朝活書写が私に教えてくれたこと
"習慣"という言葉につい身構えてしまうのは、私の熱しやすく冷めやすい性質によるものが大きい、と思っていました。
実際、周りが見えなくなるほどのめりこんで好きになったものでも、何かのきっかけで受け付けなくなる、なんてパターンの繰り返しで。
継続して何かを続けることは、私にとって非常に高いハードル。
そして、「たったひとつの物事にすら誠実であれないのか」と自分自身に失望する要素でもありました。
けれど、"習慣"の持つ意味をもっと自分に楽な方向へ寄せてしまえば――悪く言えば、ゆるすぎるものの――ぐっと続けやすくなるのだと気づいたんです。
そのきっかけとなったのが、朝活書写。
今回は、習慣化に関するアウトプットとして、私なりに朝活書写の魅力について振り返ってみました。
朝活書写とはなんぞや
そもそも、「朝活書写って何?」と思われる方もいるはず。
正直なところ、私も数か月前までは聞き覚えのない言葉でした。
朝活書写はTwitterのアカウントで、書写のお題を投稿してくださっています。
毎朝5時、青空文庫より引用される最大100文字程度のお題を書き写すという仕組み。
実に単純明快でありながら、日々欠かさずお題を提示してくださる運営者様の努力あってこそだと感謝せずにはいられません。
アカウントのプロフィール文には、『気が向いた時だけ気紛れに』という優しすぎるひと言まで。
まさにこの言葉が、飽き性の私でも、朝活書写を3か月間にわたって継続できている秘訣に他なりません。
朝活書写を始めた理由
ライターとして文具を紹介するメディアに携わるようになってから、"書く"という行為が私の中でどんどん存在感を増していきました。
そして朝活書写という取り組みを知り、憧れを抱くまではよかったのですが。実際に取り組むまでには、しばらく尻込み状態が続きました。
「朝活書写は、必ずしも朝に書写しなければならない」と考えてしまうと、一気に難易度が上がる気がしませんか?
少なくとも、私はそうでした。
朝目が覚めたら身支度を整え、お題をチェックし、お気に入りのペンとインクを用意する。
それから深呼吸をして、一文字ずつ丁寧に、ノートに書写する。
こんな流れを想像すればするほど、「いや、絶対に3日坊主になる自信がある」と踏み出せずにいる。
勝手に朝活書写の理想像を描いて、やらない理由にしていたのは私自身でした。
しかし、ある時ふと思ったんです。
「別に朝にやらなくてもいいし、毎日じゃなくてもいいんじゃない?余っているノートに、いつものボールペンで書けばよくない?誰に見せるわけでもないなら、汚い自分の字でも気にしなきゃいいじゃん」
どうせ綺麗な字は書けっこないし、いつ飽きてやめてしまうかもわからない。
それならそうと開き直ってしまえばいい、と考えた瞬間、憑き物が落ちたようにすっきりしました。
朝活書写を躊躇う理由は、もうどこにも見当たりませんでした。
朝活書写のメリットとは
紆余曲折を経て、最終的に開き直ることでスタートした、私の朝活書写。
2022年7月から3か月、「よくぞまあ続いていることよ」と自画自賛の日々です。
さて、ここからは、3か月間の朝活書写から得たメリットと、書く楽しさについてお話したいと思います。
5分だけでも集中できる
できれば朝の時間帯に取り組むのが個人的な理想ではあるものの、なんやかんやと後回しにしてしまうことも多いです。
何なら、普通にやり忘れて1日飛ばしになったり、2日分を一気に書写したりと、やりたい放題ですらあります。
とはいえ、朝活書写をしている間は、たった5分でも集中できる。
これが、思っていた以上に頭をすっきりさせてくれるんです。
文章を正確に書き写そうとすると、必然的にペン先と紙に意識が集中します。
間違えないように慎重に、なるべく丁寧に。
書写によって、私は"書く"ことと真正面から向き合っていると感じられます。
ある意味では、瞑想に近い感覚なのかもしれません。
ついスマホばかり見てしまう私の、デジタルデトックスにも繋がっています。
文章の書き方を意識できる
作家によって「一文の書き方は随分違うものなんだ」と改めて気づいたのも、朝活書写のおかげです。
例えば句読点の打ち方にしろ、送り仮名にしろ、作品の発表時期が近いものですらそれぞれに個性があり、決して同一ではありません。
「え、ここで区切るの?」と驚いたり、「こういう表現をするんだ」と感心したり。
朝活書写には、写す側の心を動かす要素が溢れています。
時には、自分のくせで書写して句読点を打ち間違えたり、漢字を誤変換してしまったりすることもあります。
けれど、間違いですら「あ、この人はこう書いてるんだ」という気づきに変わり、"書く"ことがもっと楽しくなる。
そんな面白さが、朝活書写の醍醐味だと思うのです。
文学に触れるきっかけになる
学生時代の私は、自他共に認める文系でした。
得意科目は国語と歴史で、大学の専攻も日本史。
一方で、驚くほど本を読まなかったため、エセ文系と言われれば否定できないところです。
本を買っても積読しがちな私が、知らない物語や詩に触れられることも、朝活書写で得たメリットのひとつです。
朝活書写のお題で何となく気になった文章や詩があれば、青空文庫のリンクにアクセスし、本文にもさっと目を通すようになりました。
もし続きが気になるようならすべて読めばいいし、途中でやめてもいい。
ここでも、ルールに縛られないでやろう、と自分に緩い感覚を持っています。
普段なら絶対に自分では読まないだろうジャンルの文章でも、思いがけず惹かれる表現があったり。
作者の略歴に興味を持ったり。以前お題に挙がった作品と同じ作者だと気づいて嬉しくなったり。
100文字のお題が、私の世界をどんどん広げて、新しい場所へと連れていく。
朝活書写は、単に書き写すという行為に留まらず、私を内側から満たしてくれています。
朝活書写を習慣にするということ
朝活書写は、3か月を経て私の"習慣"になりつつあります。
傍からみれば、習慣と呼べるほど立派で厳格なものではないかもしれません。
私自身、あまりにもルールが緩いぶん、偉そうに「朝活書写やってるよ!」とは言えないのも本音です。
けれど、朝活書写は楽しいんです。面白いんです。
"書く"って色々な可能性が詰まっているんです。
だから私は続けられるんだ、と声を大にして言いたい。
これだけは自信を持って宣言できます。
さあ、明日のお題は一体何だろう、とちょっとワクワクする気持ちで締めくくりたいと思います。
noteを読んでくれたあなたも、私と一緒に、なんとなくでも朝活書写を始めてみませんか。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?