんが戻ってきたため、任務は無事果たせた。

鰺の干物が焼き上がるにつれ、部屋は塩っ気のある磯の香りが充満する。サザエはすでに砂が吐き出され、茹でることになった。
今日はせっかくだからとHさんがビールや日本酒、ワインを取り出す。こじんまりとした呑み屋の完成だ。鰺の干物が特に美味しく、会話の返事もろくすっぽせずに夢中になって食べていると二人に笑われてしまった。

思い思いの飲み物を片手に、仕事や今の生活、最近のニュース等で盛り上がり、23時近くなったところで風呂をいただいて眠りについた。

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