
常識を疑うことから見えてくる店舗ビジネスの生存戦略
ここでコラムを始めて3回目になりますが、コラムの冒頭の書き出しはいつも悩みます。とはいえ、過去2回はいずれもコロナウイルスから。というわけ今回も本文とのスムーズな繋がりを踏まえて、今回もコロナウイルスの話から始めようと思います笑
前回のコラム、10月末はコロナウイルス感染者数が急に減り始めた時期で長い長いコロナウイルスとの戦いに終わりが見えたような気にもなりました。今もなお感染者数は多くはないため、徐々に人と会う機会増えてきたし先月と今月はオフラインのイベントに登壇する機会もあり、人と会う喜びを改めて感じたりもしました。
10月に登壇したイベントのレポート
しかしここにきてオミクロン株の出現。ワクチンの有効性もまだ確認がされていないので、再拡大が起こらないとは言えないでしょう。深刻に考えすぎていたと言えるような結末であれば嬉しいのですが…明日どうなるかはわからないと言うしかありません。
VUCAの時代―今日の常識は明日の常識ではない
そんな先が読めないコロナウイルスですが、コロナウイルス以外にも先が読めないことが増えてきているような気がしないでしょうか。最近だと国際情勢によって、自由であることが当たり前だと考えられていたインターネットの世界に突如規制がかけられるということもありました。革新的な技術が生まれることによって市場環境が一変することも珍しくはありません。こうした現代の予測不能な時代をVUCAの時代(※)と呼ばれるのも聞いたことがある方も多いでしょう。
(※)VUCAの時代:「Volatility:変動性」「Uncertainty:不確実性」「Complexity:複雑性」「Ambiguity:曖昧性」という、4つの単語の頭文字から成り立っている。
そうした時代の変化により、今日の常識は明日の常識であるとは言えなくなってきています。今はある程度自信を持ってこのコラムを書いているけれど、数ヶ月後に読み直しても正しいとは言い切れない。そういう時代に生きていると思っています。それはビジネスとしての前提がいつでも覆る危険性をはらんでいると言ってもいいでしょう。
ただ、第一回のコラムで書いたように、今後起こるであろう10年の変化が1年でおとずれるような変化が生まれていた昨年においても、このコラムで取り上げている店舗という領域においてはさほど大きな変化がなく、緊急事態宣言による売上減にじっと耐えるしかない店舗も多かった。
参考:第一回コラムで変化の少ない店舗について説明
しかし、だからと言っても店舗の変化は遅いが全く変化がないわけではない。遅いがために現在のこの一点で見ると、その差には気づきにくいが、一歩先行く中国の状況を参考にしながら考えてみると、日本と中国ではやや時間軸が異なるものの日本の店舗も未来に向かっては変化していっていることがわかる。
与条件が変わると店舗が変わる
以前ここでも自己紹介した通り、私はインテリアデザイナーとして多くの店舗を設計してきました。そのインテリアデザイナーとしての視点を通してこの変化を見ていこうと思います。どのデザインの分野においても同様ですが、与条件の整理をした上でデザインを始めるのはインテリアデザインも一緒です。そのため、与条件の変化はインテリアデザインに変化をもたらす可能性が大いにある。与条件の中には個別の案件によって異なるものもあるが、無自覚に受け入れているような常識とも言える与条件があって、後者の与条件に先ほど述べた変化が起きつつある。
例えば、以下の5項目。これまで常識とも言えるような与条件だった。
1.店舗の品揃えが魅力
2.店舗のメインとなる目的が買うこと・売ること
3.店舗の大きさが市場への影響力の大きさ
4.人通りの多い立地に出店する優位性
5.オペレーションによる売り場の規定
しかし、この常識が緩やかに以下のように変化してきている。
1.店舗の品揃えが魅力“とは言えなくなる”
2.店舗のメインとなる目的が買うこと・売ること“ではなくなる”
3.店舗の大きさが市場への影響力の大きさ“ではなくなる”
4.人通りの多い立地に出店する優位性“が少なくなる”
5.オペレーションによる売り場の規定“が低減される”
これからこの5項目について少しずつ捕捉を加えながら説明していこうと思う。
1.店舗の品揃えが魅力“とは言えなくなる”
現状日本においてはEC化率がコロナを機に上がっているものの、2020年で8.08%とEC大国の中国(20.07%[2019])アメリカ(14.1%[2019])と比べると低い水準である。そのため、日本ではECにないものを店舗に買いに行くという動機が店舗に足を向かわせることが多々ある。
しかし、中国においては店舗の品揃えとECの品揃えにほぼ差がないと言っても過言ではない。最近ではラグジュアリーブランドでさえECで買えるようにもなっている。そのため、日本とは状況が異なる。商品との出会いという意味でのセレンディピティがECと店舗を比較したときの店舗の優位性だと言われているが、AIの進化もあってECにはECのセレンディピティがあり、一概に店舗に優位性があるとは言いづらくもなってきている。
こうした背景から品揃えという“量”ではなく、そこにしかない商品という“希少性”の方を店舗のMDとして特徴とし始めている店舗も少なくない。昨今百貨店が苦戦しているというニュースを目にすることも増えているが、百貨店というその名の通りから品揃えを特徴とし、人々はそれを求めて百貨店のある都心に足を運んだのである。百貨店もD2Cブランドを集めたようなそこにしかない売り場をつくり、他とは違う商品構成を模索しているためとも言える。
参考:丸井「売らないテナント」3割に 商品体験、ネットと共存
(日本経済新聞)
2.店舗のメインとなる目的が買うこと・売ること“ではなくなる”
EC化率は先程述べた通り、中国やアメリカとは差があるものの、日本のEC化率はコロナ以前から伸びていて、コロナを機に急速に伸びている。このまま順調に伸びていくことが予想されるので、EC化率は中国やアメリカに近い水準までは伸びていくのではないか。また日本の人口が減少していく中で悲観的に見れば市場規模自体が爆発的に伸びることもない。店舗とECでその市場を分け合うと考えれば、店舗であげていた売上が何年かかけてECの売り上げに移っていくことになる。
そうなれば売り買いが店舗に来てもらうメインの目的とする必要なくなる。売り買いが以外の目的を何に据えるかは、それぞれのブランディングによって変わってくるだろう。ただ間違いなく言えることは、オンラインでは得ることができない体験を与えることがオフラインにおける特徴を活かすことになるため、身体性や五感というのは必要な要素となる。
一つの事例が前回のコラムで挙げた韓国のサングラスブランドgentle monsterの店舗であるが、彼らは店舗の売り買いの機能を限りなく小さいものにし、代わりにブランドイメージを5感で伝えるようなアートギャラリーのような空間を有している。これが売り買いという機能を完全にECへと明け渡しているがために実現されていて、店舗はECへと誘導するための場所と捉えているため。ネットでの広告が上がっているため、店舗をつくる方が費用対効果として広告価値があると考えている場合も多いようである。
参考:前回noteコラム中でgentle monsterについて紹介
3.店舗の大きさが市場への影響力の大きさ“ではなくなる”
郊外に大きなショッピングセンターができて、周辺の古くからある商店街が衰退するというストーリーは、大店法が改正された後の平成では聞きなれたものだった。令和になってそのストーリーが変化するかもしれないと感じたのは中国でEC大手のアリババが展開するフーマーフレッシュと出会った時。フーマーフレッシュは半径3km以内30分以内で配達を実現できしているスーパーだが、発送される拠点が倉庫ではなく店舗で、店舗が配送センターとしての倉庫も併せ持っているのが特徴である。注文量に限らず配送料もほとんどかからないため、それこそ当時私は上海の古くからの商店街の近くに住んでいたけれど、フーマーフレッシュが近くにできてからは近くの商店で買い物することが少なくなった。
このフーマーフレッシュというスーパーは配送センターも兼ねているとなるとコストコのように大きなスーパーを想像されているかもしれないが、都心にも出店するスーパーなので通常サイズのスーパーとしてイメージできるものである。ただ物理的なサイズは通常のスーパーであるが、巨大ECを運営するアリババが持つビックデータによって計算された在庫が割り出され、出店する立地も最適化されているため、商品の供給量は通常のスーパーとは異なる。
大型商業施設と小型商業施設の二項対立では店舗の大きさや店舗にいる人の賑わいなどで市場への影響力を推し量ることができたが、この事例を見るとそうとは言えなくなってきている。店舗の大きさが物理空間だけでなく、目には見えない情報空間を含めた上で認知する必要がありそうだ。
参考:桑原個人note内でのフーマーフレッシュの説明
4.人通りの多い立地に出店する優位性“が少なくなる”
2019年になり遂に日本の媒体広告費でネットが各マスメディアを上回った。これはネットを中心に情報収集している人々が増えてきていることも意味している。週末どこかに遊びに行こうと考えたとしても、多くの場合はネットから情報収集するだろう。この場合、行きたい場所を見つけるとgoogle mapなどの地図アプリへ住所を入力し、自分のいる場所からのルートを検索…というようにカスタマージャーニーが続いていく。それによりあの街に行けば何か面白いものがあるだろうという無目的な街歩きよりも、点(自分のいる場所)と点(行きたい目的地)とをつなぐような行動パターンが増えてきているのではないだろうか。
例えそこが少々行きづらい場所であったとしても、ネットでみた情報が魅力的であればそこに足を向かわせるはずだ。その際、目的地の近くに着くまではスマホの地図アプリに目が行き、近くについてやっとスマホに向かっていた視線を上にあげて、街をつぶさに見渡し始め、そこで始めてその場所の雰囲気を感じることだろう。一方で無目的な街歩きの場合は、何か魅力的な場所があるかもしれないという場所の雰囲気を感じとりながら歩くため、自然と人通りの多い場所に足を向かわせる傾向が強い。後者の場合は確かに駅から近い立地や人通りの多い立地が見つけてもらうという意味での優位性があるが、ネットにより目的地をはっきりとさせるケースが増えてきているため、その優位性は薄れてきている。
実際、上海では人通りが決して多いとは言えない外観上は目立たない店舗が賑わっていることもある。それはネットの情報の影響力のより強い中国から見える立地の影響力の変化を感じとれるリアルな事象として捉えると、ここで述べた話のリアリティが湧いてくるだろう。
5.オペレーションによる売り場の規定“が低減される”
バックヤードの大きさは売り場総面積の○%とか、レジの台数は○台とか、ほぼ自動的決められていたような条件はどのケースにおいても成立するとは言い切れなくなってきている。 例えば、在庫がリアルタイムで算出できるようになれば各店舗の在庫は適正化されるため、バックヤードは縮小できるだろう。あるいは前述のgentle monsterのように店舗で売ることを目的としなければ、バックヤードを限りなくゼロにすることも可能かもしれない。また完全キャッシュレスを実現している店舗では従来のレジを持つ必要もなく、そういった事例は実際に生まれてきている。現金がないとすると店舗内のセキュリティの考えにも変化があるだろう。
こうした変化が売り場に新たな規定を生み出すとも言えるかもしれないが、基本的には物理空間にあったものを情報空間に移し替えるというものも多いために、物理空間としての売り場の規定は低減されるところが多い。ただ一方で無人コンビニのように完全無人化を目指すとすれば、設備としてのデジタルの側からの要求が多くなるため逆に規定が増えることもあるが、それは理想的な状況ではないと考えている。従来のオペレーションにデジタルが加わることで適正化されることにより、売り場の規定が低減されると考えている。
ダーウィンの進化論とDX
ここで挙げた5項目は起こりつつある変化ではあるが、起こった変化と言い切れるには至っていない。ただその変化がおとずれる瞬間を覚悟しながら準備をしておく必要があるし、その変化を起こすきっかけをつくるのは自らであると切り出すのも一つの手段である。
DXにおける変化を進化と捉えると、ダーウィンの進化論と解釈ができるという話をよくしているが、変化が訪れたときに一気にゲームのルールが変わる可能性がある。そうなったときにダーウィンの進化論で言うところの最も強いものが変化に適応できないケースも起こりうる。特に強いものや大きなものの危機感を感じづらいケースも多く、また規模の観点からも変化が起こしづらい。ここで挙げた変化はあくまでも例の一部であり、確定的なものではない。今できる準備は変化に備えること。殊店舗においてはそのデッドラインがもうすぐそこまで近づいてきているような気がしてならない。
追伸:ちょうどこの記事を書いているときに以下のツイートを見ました。11月28日に急逝したヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)の追悼イベント"VIRGIL FOREVER"がOFF-WHITEの店舗で行われてるとのこと。こちら上海だけでなく日本を含めて各国行われているとのこと。このコラムで言っていることとも通じますが、店舗という場所が機能を持つ場所ではなく、イメージを表す場所になってきていると感じました。
Virgil Ablohの追悼として、上海ReelのOFF-WHITEが商品を全て撤去し、花で埋め尽くされてた。ポストイットが置いてあって、自由にメッセージを残していける。想いの溢れる空間でした。 pic.twitter.com/Nmww0ub5qp
— 川崎訓@balconia Shanghai (@sa_10shi) December 4, 2021
桑原寿記-Toshiki KUWBARA
株式会社POINT EDGE ビジネスデザイナー/インテリアデザイナー
慶應義塾大学SFC修了後、空間デザイン会社に入社。2012年に上海事務所に赴任。空間デザイン以外にもブランディングの案件にも関わり、提案範囲を広げた。その後中国現地企業に移りデザイン部門を設立。責任者を務める。 2021年帰国。株式会社POINT EDGEにジョイン。ビジネスデザインと自身のインテリアデザイナーの知見を活かし、デジタルとリアルを融合した体験づくりを目指す。
ビジネスデザイン集団POINT EDGEの公式noteでは各メンバーがマガジンを持ち、定期的にコラムを発信していきます。メンバーそれぞれの個性や専門性が感じられる内容です。 ぜひご覧ください!
▶︎マーケティングディレクター/ビジネスデザイナー 岩下功一
「マーケティング視点でビジネスデザインを俯瞰する」
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▶︎ブランディングデザイナー イ・ジュヨン
「韓国のビジネストレンド」
▶︎ビジネスデザイナー/インテリアデザイナー 桑原寿記
「リアルとデジタルの体験をデザインする」
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