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『Input/Output』展 @ GINZA ATRIUM 鑑賞メモ

横浜トリエンナーレを観に行くかどうしようか迷い中。暑いし、来月、もう少し涼しくなってからでもいいだろうか。それよりは、手軽に来られる銀在に出かけよう。ギンザ・シックス。何度か来ているけれど、この館の印象はそれほど強くない。上層階のオフィス階にも、何度か出かけたことがある。それでも、それほど印象に残っていないのはなんでだろうか。

初めて訪問する銀座蔦屋、なるほど、リアル店舗のここに来る魅力をこれでもかと体現させている。リモート生活が長くなると、こうしたスペースへのあこがれというか、こうしたスペースに身を置きたくなる気持ちがわかる。とはいえ、あらたなデジタル・ハイブリッドな世界が訪れたとき、どのように変わっていくのだろうか。人の意識も資本主義も。

6階の広いスペース、スタバのコーヒーの香り。他のスタバと違い、ロースターもあるのだろうか、それほど濃いコーヒーの香りがある。けれども嫌味に感じないのは、贅沢な空間の使い方にあると思う。LEDの数字があり、宮島達男を連想していたら、そのまんまだった。小さな展覧会をやっているらしい。無造作にプライスリストが置かれていた。森美でSTAR展に出ているにもかかわらず、リーズナブルな価格だと思う。ドローイングだからだろう。一点だけのLEDの小さな作品は、さすがに迫力がある価格だった。本棚は回遊を誘発するような配置であり、大型のアート本、奈良美智、村上隆、名和晃平などの作品も並ぶ。文具売り場には、草間彌生のあのかぼちゃのグッズもあった。森山大道や荒木経惟の写真も販売されていたし、篠山紀信のWater fruitの大型本もあった。

エフェメラとエディション、商業化の中で、ブランド力を構築しつつも、それを棄損しないためのマーチャンダイジングの考え方、そうしたコモディティ化が1990年代にアート・ビジネスに持ち込まれたように思う。こうしたことを修論に書こうと思ったものの、発散してしまうなと考えており、そうしたもやもやは指導によって、落とすことが決まった。機会があったら、ここにでもテキストを書いていこうかなと思う。


さて、銀座蔦屋にやってきたのは、『Input / Output』を見るため。

川内理香子 は、WAITINGROOM で個展を見たことがある。身体と心象とを表象化しているかのような作品、呪術的だと感じるのは色使いと縦に伸びたイメージによるものかもしれない。

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山本捷平の作品、まだ梅雨明け頃に、秋口に展覧会をやるらしいとギャラリストから聞いていた。これがそうだったのかな。

4点の作品が提示されていた。小さく赤丸がついていたけれど、完売の印なのかな。

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左手側は一林 保久道の作品、デジタルで見たときよりも色差が少ないように見えた。オンラインに提示されていた作品の方がビビッドに見えたのだけど、これはどうしてなのか分からない。


この作品、ギリシャの彫刻、女神がモチーフだろう。地の大理石の模様が、絵画であるにもかかわらず彫刻として印象付ける。正面と後ろ向きの彫刻の反復が、画面に動きをつけ、地の大理石との不思議な距離感を感じさせる。

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この他に大型の作品と文字が描かれた2作品。赤丸シールを見つけたので、確認しなかったけれど、プライスリスト見ておきたかったな。



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