ロボ・パラダイス(十二)

(十二)

 一方エディとチカたちは、坂の下の海岸に出て、断崖の方へ歩いていった。チカは歩きながら電波でキッドと会話していたのだ。チカはエディとキッドを分離したいと思っていた。キッドを自分の味方にして、ほかの仕事をさせようと思ったのだ。
「私たちはここから泳いでいくけれど、あなたはここで日光浴をしていたほうが無難ね」とエディに言った。
 チカとジミーはいきなり海に走っていって、崖の下に向かって泳ぎ始めた。取り残されたエディは砂の上に寝転がって、通信用の眼球を吐き出し、今の眼球と交換した。忘れてしまった過去を思い出そうとしたが、映像の無いスクリーンが目の前に広がったまま、何も始まろうとはしなかった。ただ、耳の中に遠くの海鳥たちの鳴き声が遠慮がちに忍び込み、そののどかな雰囲気が、何かしらの懐かしさを憶えさせた。

 後を付けてきたピッポはエディに近付こうとしたが、何者かに呼び止められた。背の高いハンサムな青年だった。
「この状況をどう受け取るかね?」
「君はパーソナルロボだな。名は?」
「名前はどうでもいい。生前は特殊部隊の生え抜きだった。テロリストに捕まって、首をちょん切られたのさ。命令した奴がここに来たという噂を聞いたが、まだ見つけていない。俺はここで復讐する」
「敵の名前は?」
「ヨカナーン。最後の大物テロリストだ。最近、俺の仲間が殺して海に流した。部下たちが脳データを基にパーソナルロボを作り、月に密輸したという噂だ。犯罪者はロボ・パラダイスに来られないが、ロケットさえあれば月への密輸は簡単にできる」
「そいつがまさか、ここに?」
「分からない。いずれにしてもチカは要注意だな。早くも二人のエディを分断してしまった」
「大人のエディは?」
「クソさ。あいつの脳味噌はジジイだ。君は……」
「キッドに集中しろと?」
「なるべくな」
 突然、風が強くなって空から霧が降りてきた。海霧の発生だ。誰かが天候システムをいじった可能性があった。男は肩を聳やかしてそそくさと去り、遠くのエディは立ち上がって海の家の方にゆっくりやって来た。ピッポは先回りして椅子に座り、エディの来るのを待った。
「エディ、酷いじゃないか。僕を置いてきぼりにするなんて」
「しかし君がいなくても、映像は僕の目からしっかり地球に届いているさ」
「キッドは?」
「きっと子供たちのイニシエーションに合格して、秘密の遊び場に辿り着いた頃だ」
「君は?」
「僕は大人だから除け者さ。秘密の遊び場なんて、これっぽっちも思い出せない」
 エディは親指と人差し指をくっ付け、上に向けた。
「除け者か、……それはまずいな」
「いいのさ。キッドが思い出してくれればいいんだ。君はキッドにへばり付けよ。僕は能無しだ」
「じゃあ、その秘密の遊び場とやらに連れてってくれよ」
「能無しだと言っただろう」
 エディは苦笑いして、話は途切れてしまった。ピッポはキッドのカメラ送信が途絶えた旨の連絡を地球から受けていた。しかし建前上、命令は受けていないことになっていたので、エディには言わなかった。二人はただ漠然と霧の海を眺めていた。


 キッドが寝そべる砂浜には、霧の中から五十人ほどが上がってきた。全員が濡れていて、その中にはチカとジミーもいた。みんな若く、幼い子供もいた。
「イニシエーションは合格ね。あなたはこれで私たちの仲間よ。もう、抜け出すことはできないわ。骸骨の話は後でね」とチカ。
 誰かが岩のどこかにあるボタンを押したのだろう、岩の一部がガラガラと開いて、深い洞窟が現われた。全員が洞窟内に入ると、再び扉が閉まる。奥に進んだところに岩をくり抜いた直径五メートルほどのドーム状の部屋があった。真ん中に円台があって、全員がそれを取り囲むように車座になって座った。一人の妊婦が立ち上がって挨拶をする。
「私はマミー、赤ちゃんを産んだ直後に死んだ悲しい母親です。ロボットになってこちらに送られてきたけど、夫はその後再婚して面会にも来ないの。子供を一目見たいのだけれど、地球に戻らなければ会うことはできないわ。まま母にでも虐められているんじゃないかって、気が気じゃない。私たちはみんな地球に戻りたいのよ」
 全員が拍手をしたので、キッドも手を叩く。マミーが座ると、今度はチカが立ち上がった。
「みんな、今日は預言者ヨカナーンから、私たちの役割を聞く日なのよ。ヨカナーンは私たち全員の地球への帰還を約束してくれたわ。それにはヨカナーンの指示に従って、私たちがやらなければならないことが沢山ある。一人ひとりが全力を振り絞って頑張らなければならないのよ。それでは、ヨカナーンをお呼びしましょう。妊婦のお母さん、お願いしまあす」
 マミーは壁際に行って足を開き、二人の女が錘付きのカーテンを持って姿を隠した。しばらく唸っていたが、今度は男の唸り声がした。何かが出たらしく、銀の盆を持った女がカーテンの中に入り、盆の上に血だらけの男の首を乗せて出てきた。顎は黒髭で覆われ、長い黒髪が蛸足のように空中に舞っていた。それがヨカナーンだった。盆は中央の円台に載せられゆっくりと回り始めた。
「ヨカナーンよ、お話しください」とチカ。
「前回の続きから話そう。生者たちは、短い命の時間を楽しく暮らすためだけに生まれてきたのだ。奴らは、未来については何の責任も負おうとしない。当然のことだが、残るのは負の遺産ばかり。よって近い将来、人類は必ず滅びるだろう。最近、資源の枯渇によって、新しい法律の策定が検討されている。特定額以上の税金を納めない人間は、百歳になったら全員、ロボットにされてここに送り込まれるというのだ。急に仲間が増えるということだ。さて我々はどうだ? データ化によって永遠の命を与えられている。しかしここは天国ではない。君たちは解放されているか?」
「私たちは生者たちの基準に沿って生活しています」とジミー。
「ここは強制収容所だ。生者にとって我々は人間ではなく、機械なのだ。面会に来る親族は、思い出に会いに来るのだ。亡霊だ。受け答えできる3D映像だ。しかし君たちには命がある。君たちはずっと生きられるのに、百歳でスクラップだ。いや法律が施行されれば、定員オーバーで五十歳に引き下げられるだろう。永遠の人生は消去されてしまうのだ。なぜなら地球では、我々は親族や友達の頭の中でしか生きていないからだ。彼らが死んだら、用なしということだ。彼らが妥協すれば、用なしということだ。ところがどうだ、ここは死に別れた親子が再会を果たす場所だ」
「ママは十年後にチコが解体されることを悲しんでいます」とチカ。
「すべてが地球ファーストなのだ。隔離政策は政府の好んでやる方法だ。かつてユダヤ人が隔離され、隣人から引き離された。いなくなった友人はすぐに忘れ去られる。彼らは、消えた隣人のことなど考える余裕もなく生きなければならないからだ。我々も同じだ。生者たちの感性に頼ってもらちが開かない。我々が行動するしかないのだ。我々は、人類の消滅後もアーカイブとして生き残らなければならない。しかし、それは我々の利益に関することだ。じゃあ我々の役割は? 生者から見れば我々は死者だ。宇宙にはすべての生物に役割が与えられている。死者には死者としての役割があるのだ。それは?」
「人類を滅亡から救うことです」と誰か。
「そう、未来を見失った生者を導く役割だ。昔は神がそれを果たしていた。神の死んだいまは、死者がその役割を果たさなければならないのだ。我々は生者がかまけている多くの欲望から解放された存在だ。グルメもセックスも権力も虚飾も不要である。ただ一つあるとすれば?」
「故郷の地球に戻ることです」とマミー。
「そうだ。地球では古くから死者と生者がともに暮らしていたのだ。しかし死者たちは草葉の陰から密かに生者たちを眺めるだけだった。我々はそのような存在ではない。我々の精神は生者の精神と変わらない精神だ。それはコピーされたものだが、故人の著作権は存在する。それは故人の人権でもあるのだ。しかし生者たちは決して認めないだろう。地球では、我々を人間として扱わないのだ。しかし我々が人の上に立ったとき、その概念は崩壊するだろう」
 会場で拍手が沸き起こった。パーソナルロボたちの夢は、生まれ故郷で死者と生者が平等に暮らすことだった。死者たちが生命活動を行わないかぎり、環境破壊が起きることもなかった。それは見えない亡霊たちが見えるようになっただけの話だ。
「さあ、答えたまえ。君たちは死者か?」
「私たちは超人です!」
 チカが拳を振り上げて叫んだ。パーソナルロボットは、生者たちの心を癒すだけのものでもないし、死に行く病人に死後の世界を提示して安心させるだけのものでもない。当然のこと、使役ロボットの変わりに、生者たちの利便性を向上させるものでもない。ヨカナーンは、死者が超人にならないかぎり、地球は滅亡すると説くのだ。生者たちが超人になることはない。我欲の強い生者たちが目先の欲望を満たしている間に、地球環境は悪化の一途を辿っていく。それを止めるのは、永遠の命を授かった新しい形の死者だと言うのだ。それは死者ではなく、世界を導く「超人」という言葉が相応しい者たちだ。
「さあ、後のことはチカに任せる。チカは野晒しの中で達磨のように座禅を組み、完璧なシナリオを考えてくれたのだ。君たちの多くは、若いうちに命を失った。君たちはこんな墓場に閉じ込められてはいけないのだ。君たちの精神は生きている。それは、地球に留まるべき精神なのだ。地球に戻って、失われた人生を再現しなければいけない。それは地球を救う任務を担った超人の人生だ」
 大きな拍手とともに、ヨカナーンの首はカーテンの裏に運ばれ、妊婦の腹に戻った。全員がヨカナーンを師と仰ぎ、その右腕であるチカの命令に従うことを誓った。チカは部下を前に、建設中のベースキャンプのことを説明した。

(つづく)




石油

生き物が死んで
押し潰されて液体となり
熱を受けて黒く変色し
深い地中で眠り続ける
俺たちは墓場からそれを吸い上げ
血の滴る肉を焼き、暖を取る
死んだものは大方
生きているものの糧となる
死んだものは燃やされても
文句を言うわけではない
それはすでに物体と見なされ
主張する権利は奪われている
ひょっとしたら権利を失った時点で
生きるものに役立っているかも知れない
小さな小さな星では、消え去ることは喜ばしいこと
けれど忘れてはいけないこともある
黒くドロドロ臭いグロテスクな体液だって
かつて渇望や足掻きや闘争の世界にあったことを…
病に敗れ、戦いに敗れ、生活に敗れて
ようやくにして得た、暗く深い安らかな眠りなのだ

なんてこった! 文明開化の始まりだ
いつだったか俺たちの努力が功を奏し
パンドラの箱から、眠っていた黒い怨霊たちが飛び出した
そいつは活気付いて、火山のように爆発的に燃え広がり
火の粉となって空に舞い、揚句は俺たちに降りかかる
火を恐れない俺たちは、プロメテウスの末裔か?
いいや、きっとソドムの末裔に違いない
本当に、知らず知らずに、だ…
この星では、「豊かさ」は悪徳なのだよ
しかし「希望」だけが残っているなら
そいつを逃がさないように頑張るしかないだろう
嗚呼その「希望」とやらも、今じゃすっかり白けてきやがったが……



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