みかん好きの血筋
娘はみかんの皮をむくのが上手になってきた。
はじめの一歩というか、むきはじめを親が爪を入れて「むきっ」としてやれば、その後はその僅かな段差を手がかりに、小さな手でうんしょうんしょと、一生懸命向き合ってとりくんでいる。
時間をかけて、きれいにまん丸の果実が取り出せることもあれば、たいていはそこまで待ちきれずに、ちょっとむいて取り出せた部分をぱくっ、と薄皮ごと食べている。
ちなみに食べる前には、取り出せた果実を得意げに突き出し、「う!」と“できたアピール”をする。「すごいね!上手にむけたねえ!」と全力で褒めると、にこにこ(ニヤリ)と笑って、満足げに口へと運ぶのだ。
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娘は無類の柑橘好きである。
1歳8ヵ月で無類のというのもおかしな話だが、1歳までにはたいていの柑橘類(後述)を食べていたので、とりあえず「柑橘好き」の経歴としては人生の半分以上というベテランだ。
柑橘好きについては、どうやら血筋らしい。
夫も、そのお父さんも、みかんには目がないのだ。結婚した当初、みかんをひとふくろ買って帰って、気づいたら1日でなくなって衝撃を受けた。のちのち夫の実家でお母さんに聞いた話では、お父さんも目の前にみかんがあると「ずーっと食べ続けてる(笑)」らしいから、まずそこで確実に引き継がれているようだ。
だからなのかなんなのか、昨年の離乳食の時期、食べむらが激しくて途中で怒り出すことがしょっちゅうだったときも、「はい、みかんみかん!」とか「はい、みかんヨーグルトだよ!」とあわててみかんを差し出すと、スッと機嫌がなおったものだった。
みかん、ぽんかん、不知火/デコポン、オレンジ、グレープフルーツ、はっさく、いよかん、甘夏、はるみ、日向夏、それからわたしは大人になるまで食べたことがなかった晩白柚(バンペイユ)まで、彼女は1歳になる前にデビューを果たしてしまった。九州だからこそ、柑橘の種類が豊富で安く手に入るという背景もあるかもしれない。
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そうそうちょっと話は変わるけれど、関東から福岡へ越してきて感じたのが、みかんの出回る時期の早さと量の多さ、価格の安さである。
福岡の中心部でも9月の半ばころから普通のスーパーで早生(わせ)みかんがちらほら並び出し、ちょうど今、10月頭では、並ぶ早生みかんの種類も徐々に増え、小粒の早生みかん10個くらいが200円で売っている。
スーパーの相場では、種類によって200円〜350円くらい、隣の八百屋では同じようなみかんひと山が100円で売っていた。100円で小粒の早生みかん8個て。リンゴ1個より安いんですけど。
そもそも関東に住んでいたころはみかんといえば冬の食べもので、9月半ばからたくさん出回る、というイメージはなかった。早生みかん自体の流通量が少ないような気がする。あってもこんなに安くはなかった。
果物情報サイト「果物ナビ」さんを拝見したら、早生みかんの取扱量ランキングでは上位10位とも西日本(気候的にそりゃそうだが)、そのうち九州は3位に長崎、4位に熊本、6位に佐賀、7位に福岡と4県もランクインしている<出所:早生みかんの旬 出回り時期/果物情報サイト「果物ナビ」>。
出回っている時期が長く、種類も多く、値段も安い。
みかん好きの育児にはもってこいの土地である。よかったよかった。
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みかん好きの血をひく娘が、さらにみかん好きに育つ土壌はこれで揃った。
今シーズン、早生みかんがスーパーにも並ぶようになってからというもの、彼女のみかん好きにはさらに拍車がかかってきている。
食事が終わりかけたころ、「さあ、ごちそうさましようか?」というと「ちゃうちゃう」とばかりに首と手をふり、無言で、ある方角を指し示す――そう、みかんの置いてある場所だ。
去年はこちらで薄皮までていねいに、一粒一粒むいて提供していた(めちゃめちゃ手間がかかった)けれど、今年は自分で大きな皮を一生懸命むきつつ、薄皮ごとぱくぱく食べている。
最初のうちはのどにひっかかりやしないか、消化が悪いんじゃないかといろいろ気にかけていたが、どうやら他の食べものはよくひっかける彼女、柑橘類についてはからだが適応しているらしく(?)何も問題なく食べているようなので任せることにした。
子が生まれる前、我が家で「無類のみかん好き」の称号を持っていた夫は、そんな娘を見ながら、めちゃめちゃいい顔をしている。
目の前にみかんを置かれればいくつでも食べ続けるような人が、自分のみかんを食べずに、娘にばかりみかんを差し出している。我が家における「みかん好き」の称号も、どうぞどうぞと喜んでゆずったらしい。
みかん好きよりも、娘好きが勝ったということか。
みかんを片手にごきげんな娘と、そんな娘をみて自分まで嬉しそうな夫を見ながら、妻はにやりとする。
(おわり)
自作の本づくりなど、これからの創作活動の資金にさせていただきます。ありがとうございます。