なんでもない、ある朝の我が家(1歳娘と朝ごはん格闘ver.)
風邪ぎみの娘は、少々ごきげんがよろしくない。
朝食を用意してプレートにならべ、いつものように娘用の椅子によいしょと座らせる。食べこぼし防止用のエプロンをつけ、かぶれ防止のワセリンを口周りに塗り、「はい、ごあいさつね〜」というと、手をあわせて“いただきます”のポーズをしてくれる。ここまではよかった。
「はい、どうぞ〜」と、目の前に差し出されたプレートを見る娘。
機嫌のいいときならニコニコと楽しそうに食べるからと、母がちまちま一生懸命作ったひとくち大のボールおにぎりを一瞥し、つんつんと指でもて遊ぶ。これはきっとそう、“えー。いま、こういう気分じゃないんだけど〜”的なやつである。
ええ、最近は焼海苔ブームだったじゃん、だからわざわざ、めんどうくさいのにちまちまにぎって、海苔をハサミでカットして巻いたのに?!と母は思うが、1歳児のブームなんてものは突然はじまり、気づけば「え、もう?」というくらいに突然去るのである。
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ひとくち食べれば気分が変わることもあるので、スプーンに載せて口に運んでみる。しかし、この日は風邪ぎみ不機嫌というベースラインに、この行動が触れてしまったらしく、スイッチが入って「ブンッ!」と全力拒否。
いったん不機嫌スイッチが入ってしまうと、瞬時に目の前のプレートやお茶を「ヒュンッ」とスライドして床に落とす。……のを知っているので、母も負けじと、「まずい!」と思った瞬間、即座にプレートをシュッ、と引き下げる。双方、一瞬をあらそう、緊張感みなぎる闘いである。
床に落としてやろうと思っていたプレートが引き抜かれ、空振りとなった娘は、自分の要求がことごとくかなわない理不尽に「うぎゃああああ!」と不機嫌全開となる。そうはいっても、プレートを引き抜かなければできたての朝ごはんがおかずも含めてすべて床に投げ飛ばされることになっていたので、その判断はいたしかたないと母は思う。
とうとう不機嫌アクセル全開となった娘は、もういったん、気持ちを落ち着かせないと、どうにも朝ごはんどころではない。
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「うぁあああああ!ぎゃーーー!!」
椅子で立ち上がりかけながら、安全ガードに阻まれて立ち上がれず、バタンバタン暴れる娘をむんずと抱っこ。抱っこしても泣いて暴れる。そのときは、必殺「ベランダに出る」コマンドを適用。
小さなお子様をお持ちの方なら経験がある方も多いと思うが、「外気に触れる」というのはわかりやすく、こどもの気分を変えてくれる。
娘を抱っこしたまま、ベランダを行ったり来たりする。外に出てもなお、足をつっぱりながら「うーーー!!うーー!!」とぐずる娘には、「あ、ほら!見てあれ、雲!」とか「ほら!青い車!」とか、動きのあるものを明るい声で指さして、気持ちの向かう先をつくってみる。
するとだんだん「う!」と、同じものを指さしたりして、不機嫌を多少引きずりながらも、少しずつ気分を変えてくれるのだ。
ほっぺに涙をつけたまま、新しいものを逃すまいと「う!」と指さしている娘を見るのは、なんとも言えない。その気持ちの切り替えというか、単純さは、大人が見習っていいものだと思う。
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“よしよし、そろそろ気持ちが落ち着いてきたな"。
母はそう思い、そのままベランダで娘に声をかける。「◯◯ちゃん、朝ごはん食べてみる?食べてみよっか?」首を振って拒否すればもう少しベランダをうろつくが、拒否がなければ合意とみなし、窓から室内に入って、ダイニングへと戻る。
機嫌が悪い日は、椅子に座らせるだけで「なんかやだ!」と不機嫌が再燃するので、そういうときはやむなく、母のひざに座らせて食べさせる。
というわけでこの日は、母のひざに座らせ、朝食に再チャレンジ。
おにぎりを見ると首をイヤイヤして、やはりなんだか不機嫌スイッチが入りそうなので、とりあえず大根の煮物から。圧力鍋でやわらかくした野菜の煮物類は、娘がよく食べてくれるメニューのひとつである。風邪ぎみのとき、のどが痛いのか、硬いものやパサパサするものを嫌がるのだが、そういうときでもやわらか煮物は食べてくれることが多い。
煮物をひとくち口に入れられた娘は、「あ、これならいいか」と、食事に向き合う気分になったごようす。自らむんずと煮物をつかみ、口へぽんぽん入れ始めた。よしよし。
合間にだましだまし、ごはんを小さく崩して口に入れようとしてみるが、首を振って拒否。運良く口に入れられても、「べええ!」と出す。食べこぼし防止用のエプロンも嫌がってできていなかったので、そのまま、娘の洋服やら母のズボンやらを経由して、ぼろぼろ床へと落ちてゆく。
やっぱり風邪のときは普通のごはんだめか〜、と、ごはんをスプーンに入れ、煮物の煮汁でちょっとふやかしてあげてみると、ちょっとずつ食べてくれるように。風邪のときは、水分量と飲み込みやすさis大事。
まあその代償として、テーブルやら娘の口からポタポタ、といろいろな水分が落ちて、娘の洋服と母の洋服を順調に汚してゆく。ああ。食事が終わるまでは、その点については心を無にする。
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食事後半になると飽きてまた不機嫌になってくるのだが、そんなとき、ちょっとしたおもちゃになるようなものがあるとニコニコしながら食事をつづけてくれることもある。
それはたとえば、バターの容器のフタだったり、見慣れないパッケージのふりかけだったり、箸だったり、とりあえず新鮮であまり見たことのないものであればよい。
今日も自分でテーブル上の何かを見つけて、後半はそれに夢中になってくれていたので、母はそのすきに、残っているごはんとおかずを粛々と、娘の口に運びつづけた。
というか、何に夢中になっていたのか覚えていないぞ。もうそのころは、疲れて、任務を遂行することだけに集中していたのだなと思う。
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「さ、ごちそうさましよう〜」というと、また不機嫌になって暴れる。床におろして、娘が「うぎゃーーん!」となっている横で、床に散らばっている残飯を「あー、もったいない、もったいない」と言いながら片付ける。まるで今落としたかのような、状態のきれいなものは、3割くらい母の胃袋にそのままおさまる。
一生懸命握ったボールおにぎりのひとつが、そのままポン、と落ちていて、それは娘が食べていた。食べるんかい!すべては気分次第なのである。
びちゃびちゃに汚れた自分のズボンを脱ぎ、それ以上に汚れた娘のTシャツを脱がせる。それをざっと洗って、漂白剤につけこむ。リビングへ戻って、「ズボンも汚れた〜?」とチェックしようとすると、あ、臭う。そこで「あ、うんちしたのね」となって、“はぁ、目まぐるしいなぁ”とぐったり疲れつつ、そんなことを言ってもしかたがないので、おしり拭きとオムツを取りにいって、うんち処理をする。
まあ、ズボンも脱がせるので、ちょうどいいね。結局ズボンも食事で汚れていたから、またざっと洗って、さっきの漂白剤のバケツに入れる。
娘の着替えをとりにいって、着替えさせ、なんだか自分の朝ごはんを食べる元気もなくなってぐったりした母は、娘の保育園の連絡帳を書く。
床に座って、低いテーブルで書いていたら、娘が横からやってきて、ひざの上に座る。ボールペンを奪って連絡帳にアートをほどこそうとしてくる。ボールペンを奪い返して、先生へ伝言を書く。
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朝ごはんを作り終えてから、自分の朝ごはんにありつくまで、だいたいこんな感じである。
いつかこんな日々も、なつかしいねと笑い飛ばせる日が、きっとくるんだろう。ゆっくりと朝食をとりながら、にぎやかでドタバタな朝を思い出して、寂しくなったねえと、思うようにもなるんだろう。
「期間限定の特権を、味わっているのさ!」。
そう思うことで、なんとか日々をのりきっている。
自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。