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エッセイはとつぜんに

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つれづれなるままに、ひぐらし、ではないが、ときたまPCにむかひて。役には立ちませんが、何の変哲もない日常を楽しめるようにはなるかもね。
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#エッセイ

まぐろキューブのキャンディ包み #夜更けのおつまみ

まぐろキューブのキャンディ包み #夜更けのおつまみ

食卓の隅に置かれた電気ポットに父が手を伸ばし、焼酎を入れたグラスにとぽぽぽ、とお湯を注ぐ。

むわりと立ち込める芋焼酎の匂い。

こどものころのわたしにとって、それはちっともいい香りではなかった。

中学生くらい、いわゆる”年頃の娘”になると、さらにお酒への嫌悪感が増してしまう。酔っ払った父が、ろれつのまわらぬ口調で何度も同じ話を繰り返すからだ。そうなると知っているから、お湯を注いでむわっ、と匂う

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赤パプリカのオイル漬け #夜更けのおつまみ

赤パプリカのオイル漬け #夜更けのおつまみ

その家を訪れたのは秋から冬へと向かうころだった。

州の中で一番寒いと聞いてはいたけれど、着いてみたら確かに寒い。前日までは別の農家で、半袖に汗だくで草むしりをしていたのが嘘のようだ。あわてて冬物のダウンを着込む。

わたしはそのとき、オーストラリアで田舎の家庭を転々としていた。家の仕事を手伝うことで食事と宿泊場所を得られるしくみを使い、長い旅をしていたのだ。

新しい家では、すでに韓国と台湾の子

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しずかな場所がほしくて(定期購読マガジンはじめます)

しずかな場所がほしくて(定期購読マガジンはじめます)

こんなことを言ったらごうまんに思われるだろうなとか、あらぬ方向から批判されたりするんだろうなとか、こんなことをしたらもう取り返しのつかないことになるんじゃないかとか。

そんな思いがぐるぐると脳内をうずまいて邪魔をして、自分のほんとうの欲求や気持ちにうすうす気づきながら、それにしずかにフタをすることがある。「いや、でもこっちもいいもんだよ、これでいいんじゃない?」と、自分に自分でうそをつく。

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297円のサーモン。

297円のサーモン。

午前中に出かけた帰り道、たまの贅沢にひとりでカフェランチでもしてやろうかと思って歩いていた。

ぼんやり店を探しながら、駅から家の方向へ歩く。

よさげなカフェで足をとめる。

サンドイッチセット、950円。

うん、まあありなんだけど。友人と会うわけでもなく、ひとりで950円は、うん……、悩む。

たとえば漁港の海鮮丼とか、出張で訪れた土地の名物とかなら、ひとりでも迷わずいくところ。でも家の近所

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歯医者へ行った日の脳内日記

歯医者へ行った日の脳内日記

歯医者へ行った。

そもそもわたしの歯はどちらかというと虫歯になりにくいタチらしく、そういえばおとなになってからというもの、あまり歯医者のお世話にはなっていないような気がする。ただ20代前半のころ、会社にいるときに親知らずが痛みだして仕事が手につかなくなり、早退して歯医者へかけこんだことだけは覚えている。結局両方とも抜いた。

まあだから、それ以外はさして歯について悩んだことがなかった。しかし娘を

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ひさしぶりだね、超熟。

ひさしぶりだね、超熟。

日常のなかに溶け込んでいて、ほとんど意識すらしないもの。失って初めて、その存在の大きさに気づくもの。

「好きなものは?」と聞かれて、あえて名前をあげるような対象ではないんだ。わかる?わかるよね。そういうのとは違う、無意識の階層で、君はわたしの暮らしのなかにいた。ずっと。

……いてくれて、当然だと思っていたんだ。まさかサヨナラも言えずにお別れすることになるなんて、考えてもみなかった。

あの日、

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エッセイになる気持ち

おなじみ(?)プログラマの夫が、1週間ほど前から突然、エッセイめいたものを書きはじめた。

これはわたしにとって青天の霹靂である。

いや、だって。これまで彼が書くものといえば、技術の話とか、関わっている仕事やプロジェクトの、ものっすごい細かいポイントについて説明したいがための話とか、またはこういう言葉の使い方には違和感があるとか、とにかく「伝えたい主題や思いがはっきりしている文章」が多かったのだ

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白シャツという自由

白シャツという自由

最近、白シャツが楽しい。

少なくともここ3日間、気づいたら白シャツを着ている。

素材やデザインはいろいろだし、たいていキャミソールとかタンクトップとかとあわせてラフに着るのだけれど、とにかく真っ白なシャツがメインというのがいい。とてもいい。とても、なんていうか、気分だ。

朝、ねむい頭のままクローゼットの前に立って、ぼんやりと洋服を見る。

ああ、昨日も白シャツだったなあと思いながら、でもまた

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週末はピザトースト

週末はピザトースト

書こう書こうと思っている間に旬が過ぎてしまうということはよくある。

このピザトーストの話なんてまさにそんな感じだ。

春先、まだ寒さが残るくらいの季節に、週末の朝食としてピザトーストをするのにハマっていたときがあって、「ピザトースト簡単だしおいしいし最高じゃんこれ書こうっと」なんて思っていたら、いつのまにか汗ばむほどの陽気に見舞われる季節になってしまった。

いや、まあそれでもおいしいんだけどさ

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だいじょうぶ、だいじょうぶ

だいじょうぶ、だいじょうぶ

「#社会人1年目の私へ」という企画をやっているのはぼんやりと知っていたけれど、なかなか書く気になれずにいた。

なんというか、まぶしかったのだ。

いろんな方が悩みや葛藤を振り返り、それをくぐり抜けて今へとつながるような意義を見出したりしている中、自分は胸をはって「あの日々の葛藤があったからこその今」と言い切れる自信がなかったのだと思う。

あるいは20代後半のころのわたしなら、むしろ堂々と書けた

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ぽんぽんのくつした

ぽんぽんのくつした

それは娘がまだ赤ちゃんのころ、ばあばがプレゼントしてくれたものだ。

パイル地というのだろうか、伸縮性のあるタオルみたいな生地でつくられた、ベビーサイズの小さな小さなくつした。足首の前のあたりに、直径2cmくらいある大きめのぽんぽんがついている。

当時はそのくつしたにぴったりの、小さな娘の足にそれを履かせて「あらかわいい」なんてほほえんでいたものだ。なんだろうね、あの時期って親が着せたいものを着

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消えゆくもの

なんでもない瞬間にふと、死について思いを馳せることがある。

病にふしているときや、誰かの死を見送ったときではなくて、むしろ幸せいっぱいな夜なんかに。

たとえばこの前は、日中、友だち家族と子連れで牧場にでかけて、1日めいっぱい遊び、とても充実した時間を過ごした日の夜だった。ひとりでシャワーを浴びながら「ああ、今日楽しかったなあ」なんて思い返していたら、いつのまにか、死のことを考えていた。

楽し

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皿からパクチーを取りのぞくような気づかい

皿からパクチーを取りのぞくような気づかい

“相手のためによかれと思ってしていることが、相手によっては嬉しいどころか、むしろ悲しい思いを抱かせていることもある……よなあ”。

最近ちょっとあることがあって、そんな気持ちをぷすぷすと、胸のなかでくすぶらせていた。

そんななか、ひさびさに外食ランチでもしようと入ったタイ料理屋で、出てきた料理にはパクチーがのっていなかった。

それを見た瞬間、ああこの気分どこかで、と思ったのだ。

その気づかい

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砂場にて

砂場にて

いわゆる人付き合いというものに器用なほうではないわたしは、子どもたちの場にいると学ぶことがとても多い。

昨日も帰省先の近所の公園で娘と遊んでいて、ちょっと感銘を受けるような出会いがあった。

そもそも幼子とゆく公園というのは、意外と地味にコミュニケーション力を使うところだ。今ではわたしもだいぶマシになったと思うが、すべり台の順番待ちだとか、他の子にぶつからないかだとか、安全確保や秩序確保のために

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