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忘れられないお客様のひと言

「前の担当者の〇〇さんの方がよかったわ。気配りができる方だったから」
初めて添乗したツアーでお客さんから言われたひと言がずっと心にひっかかっていた。

以前、旅行会社に勤務していた時、富裕層向けのツアーの企画とサブ添乗をすることになった。そのツアーは毎年恒例のシリーズでリピーターも多かった。
前任者に代わり初めての添乗。もともと私はデスクワーク向き、添乗はやりたくなかったが、企画した人が添乗することになっていたので仕方ない。そのツアーの最後にお客さんから受けた指摘はごもっとも、自分が至らなかったのだ。

前任者は添乗歴もあり、人前で話すのが得意な明るく落ち着いた人だった。私は経験浅く、人前に出るのが苦手、どうしたらいいのかかわからなかった。親くらいの年代のセレブの方々とどう接するのか、何を話せがいいのか・・・。

そのツアーに同行したチーフ添乗員は、添乗員ひと筋何十年のベテラン。頼りがいがあっておもしろくて盛りあげ上手。チーフの回りには笑いがあふれていて、お客さんは楽しそうに笑っている。
一方、私はいつも緊張していた。沈黙にならないように、話のネタをいつも考えていた。笑顔を絶やさなかったつもりだけど、ひきつっていたかもしれない。

私は、そのシリーズもののツアーの担当だったので、その後も何度かツアーの添乗をした。多少慣れていったものの、何を話せばいいんだろう、どうやったら盛り上がるんだろう、の答えはいつも考えていた。

ある時、気づいた、簡単なことを。自分がなんでも話そうとせず、お客さんに話させればいいんだ、と。お客さんに話すきっかけを与えて、掘り下げる。それは相手の話に興味をもつと、もっと先を聞きたくなるので、自然にできるようになった。すると他のお客さんもつられて自分のことを話し出す。会話がつながっていく。そうして、お客さんとの間の緊張が解け、慣れてくると、つっこみをいれられるようになった。たわいもない返しでもお客さんは笑ってくれた。楽しいと感じるようになっていった。

数年たった頃、久しぶりにあのご指摘をいただいたお客さんがツアーに参加した。私が添乗するのが不満で参加してもらえないのかとずっと気になっていたが介護や病気などいろいろ事情があって参加できなかったと話してくれた。

ツアーの最後、そのお客さんが
「みんなの荷物、丁寧に扱ってくれたり、ちょっと水がはねたバッグをさっとふいてくれたり、さりげなく気配りされていたの、見てましたよ。ありがとう」と言ってくださった。
そして後日、手紙をいただいた
「以前、〇〇さんの方がよかったなどと言ってしまってごめんなさいね・・・。先日のツアー、立派にお役目果たされていましたよ。とても楽しかったわ」と書いてあった。嬉しくて涙がでた。

だめなところもいいところも誰かが見ている。誰に見られても恥ずかしくない行動をしよう。未熟でも誠意を持って取り組む姿を認めてくれる人がいる。そう思った。

そのお客さんが話してくれた、心に残っている話がもう一つある。
「毎日、通販やらデパートやらで買い物した段ボールで玄関ホールがいっぱいになってしまうの。バッグはね、わかりやすいようにブランドごとに置く部屋を決めているの。ルイヴィトン部屋とかね」
いったいいくつのブランド用の部屋があるんだろう・・・。この話は、あのご指摘とともにずっと忘れられずにいる。

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