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宇宙からファッションまで。世界中の「美」を集める仕事|近藤千尋 #3

ポーラ・オルビスグループのリサーチセンターに所属する研究員・近藤千尋さんは、キュレーションチームのリーダーを務めています。このチームの仕事は国内外を「ぶらぶら」すること。研究開発に限らずさまざまなジャンルの情報を集めることがミッションです。世界の「美」について情報を収集し、美とは何かを考えてきた近藤さんがいま注目していることとは何でしょうか。そして、美の範囲が広がっていく将来において、化粧品会社が果たす役割とは。

近藤千尋(ポーラ・オルビスグループ リサーチセンター 研究員)
2004年、東京大学大学院 薬学系研究科卒業後、ポーラ化成工業入社。シミ・しわに関する基礎研究に従事。2016年より研究企画にて研究戦略やオープンイノベーションの推進を開始。2018年より、ポーラ・オルビスホールディングス マルチプルインテリジェンスリサーチセンターにて、世界各国から新たなシーズとニーズの探索を行う「キュレーションチーム」のリーダーを務める。

新しいものを生み出すには、技術だけでなく社会や文化も知らなければ

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――2018年の1月から、近藤さんはキュレーションチームの「ぶらぶら研究員」として活動しているとのことですが、「ぶらぶら」の方法について会社からはどういう指示があったのでしょうか。

どうぶらぶらするか、そのやり方から考えていいと言われているので、役員やチームメンバーと相談しながらわりと自由にやらせてもらっています。今後の研究につながるような技術やサービスの情報を集めるという目的はあるのですが、それだけでは足りないんですよね。技術やサービスの根底には、使っている人たちの社会的、文化的背景、環境的な要因も関係しているはず。その部分まで知っておかないと、その技術やサービスが本当にいいのか、それとももっといい形があるのかはわからないですよね。

――じゃあ技術的な情報だけでなく、社会や文化など一見関係ないように見える情報も探してくる、と。

遠回りに見えるかもしれないけれど、そういったものも収集する方針で活動しています。やはり、私たちの役目は視野を広く持って、研究所にいるだけでは思いつかないようなところまで発想を広げるヒント、着眼点を持ってくることだと思うんです。だから、少し前には「宇宙」というキーワードで行われたビジネスアイデアコンテストの開催にも参画しました。

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――宇宙、ですか? 化粧品とは遠い感じがします。

そうですよね。でも遠ければ遠いほど、おもしろいアイデアが生まれるんじゃないかと考えたんです。宇宙と皮膚をつなぐアイデアを募集したら、グループの社員からもたくさん応募がありました。

――なるほど、一見関係ないものを組み合わせることで発想が広がるんですね。

研究所にはバイオや化学を専門とする研究者はたくさんいるのですが、工学系のエンジニアはあまり多くはいないんです。なので、MIT(マサチューセッツ工科大学)に行って、工学系の研究者とコンタクトをとりました。実際に会ってみると、お互いにこういうことを分担したらこんな研究ができるかもしれない、と話が広がるんですね。そこで、MITのコンソーシアムメンバーになり、定期的に情報共有や意見交換をするようになりました。共同のプロジェクトについても準備を進めています。

――社内で弱いところを、外部と協力して強くする。

また、ぜんぜん違う業界のトレンドを追うのもおもしろいんですよ。2018年にはファッションの「アスレジャーブーム」について調べていました。

歴史学、言語学、文化人類学。もっとたくさんのことを学びたい

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――アスレジャーって、「運動競技の」「体育の」といった意味の「アスレチック」と「余暇」「自由時間」といった意味の「レジャー」を組み合わせた造語ですよね。なんとなく、スポーツっぽい格好のことかな、くらいに思っていました。

そう、スポーツウェアを普段着に取り入れるようなスタイルを指します。私、全然それが欧米でブームになっているとは知らなくて。もちろん他の研究員も知りませんでした。そこで、ロンドンに行っていろいろな店舗を見てみると、実際にスポーティーな格好が流行しているんですよね。その背景には、ウェルネスやフィットネスに対する興味関心の高まりがあると感じました。体を動かして健康を保つ。それって、私たちの研究所で発見した「筋肉が美肌に関係している」という結果ともつながるんじゃないかと思ったんです。

――たしかに。同時期にそういう研究結果が出てきているのは、おもしろいですね。

個人的な興味としては、もっと人文系の研究者に話をうかがいたいと思っています。例えば、言語学。オノマトペって「ふわふわ」とか「ぺたぺた」とか、触感に関係する言葉がいろいろあるんですけど、それがどういうふうに生まれたのか、なぜ2回繰り返すのかといったことが知りたいんですよ。

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――考えてみればなぜ繰り返しなんでしょうね。

しかも3回ではなくて2回。2回がやっぱりしっくりくるんでしょうか。言葉にすることで認識できる感覚ってありますよね。でも、言葉では捉えきれない感覚もある。そう考えると、皮膚を使った非言語のコミュニケーションというものもあり得るかもしれない。そういうことを考えるなら、言葉というものについて知らないといけないんですけど、私の知識では全然足りないんです。
美の変遷について考えると歴史についても知りたくなるし、国の違いについて考えていると文化人類学も学びたくなる。今大学に戻ったら、文系学部に入ってそういうことを勉強したいですね。

――分子生物学という専門を持っている上で、人文系の学問も学びたい。近藤さんの知識欲に圧倒されます。

もっと美についても考えないといけないと思います。それは、私だけでなく、うちのグループに勤める全員が。私の部署のミッションは新しい価値をつくり、未来に向けて研究所を変えていくことです。でも変えるならば、その前に変えてはいけない部分も明確にしないといけない。化粧品をメインに扱うというところは変わってもいいと思うんです。でも、美に関する会社であるところはおそらく変わらない。では、美とはどういうことなのか。それを考える活動も進めています。

世界中の「美」に共通点はある?

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――美について考える。具体的にどういうふうに考えていくのでしょうか。

2018年は、グループ各社の人たちを交えて、京都の伝統工芸の方々と話をする機会を定期的に設けました。100年以上続く伝統の根底にある美意識とはなんなのか。文化を形成するとはどういうことか。そういったことについて話し合うんです。

――日本の美意識の一部は確実に、伝統工芸が担っていますもんね。

日本にフォーカスした後、今度はグローバルな視点で美を捉える活動をしています。デンマークのコペンハーゲンにある会社と組んで、ビューティに関する事例をひたすら集めるんです。日本の私たちのところに入ってくる情報と、ヨーロッパに入ってくる情報は違うんですよね。突き合わせるとすごくおもしろいです。

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――ビューティに関する事例、ものすごく幅広そうです。

そうなんですよ。化粧品に関する事例もあれば、ファッションのトレンドの事例もあるし、メディアとして誰かをエンパワメントするといった事例もあります。ダイバーシティやジェンダーの問題にも関係してくる。さまざまな視点でビューティというものが世界で語られているのを実感します。それを整理して見えてくるものと、自分たちが向かう方向性について、ここからグループ横断で議論していきたいと思っているんです。

――世界のビューティの事例を見て、なにか共通点は見つかりましたか?

うーん……「これが美しい」ということについての1つの正解はなさそうです。例えば、ナチュラル、オーガニックなものが美しいという考え方もあれば、人工的に整えられたものが美しいという考え方もある。どんな国でも、どんなテーマでも、常に両極の考え方が存在するんですよね。
ただ、ビューティというものに対してわるい印象を抱く人はいない、というのは共通していると感じます。美しいものが好き、憧れる、という気持ちはどの世界にもある。そうしたポジティブな対象に目を向けていられるのはいい立場だなと思います。

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――世界の良い面に目を向けられる仕事はいいですね。

今は、医療技術の進歩など、マイナスをゼロにするという取り組みは世界中で進められている。その次は、ゼロになった人たちをどうプラスにしていくか、という課題が出てくるはずです。そこで、美、ビューティみたいなものを中心に人が集まることに貢献できるなら、私たちのやっていることはすごく可能性があると思います。

一番美しい人、それは今は亡き祖母

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――何かを共通点に集まるなら、ポジティブなことを旗印にしたいですもんね。

そしてポーラでは調査、研究、製品開発、販売ができます。ブランドもあるし、お客様もいる。これからの社会にこうなってほしいというものを、具現化して世に出すことができるんです。世の中を良くする責任は、我々のようなポジションの会社が担っているのかもしれない、と思うことがあります。

――「美に共通解はなし」となると、人々の間で「こういったものが美しい」といった共通認識がなくなっていくのかもしれません。そうなった場合、現在のシワ改善や美白といった製品は将来、必要がなくなっていくのでしょうか。

それは難しい問題ですね。エイジングはそこまで悪いことではないと思います。でも自分のことを考えても、いきなりものすごくシミ、シワが増えてしまったり、大学院生の時のようにニキビがたくさんできたりしたら、毎日楽しく過ごせないと思うんです。

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――たしかにそうですね。肌の調子が悪いと、気持ちも落ち込みます。

私は、自分として最善の状態でありたい、という欲求は持ってしまうんですよね。もちろん、持たない方もいらっしゃるとは思うのですが。そこに対して、私たちが「この状態が正解です」と押し付けるようなことはしてはいけないと思います。誰かの考え方に寄り添ったときに、今までと違う解決策が必要なら、それをつくるべきなのかもしれません。だから、既存の製品がなくなるというよりも、解決策を増やしていくことになるんじゃないかなと。

――何が気になるかは人それぞれだし、改善したいかどうかも人それぞれ。その気持ちに寄り添うように、製品が多様化していく可能性はあるということですね。

そのときにやはり、美について考えることが必要だと思うんです。ポーラがなにかの製品やサービスを世の中に出したがゆえに、誰かが悲しむようなことになってはいけない。それに留意するのは私だけでなく、グループの全員です。だからこそ、グループ横断でさまざまな切り口で美について考え、議論することが必要だと思っています。常に頭の中にその問いを置いておけるような状況をつくりたいですね。

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――ちなみに近藤さんが考える「美」とはどういうものですか?

私にとって一番美しい人は、ずっと祖母です。大学時代つらかったときに祖母の家が逃げ場になって、救ってもらったということもあるんですけど、本当に、優しいという言葉を人の形にしたような人だったんですよ。いつも自分ではなく、私だったり、家族だったりと誰かのことを考えていて。見ているだけで泣けてくるくらい、小柄で、優しい人でした。

――素敵な方だったんですね。

今、「ぶらぶら研究員」という立場で本当にいろいろな方々とお話しする機会があるんです。皆さんそれぞれ専門を持っていて、すごい方ばかり。でも、いくらすごい方にお会いしても、一番尊敬している人はずっと変わらず、祖母です。ああいう人に私もなりたい。
そういう意味で、歳を重ねてちょっとずつ祖母に近づけるなら、エイジングに対してもそんなにネガティブな印象を持たずに済みます。美しくなるための道のりがこの先何十年と続くんだな、と思えるんです。


■世界中を「ぶらぶら」するのが私たちの仕事。異色の研究員現る|近藤千尋 ♯1

■大学の研究に挫折した私を、会社のチームが救ってくれた|近藤千尋 ♯2

■好きなこと、これまでの経験、すべてが研究のヒントになる|近藤千尋 ♯4

この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
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