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絵と文字で人生を可視化。未来への一歩が見えてきた|清水淳子 #4

ポーラ「WE/Meet Up」主催の、たった一人の読者ゲストを招待する特別な場。今回は、絵と文字で人々の対話を記録するグラフィックレコーダーの清水淳子さんが、ゲストの人生を可視化するという試みです。「人生を動かすことに臆病。だからこそ、この日を転機にしたい」という意気込みで応募してくれた読者ゲスト。彼女の人生は、清水さんとの出会いでどう変わっていくのでしょうか。

真っ白で巨大な紙に、ためらわず線を引く

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渋谷のビルの一室で、グラフィックレコーダーの清水淳子さんが真っ白な紙を壁に貼っています。この部屋はこれから、たった一人の読者ゲストを招くMeet Upの会場になるのです。巨大な模造紙を用意し終えたところで、今回のゲスト・井上佳那子さんが現れました。

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「人生を可視化する」という今回のテーマに対し、「人生の転機を求めている今、私も何かをグラフィックレコーディングの手法で表現したい」と応募してくれた井上さん。清水さんは井上さんの主体的な姿勢に好感を持ち、今回のゲストに選びました。まずは清水さんから今日のプログラムが伝えられます。

「3部構成で考えています。第1部は大きい紙に描く練習。第2部は、人生をモチベーションラインで表現します。そして最後は、一緒に未来のことをグラフィックレコーディングしましょう」(清水さん)

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早速、清水さんの持参した色とりどりのペンで、机に広げた大きな模造紙に丸や線を描いていきます。
「大人になってから、こんな大きな紙に、なにか描いたことなんてないので……」と戸惑う井上さんに「もっと、もっと大きく描いていいんですよ。ここからここまで波線を引いてみてください」と促す清水さん。少しずつ、大きな線を描く感覚をつかんでいきます。

ある程度練習したところで、今度は人を描いてみます。人々の対話や議論を題材にすることが多いグラフィックレコーディングでは、人の絵がよく出てくるからです。清水さんが勧めているのは、「A」の上に○を描いて人にするという方法。Aで描けたら他のアルファベットでもチャレンジしてみます。GやWなど、変わった形で人を描いてみる井上さん。調子が出てきたようです。

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一通り人を描いてみたところで、いよいよ第2部「人生のモチベーションライン」を幅3メートルほどの紙に描いていきます。端から端まで横線を引き、そこに年齢のメモリを入れていくのです。それをベースにして、モチベーションがどのように上下したかを波線で描きます。

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線が描けたら絵文字の顔シールを貼って、そのときどんな気持ちだったかを表情で表していきます。「このときはけっこう楽しかった」「このへんは怒っていて……」とつぶやきながらシールを貼っていく井上さん。一通り貼り終えたら、モチベーションラインの完成です。

女性を待ち受ける「30歳の壁」

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できあがったモチベーションラインには、井上さんの半生が波線となって表現されています。ここからさらに、清水さんは井上さんから詳しい話を聞いていき、絵と文字で情報を描き足していくのです。
まずは波線の始点から、丁寧に振り返ります。自由な雰囲気の幼稚園に通っていた井上さんは、小学校に入り「やらなくてもいいことをやらされる」という理不尽に直面したそうです。

「小学校低学年の絵の授業で、バナナを緑で塗ったら先生に『黄色に塗りなさい』って怒られたんです。そのことに親がすごく怒って、学校に先生を叱りに行くことがありました(笑)。親は固定観念が嫌いなタイプ。自分もそれに影響を受けていたと思います」(井上さん)

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その後、中学受験で入学したミッション系の中高一貫校でも、抑圧を感じた井上さん。牧師と聖書の解釈で対立しては、美術室で一人の時間をつくり、心を落ち着けていたそうです。顔シールは、楽しい顔と怒っている顔が隣に貼られています。

「やる気はあるんですよ。合唱大会とかで『みんなもっと頑張ろうよ!』と熱くなるんですけど、求心力がないから周りからはすべって見える。大学ではもうちょっと人と一緒に何かをする力をつけなきゃ、と思いました」(井上さん)

そこから、チームワークを学ぶために美大進学を志すも、父親や教師から猛反対される井上さん。モチベーションラインは下がっていきます。その葛藤を、清水さんがものすごい速さで絵にしていきます。

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周囲の反対を押しのけ、美大への進学を決めた井上さん。入学して経験を積むうちに、チームをまとめるスキルも身についてきました。モチベーションラインもぐんぐん上がっていき、誕生以来のピーク値を更新。顔シールも「やったー!」という表情です。

そしてイベント系のプランナーとして就職。しかし、仕事はとても多忙でした。

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「当時は漫画の『働きマン』に憧れていて。ああいう働き方がしたかったから、最初のうちはすごく楽しかったんです。でもだんだん、体力的にきつくなってきて……」(井上さん)

30歳に向けてどん底に落ちていくモチベーションライン。その背景には、井上さんがとらわれていた「呪い」がありました。

「女性は27歳くらいが一番輝いていると思ってたんです。それを過ぎたら、生き生きと働けなくなってしまうんじゃないかと、怯えてました」(井上さん)

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30歳の呪縛。それは、同年代である清水さんも抱えていたものでした。

「わかります。30歳という謎の〆切がある感覚。私は中学生の時に見たドラマ『やまとなでしこ』で松嶋菜々子さん演じる主人公が『女が最高値で売れるのは27歳』と言っていたのが印象的で、20代の頃は、心のどこかで、その呪いにしばられていたような気がします。」(清水さん)

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しかし30歳を超えると一転、モチベーションラインは急上昇します。それは、30歳を超えても何も変わらないことに気づいたからでした。
「別に30歳過ぎても死なないんですよね。仕事もなくならないし」と笑う井上さん。そして、現在の年齢までモチベーションラインは少しずつ上っています。

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ここでモチベーションラインの作成は終了です。井上さんは少し休憩。その間に、清水さんが絵や文字をマスキングテープでつないだり、囲んだりしていきます。これは一体?

「黄色で、『個の時間が大切』『俗世になじめない』『自由な環境で育った』などの井上さんのコアとなる価値観を拾っています。あとオレンジは仕事の軸となるところ。『チームワークで生きていこう』とか『働きマンになりたかった』とか。で、青は社会的な外部要因ですね。『30歳の呪縛』などはまさにこれです」(清水さん)

心の奥に隠れていた、本当にしたいこと

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ここから、いよいよラストの第3部です。清水さんが「では、何も制限がなくて、超最高に自由だとしたら、何がしたいかを5つ描いてみてください」とお題を伝えます。
「したいことを正直に描くのって恥ずかしいな……」と言いながらも、第1部で習った人の絵を使い、スムーズに絵を描いていく井上さん。しばらく、きゅっきゅっというペンの音だけが鳴り響きます。

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途中から、清水さんが「色を塗りながら話をしましょう」と誘いました。清水さんの質問に答えるかたちで、それぞれのイラストの意味を井上さんが解説していきながら続きを描いていきます。
1つ目は「きれいなものをきれいと感じる余裕がもてる」、2つ目は「(Webサイトで取り上げられるくらい)有名になる」、3つ目は「深いテーマでディスカッションする」、4つ目は「自分に向き合う、個人時間を増やす」、5つ目は「自分で作った何かを自分で誰かに売る」とまとめられ、「したいこと」のグラフィックレコードが完成しました。

そこでふと、井上さんが「清水さんもしたいことを整理したことがありますか?」と聞きました。すると清水さんは「私は常に考えてますよ。制限を取っ払って、それぞれが矛盾していてもいいから、無理めなことを考えるとおもしろいんです」と答え、今、清水さんがしたいことは「おしゃべりをしながら生きる」「自然の中で暮らす」「移動し続ける」だと説明しました。

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それを聞いた井上さんは少し考え、「じゃあ、5つ目を変えます」と言いました。新しく描いた5つ目のしたいことは「みんなが話す場をつくる。それをながめる」でした。

「3つ目と近いんですけど、いろいろなタイプの人が集まってくる場をつくり、その人達が喋っているのを見ていたいんです。会社でパーティーをした時に、バーコーナーでお酒を出すのが楽しかった。いろいろな人が入れ代わり立ち代わり現れ、いろいろな話をしていく。それがすごく心地よかったんです」(井上さん)

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5つのしたいことが出揃ったところで、それをこの先どういうプランで進めていくか、考えることにしました。一応の区切りは、大阪万博が開催される2025年。その時点で井上さんは41歳です。
井上さんはまず「じゃあオリンピックの年に、5の『みんなが話す場をつくる』をやります」と宣言。

「どんな場なんだろう……コミュニティ……? やっぱり、バーなのかな」(井上さん)

清水さんに「バーの名前は?」と聞かれた井上さんは「じゃあ、いろんな人の知恵や知識が集まるから『バー ふくろう(仮)』ということで」と答えました。「かわいい!」と清水さんがふくろうの絵を描きます。

とりあえず、場所を借りイベントとしてバーをやってみることが決まりました。
「バーふくろうがオープンしたら、3や5が満たされますね。バーが大成功したらどうしますか?」と清水さんその先を促します。すると、バーイベントは月1で開催し、3年後に東京に店舗を持つ。さらに大阪万博の年には、大阪店をオープンするというプランが決まりました。

巨大な紙に描くからこそ、見えてくるもの

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「バー ふくろう」の構想が思った以上に広がりましたが、2の『有名になる』と4の『個人時間を増やす』は、本業の仕事でかなえたい、という井上さん。

「今の仕事は好きだから、続けていきたいんです。大阪万博にも、できればプランナーとして携わりたい」(井上さん)

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店舗を運営しながら、フルタイムの仕事を精力的に続けるにはどうしたらいいか。悩む井上さんに対し、清水さんは「これはあくまで妄想なので。何も摩擦がない超理想の状態と考えて、プランを立てていきましょう」と背中を押します。その時、井上さんがひらめきました。

「バーはもともといろいろな人と出会うためにつくる場なんだから、お店を任せられるパートナーを、月1のイベントでキャスティングすればいいのか」(井上さん)

「そしたら、本業もバーも両立できますね」とにっこり笑う清水さんに、「できるかも。やりたい。すごくやりたくなってきました!」とテンションが上がる井上さん。1つ目の「きれいなものをきれいと感じる余裕」だけはちょっと手に入らないかもしれませんが、やりたいことをいくつも叶えられる壮大な人生プランが完成しました。

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3時間にわたるワークを終え、二人でグラフィックレコーディングを眺めます。まずは人生のモチベーションラインから。これは清水さんが価値観や外部要因などの軸で整理したことが、井上さんの発見につながったそう。

「これまでは、幼少期から今までを思い出しても、『嫌だった』『楽しかった』といった感情を覚えているだけで、つながりを意識したことはありませんでした。時空を超えた整理をしてもらって初めて、人生におけるそれぞれのエピソードの意味がわかりました」(井上さん)

1枚の紙に描き、整理したからこそ、見つけられた自分の本質。グラフィックレコーディングで人生を描くことの効果が実感されたようです。

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一方、井上さんの人生を可視化したことで、清水さんにも発見がありました。

「年表形式で可視化してみて、私も想像以上に30歳の壁を意識していたのだなと感じました。そして、それをどう乗り越えるかを可視化させてもらったことで、自分のことも振り返るきっかけになりました。30歳超えても、急に何かが変化するわけじゃないんですよね。数字だけをみて、むやみに怖がるようなものじゃない。ただ、面と向かってそう言ってくれる人はあまりいない。私もわざわざ声にして言う機会はないので、今回みたいな形で間接的に若い世代に伝えられたらいいなと思いました」(清水さん)

材料はもうあった。描くことでかたちになった

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そして、未来のグラフィックレコーディング。井上さんのしたいこと5つをどう叶えるかを可視化した結果、なんとバーを開店することが決まりました。

「バーは、自分でも本気なことに気づいてなかったんです。だから、最初に5つのしたいことを描いたときには出てこなかった」(井上さん)

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最初は隠れていた井上さんの本当の願い。それが清水さん自身のしたいことに触発され、引き出されました。

「無理でも、矛盾していてもいいと聞いたから思い浮かんだんです。2、3、4は仕事で叶えられるからわかりやすい。それだけで十分に見える。でも、きっと5つ目がないとすごくストレスフルなんですよね」(井上さん)

「バーがないとバランスがとれない。そして、バーだけでもダメなんでしょうね。もっと『バーを世界展開する』みたいな方向にリソースを集中するのかと思ったら、そうならなかったのがおもしろい。自由と制限、2つのバランスがとれる状況にいられることが、井上さんにとってのベストなのかもしれません」(清水さん)

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対話しながらも、思考が整理されていきます。

「バーで知り合った人が、仕事にジョインしてくれたらうれしいし、仕事で会った人がバーに来てくれてもうれしい。バーは、仲間を見つける装置なんだと思います」(井上さん)

バーと仕事が相互に良い影響を与え合うのが、理想の状況。井上さんもそれがわかって、納得できたようです。

「ここまでの34年間で材料はそろっていたんでしょうね。グラフィックレコーディングで隠れていたものが見えてきただけ。アイデアはもう、井上さんの中にあったんです」と清水さん。

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プログラムを終えた井上さんは、「すごく気分がよくなりました」と清々しい表情をしています。

「私も、材料が足りないとは思ってなかったんです。ただ、停滞している気分をガラッと変えたかった。冷静に一緒に寄り添って、私の人生を整理してくれる人がいたらなと思っていました。こんなぴったりな人に会えて、よかったです」(井上さん)

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「バー、絶対行きます」「本当にやるので、ぜひ来てください」と約束をしあった二人。グラフィックレコーディングで人生を可視化し、始まる前には思いもしなかった一歩をゲストが踏み出すことになった今回のMeet Up。次回はどんな出会い、そして対話の化学変化が起きるのでしょうか。


■「10年後にわかるよ」と、情報デザインの教授は言った|清水淳子 ♯1

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この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
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