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基地の裏庭 Ⅱ

Ⅱ ~場所とディテール ♯2~

 母屋となる建物は長方形で、その狭いほうの辺が道路に面した石塀と平行に、広いほうの辺は石塀と直角、つまり門から入ると左手に建物の広い側の全景が見え、その真ん中あたりに、庇が被さった引き戸の玄関があった。
 全体は黒塗りの木造でかなりの歴史を感じさせる外観だが、本を開いて伏せたように棟から傾斜している屋根だけは、重々しい瓦ではなく、新しく張り替えた軽量金属のものらしかった。そして、玄関の前まで進むと、木の引き戸の上に丸いガラスの電灯と、その下に『さくら寮』と書かれた、黒っぽく変色した古い木の板が見えた。

(「五月」/Ⅲ より)

さくらベースの母屋は特にモデルとなる建物はありませんが、古民家というキーワードでネット上を色々と探し、イメージに合う画像などを参考にして頭の中に家の姿を描いていきました。

画像1

(画像引用:山梨銀行HP

この写真のようなスタンダードな古民家を想像しながら書いたのですが、文中の描写はどちらかと言うと切妻屋根の平入りという造りになっています。屋根が軽量金属に張り替えられている、というのは一つのポイントで、もし古民家を改築して子どもたちの為の施設とするならば、波子さんの父親は、瓦が落ちてくる危険性を考慮して屋根を張り替えるだろう、と思ったので、そうしました。間取りは下の画像のようなものを参考にして、イメージを膨らませています。古民家って、広いんですよね…。

画像2


 門から入ると縦長に見える母屋の正面には、農作業に使うような軽トラックと、ところどころ傷ついた、年季の入った銀鼠色の大きなバンが駐車してある。

(「五月」/Ⅲ より)

細かいというか、どうでもいい部分なんですけど、この2台の車にはイメージしていた車種があって、軽トラックはホンダアクティ、銀鼠色のバンは1990年代のトヨタハイエース100系です。どうでもいいですね(笑)。

画像3

(画像引用:Honda

画像4

(画像引用:frexdream


薄茶けたコンクリート造りの事務所の脇を通り、二人はバスの車庫の敷地を横断してまた別の道に出て、更に歩いた。
 左手に、樹が生い茂った斜面が見えてくると、道は細くなり、緩やかな登りになった。濃い緑色と茶色が混ざりあったような斜面を左に見ながら、二人は登り坂を歩いた。午後になってじりじりした暑さは強まっていたし、さなが思ったよりも速く歩くので、追いかけるそよはだいぶ疲れて、首の周りにじっとりと汗をかいていた。
 ゆるい登り坂を、大きく弧を描くように五分ほど行くと、左手の森が開けて、舗装された地面が広がる公園の入り口が現れた。
「『沼の公園』に着いたよ、そよちゃん!」さなは嬉しそうに言った。

(「八月」/Ⅳ より)

さながそよを強引に連れて行った『沼の公園』は、手賀沼の東端を臨む高台にある「手賀の丘公園」がモデルとなっています。前回の記事で書いた、さくらベースが建っているとイメージしている柏市泉地区からほど近い場所に、実際にある公園です。公園の中にはアスレチックやバーベキュー広場、宿泊が可能な施設などがあります。小さな野外ステージもあります。

そして、実際には公園の中に木造の展望台があり、そよたちが見たような沼を見降ろす景色を見ることが出来たのですが、何年か前に台風の影響で破損してしまい、現在は撤去されてしまいました。


そよは、百円玉を投入口に入れて、窓を開けた。中には、銀色の、丸い瓶のふたが、縦に一列に並んでいた。銀色に流れるような赤い文字。下半分がオレンジ色のもの。紫色のもの。青い三本の矢羽根のような絵。緑と赤の文字が交互に並んだもの…。
 販売機の内側の暗い空間に、一列に行儀よく並んだ銀色のふたは、ひしゃく星の柄の部分のようだ、と、そよは思った。

(「八月」/Ⅳ より)

さくらベースに行くかどうか迷っていたそよは、さなと時間を過ごしたことがきっかけでベースに通うようになります。特に決定的な出来事があった訳ではなく、そよ自身が確たる決心をしてという訳ではないのですが、彼女の心が解けて、波子さんの言葉通り気負わずに自然体でベースに行けるようになるのに、さなが果たした役割は大きかったのです。この場面で一つ拘りを持って描いたのが、二人が自動販売機で買って飲む瓶ジュースです。

僕は5歳~9歳の終わり頃までを新潟県三条市で過ごしたのですが、その三条市で暮らしていた借家の近くにタクシーの営業所があり、その駐車場に瓶ジュースの自動販売機がありました。当時、缶ジュースは1本¥100でしたが、この瓶のジュースは¥60でした。100円玉を持たせてもらえることは滅多になかったけれど、小銭の入った鉢から10円玉をかき集めれば瓶のジュースを1本買うことができた。そうして、たまに小銭を握りしめて駐車場まで行き、瓶ジュースを買ってぼんやりと考え事をしながら飲むことがありました。

物語の中での重要な一場面となるこのシーンで瓶ジュースを登場させたのは、自分自身の記憶の中に、子どもながらに独りでタクシー営業所の敷地に入って行く非日常感や、そうやって買ったジュースの冷たい甘さ、美味しさがとても鮮明に残っていたからであり、この瓶ジュースはそよが家を離れてさくらベースという異空間に身を投じるターニングポイントを象徴する小道具になるのではないか、と考えたからです。時代設定を曖昧にする効果もありますし。ちなみに文中に描写が登場するジュースは順にコカ・コーラ、ファンタオレンジ、ファンタグレープ、三ツ矢サイダー、スプライトです。

画像5

(画像引用:アスマート

このエピソードを書いていたのは2020年の春、公開したのは5月の終わりでした。その後、夏になってから、さくら学院2019年度のグッズとして瓶ジュースの王冠をモチーフにした「青春の王冠バッヂ」が発売される、という嬉しい偶然もありました。グッズのアイデアは前年度からの昭和レトロなコンセプトに沿ったものだと思うのですが、自分が物語に登場させた物(しかも印象的な場面を描く大事な要素として)がこんなにピンポイントで偶然の一致を起こすというのは、やっぱり素直に嬉しかったです。物語の中で自分が描いた物や場面が、実際の”彼女たち”とシンクロするという偶然はこの後も何度か起こりましたが、この瓶ジュースの偶然は初めてでもあったし、今になって振り返ってみても特に嬉しかった出来事でした。(ディテール編、まだ続きます)


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