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お題エッセイ

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ふと目に入ったものや頭に浮かんだ単語(お題)ありきで、何かしら文章を絞り出してみるエッセイのようなもの。
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まぐろキューブのキャンディ包み #夜更けのおつまみ

まぐろキューブのキャンディ包み #夜更けのおつまみ

食卓の隅に置かれた電気ポットに父が手を伸ばし、焼酎を入れたグラスにとぽぽぽ、とお湯を注ぐ。

むわりと立ち込める芋焼酎の匂い。

こどものころのわたしにとって、それはちっともいい香りではなかった。

中学生くらい、いわゆる”年頃の娘”になると、さらにお酒への嫌悪感が増してしまう。酔っ払った父が、ろれつのまわらぬ口調で何度も同じ話を繰り返すからだ。そうなると知っているから、お湯を注いでむわっ、と匂う

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赤パプリカのオイル漬け #夜更けのおつまみ

赤パプリカのオイル漬け #夜更けのおつまみ

その家を訪れたのは秋から冬へと向かうころだった。

州の中で一番寒いと聞いてはいたけれど、着いてみたら確かに寒い。前日までは別の農家で、半袖に汗だくで草むしりをしていたのが嘘のようだ。あわてて冬物のダウンを着込む。

わたしはそのとき、オーストラリアで田舎の家庭を転々としていた。家の仕事を手伝うことで食事と宿泊場所を得られるしくみを使い、長い旅をしていたのだ。

新しい家では、すでに韓国と台湾の子

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未明のミルクティー

未明のミルクティー

早朝、3時16分。

娘の寝かしつけとともに早く寝てしまったせいで、変な時間に目が覚めた。

横を見ると、布団をすべて蹴りとばして寝る1歳の娘。とりあえず薄手の毛布をかけてやり、自分もまた横になる。

頭はすっきりしているけれど、いま起きると夜まで持たない気がする。せめて5時くらいまで、寝ていたい……。

こんなときはあれだ、羊だ。羊を数えるんだ。

古典的な迷信だってやらないよりはマシだろう。そ

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気心の知れた、幼なじみみたいに。

気心の知れた、幼なじみみたいに。

「コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」

何度、この質問に答えてきただろう。そしてこの質問に対するわたしの答えは、学生時分までは間違いなく「紅茶」の一択であった。

おとなになって、会社員として働き始めたころ、ブラックコーヒーを「おいしい」と思えるようになった。今、仕事で集中したいときやちょっとスイッチを入れたいときには、自らコーヒーを選ぶ。コーヒーの香りは大好きだし、お洒落なカルチャーもかっ

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【お題エッセイ】#008 ハンガー

【お題エッセイ】#008 ハンガー

なんだか今日はすべてがしっくりこないなあ、と畳にひっくり返ったとき、室内物干しにかかったたくさんのハンガーたちが目に入った。

ぼんやりとした頭で、それを見つめる。

ああ、ハンガーだなあ。普段は意識さえすることのないそれを見て、やあハンガー、そこにいたのね、なんて思う。

もういいや、今日は君に決めた。ハンガーについて、何かしら思いつくことでも書こう。そんな流れでいま、この文章を書いている。

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10代の私に、30代の私がインタビューをしてみたら。

10代の私に、30代の私がインタビューをしてみたら。

33歳の私「こんにちは。今日は来てくれてありがとう」

15歳(中3)の私「……こんにちは(とてもいぶかしげな表情)」

今「うん。まあムリもないと思うんだけど、今noteで『悩める10代に向けた投稿』を募集しててさ。ちょっと話、聞かせてくれないかなと思って」

中「はぁ、意味がわからないんですけど。だいたい、“悩める10代”とか、おとながそうやってひとくくりにすること自体がなんか嫌いです……。“

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次の元号を生きるあなたへ

次の元号を生きるあなたへ

お母さんは、わりとぎりぎり昭和生まれです。

大学4年生になったとき、その年の入学生には平成生まれのひともいて、なんともいえない衝撃を受けたことを覚えています。同世代のはずなのに、何かがそこでぱっきりと分かれてしまったかのような感覚をもちました。

西暦で見れば地続きで、何かが変わっているわけでもないのに、変ですよね。ただ、血液型占いなどカテゴライズが好きな日本人にとって、元号はそんなふうに、アイ

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(離乳食の)にんじんは炊飯器で炊け

(離乳食の)にんじんは炊飯器で炊け

noteカイゼンチームな方々が『#今週のお題』なる実験をされているのでふらりとのってみたい。

第2回目のお題は、「ハマっている食べ物」。

あなたが最近ハマっている(あるいは布教しまくっている)、美味しい食べ物を教えてください。

独身時代の私なら、小洒落たカフェのスイーツだったり、はたまたあのカレー屋が美味しいとかあの居酒屋のヒレ酒がうまいとか、なんだかんだ知る人ぞ知るっぽい感じのものをさらり

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【お題エッセイ】#007 七草粥

【お題エッセイ】#007 七草粥

“せり なずな ごぎょう はこべら ほとけのざ すずな すずしろ これぞ春の七草”。

こどもの頃は、この言葉のリズムがただ単純に好きだった。

何か、呪文みたいで。

母が「今日は七草粥の日だよ」といって、「春の七草、言える?」と問われると、喜んで歌いながら唱えていた。

意味なんてほとんどわかっちゃいなかったと思うけれど。

*  *  *

今日は1月7日だというので、朝ごはんに七草粥を炊い

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【お題エッセイ】#006 鉛筆

【お題エッセイ】#006 鉛筆

カリカリ、カリカリ。サラサラ、シャッ。

なめらかな上質紙の上で、よく尖った鉛筆が小気味よく音をたてる。

ああ、この感覚ひさしぶりだと、やってみて初めて気づく。

そういえば、長らく鉛筆でものを書くということをしていなかった。

*  *  *

今朝訪れた、ある施設の受付カウンターに用意されていたのは、いまどき珍しくボールペンではなくて鉛筆だった。

それも近頃よくアンケートなんかについている

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【お題エッセイ】#005 風邪

【お題エッセイ】#005 風邪

新年早々、どうやら夫は風邪をひいてしまったらしい。

ここ数日やたらと鼻をかんだりくしゃみをしたりしていたので、「悪化しないようにくれぐれも気をつけてね! からだ冷やさないでね!(意訳:こちとら妊婦なんで風邪ひかれちゃ困るんだぜ!)」と言っていたら、今日帰ってきて案の定、ポツリ。

「なんか喉も痛い……」。

ああ、だから言わんこっちゃない。悪化しているじゃないか。

とりあえずグツグツ煮込んだ温

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【お題エッセイ】#004 大晦日

【お題エッセイ】#004 大晦日

大晦日が近づくと、母は昔からよくこんな話をしていた。

「お母さんの田舎ではねぇ、こどものころは大晦日にはもうお昼くらいからお風呂に入って、からだも全部きれいにして、その日ばかりは下着から何から全部新しいものを身につけてねぇ。そうして新年を迎えたものよ」

そして必ず、続ける。

「まぁ昔は、めったに新しいものなんて買えなかったからね。一年に一度は、きれいにしようって感じだったのかもね。今はほら、

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【お題エッセイ】#003 毛布

【お題エッセイ】#003 毛布

12月にしては穏やかな気候が続いているなぁ、と思っていたら、今朝は急に冷え込んだ。

夫が目を覚まして、第一声、「寒い……」。

私たちはそれぞれ独身時代からの寝具を使っているので、たしかに夫の冬用装備は少し心もとないな、と思っていたところだった。

これからもっと寒い季節がやってくる。赤ん坊を迎える今年は特に風邪をひいてもらっちゃ困るわと、あわてて通販で毛布を注文した。

そんなわけで、今日のお

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【お題エッセイ】#002 みかん

【お題エッセイ】#002 みかん

みかんというと、父のことを思い出す。

いや、白状すると本当はそんなつもりはなかった。だって、みかんと父について、特段深い思い出があるわけでもないのだ。

ただ、さっきテーブルの上に置かれたみかんを見て「今日はみかんをお題にしようかな」と思ったとき、ふと思い浮かんできたのがなぜか、父の顔だった。

自分でも意外なことに。

*  *  *

父は果物全般が好きである。

実家で暮らしていたころは、

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