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どうして涙が出るの?

お元気ですか?
僕は元気です。

空を長方形に切りぬいて貼り付けたような、
一面が青色の絵葉書には
角ばった文字で、たったそれだけの言葉が添えられていた。


私は元気です。
この絵葉書と同じように無邪気に青い真夏の空の下で、
私はぼんやりと、でもとても満たされた思いでいつもあなたのことを考えています。


お元気ですか。
僕は元気です。


2ヶ月ほどして再び私の元に届いた絵葉書には、前回のものとまったく同じ言葉が綴られていた。
裏にはやはり一面青い空の写真。


私は元気です。
こちらは秋からそろそろ冬へと向かう頃です。
日に日に透明感を増してゆく空気を胸いっぱいに吸い込みながら、
やっぱりいつも、あなたのことを考えています。


お元気ですか?
僕は元気です。


一つ前の絵葉書から、ずいぶんと時間をあけて届いたそれは
やはり雲のひとかけらさえ浮かんでいない、青い空の写真。


私は元気です。
この冬はとても寒い日が続いていて、私の住む街にも毎日のように雪が降っています。
灰色の空から落ちてくるのになぜ雪は白いのでしょうね。
そして、そんな空をぽかんと口を開けてみている私の口から吐き出される息も白いのです。
この白い息で包まれたとっておきの言葉を、あなたに伝えたくなりました。


お元気ですか。
僕は元気です。


春の訪れとともに届いたのは、変わらない言葉と変わらない写真。
ただ、いつもと違っていたのは、そのあとにもう一行、言葉が添えられていたこと。


―来週、君の元に帰ります。



・・・・・・
・・・・・・


お元気ですか?
今日は何だか、今にも雨が降り出しそうな空模様です。
あなたがいまいるところは、いつも晴れていますか?
空は青いですか?


あなたが帰ると言っていた日に届いたニュース。
あの日あなたが乗っていた飛行機は、青空の中に吸い込まれてしまったのでしょうか。
新聞にカタカナで書かれたあなたの名前を見つけても、
アナウンサーが無表情で読み上げるあなたの名前を耳にしても、
それはどこか、私の知らない遠いところでの出来事にしか思えずにいました。


でも。
毎日のようにポストを覗いても、
もうあなたからの手紙が入っていることはありません。
空はあいかわらず私の頭上にあるのに、そこにあなたの言葉はありません。


最後の絵葉書が届いてから、もういくつもの季節が通りすぎました。
あなたの声を思い出しながら、あなたの暖かい笑顔を思い出しながら、
今私はこの手紙を書いています。
私の中でようやく、再び時間が動き始めた、そんな気がします。


私からあなたにあてたこの最後の手紙を、
どうやってあなたに届ければいいのか
考えて考えて、さっきようやくいいことを思いつきました。


そう。
この街でいちばん高いマンションの屋上から、今にも泣き出しそうな空の下から、
せいいっぱい腕を振り上げて、紙ヒコーキにしてこの手紙を飛ばします。
雲を突き抜けて、青い青い空の上にいるあなたに、ちゃんと届くといいけれど。



―それでは、また。

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