【創作短編小説】悪霊に愛された少年(8,464文字)

「ねぇ、知ってる?この小学校の通学路、悪霊が出るんだって。」

クラスの女子たちが集まって怪談をしている。

「ほら、あそこの廃洋館。あの前を一人で歩いていると四つん這いの女の人が追いかけてくるんだって。」

うわっ、僕の帰り道じゃん。

「そんで追い詰められたら最後、目の前で「ゴロズゥゥーー!!」って言って殺されちゃうんだって!」

「「キャーー!」」

一人の女子が大声と共に、手を大きく振り上げる。

その声と仕草に反応して、他の女子たちが楽しげに叫び声をあげる。

最後の設定、凄い雑だな。

僕は聞き耳を立てていた女子たちの会話から離れ、プリントをまとめる作業を再開した。



夕暮れ時の放課後。

誰もいない校舎。

先生に課された「宿題を忘れた罰」とやらをしていたら、こんな時間になってしまった。

罰といえば聞こえは良いが、絶対適当な理由をつけて雑用を押し付けただけだ。

「くそぅ、今日は観たいテレビがあるのに。」

そう、小学生ならみんな大好きポケ○ンだ。

僕は急いで帰り支度をし、小学校を飛び出すのだった。



帰り道。

いつもはもっと人気がある道なのに、今日に限って誰もいない。

四つ角を右に曲がって続く一本道。

そして通り沿いに現れる、廃洋館。

さっきのあんな話、聞くんじゃなかった…

時間があれば遠回りをして帰ることもできるのだが、今日は早く帰らないと観たいテレビが始まってしまう。

今週のポ○モンは神回の予感がするのだ。

僕はゴクリと唾を飲み、緊張した面持ちで廃洋館前の道を早足気味に歩く。

もしクラスメイトの誰かに全力で走っているところを見られでもしたら、明日から「ビビリ」としてみんなから馬鹿にされてしまう。

それだけは避けなければならない。

僕は走っているようには見えず、なおかつ歩くというには明らかに早過ぎる速度で廃洋館の前を通り過ぎる。

「なんだよ…、なにもないじゃん…。」

無事に廃洋館を通り過ぎると何事も無かった安心からか、僕は一人文句を言いながら悪態をつく。

…ィィギギィィィギギィィィギギィィィ…

その時だ。

早く帰ろうと再び歩きだすと、後ろからなにか床が軋むような、呻き声のような音が聞こえる。

僕はビクッとなり歩みを止める。

そして恐る恐る後ろを振り向くと…、ソイツはいた。




「ぁっ…あぁっ…」

僕は声にもならない声をあげる。

ソイツはいた。

四つん這いの女性。

長い黒髪を垂れ流し、ボロボロの汚れた白いワンピースを着て、耳元まで裂けた大きな口で、ギョロリと血走った目で僕を見据える。

「あぁっ…ぁぁっ…」

僕は今すぐにでも逃げ出さないといけないのに、足が竦んで思うように動けない。

息を吐き出すように、かすれる声を出すので精一杯だ。

するとソイツは耳元まで裂けた大きな口をニタァと歪め…

『ゴロズゥゥーー!!』

四つん這いのまま迫ってきた!

「うわぁーー!!」

僕は泣きながら、なんとか動き出した足を全力で動かし必死に逃げる。

死ぬ死ぬ死ぬ!

後ろを振り返ると、ソイツはまるで蜘蛛のような動きで凄い速さで追いかけてくる。

「ああぁぁーー!!」

僕は叫びながら、差し掛かった四つ角を咄嗟に左に曲がる。

しかしそれが不味かった。

左に曲がった先は行き止まり。

僕は逃げ道を失ってしまったのだ。

後ろからはソイツが迫ってきている。

不味い!

逃げないと!逃げないと!

しかし周囲を高い壁で覆われたその道は他に逃げられる方法も無く、四つん這いで追いかけてくるソイツに僕はとうとう追い詰められてしまったのだ。

『ゴロズゥゥーー!ゴロズゥゥーー!』

「うぁぁ…うぁぁ…」

叫び声をあげながら迫ってくるソイツに僕はただただ恐怖し、泣きながら、漏らしながら呻き声をあげていた。

ソイツはすぐそこまで迫り、血走った目で僕を見据えながら顔を寄せてくる。

そして目と鼻の先までソイツはやってきて…

『ゴロ…ズギィィーー!!』

「うわぁぁーー!」

『ズギィィーー!!』

「ぎゃーー!」

『ズギィィーー!!』

「ひいゃぁぁーー!…っん?」

『ズギィィーー!!』

『ズギィィーー!!』

ソイツは同じ位置で叫び続けるだけで、一向に襲ってこない。

『ズギィィーー!!』

好き?

『ズギィィーー!!』

僕はそっとソイツを迂回し、脱出しようと試みる。

ダダダダッ!

「ひぇっ!」

しかしソイツは僕を逃さないようにと回り込んで立ち塞がる。

『ズギィィーー!!』

僕は負けじと逆方向へ迂回する。

ダダダダッ!

「ひぁっ!」

やはりソイツは立ち塞がる。

『ズギィィーー!!』

どうしよう…、どうすることもできない。

僕は意を決する。

「…好きなの?」

『…』

「…好きって言っているの?」

『…ギャーー!!』

ソイツは突然叫び声をあげながら両手で顔を覆い、恥ずかしそうに仰向けでバタバタとする。

うっわ、こわっ。

この世に生を受けて11年。

生まれて初めて受けた告白は…悪霊からだった。




あの日から僕の下校時間は少し特殊なものになった。

僕は極力友達と一緒に帰るよう心掛けたが、どうしても一人になってしまう時がある。

そして人気のない道に入ったとたんだ。

…ィィギギィィィギギィィィギギィィィ…

僕は嫌な予感がして、後ろを振り返る。

やっぱり、いた。

いつものように四つん這いの悪霊は、長い髪を垂れ流し、その髪の隙間から覗かせる血走った目で僕を見据えると、物凄い速さで追いかけ…

「ストーーップ!」

僕は大声で叫ぶ。

すると悪霊はピタッと止まる。

「なんで!?なんでそんな怖い登場をするの!?」

僕は悪霊を叱りつける。

『ズギィィ…』

悪霊がシュンとする。

「僕怖いの苦手なんだよ!?もう少し怖くなく登場してっていつも言ってるよね!?っていうか、ここ廃洋館から全然遠いよ!?もしかして場所とか関係無いの!?」

悪霊への執拗な説教攻撃。

最初はあんなにビクビクしていたのに。

慣れとは恐ろしいものである。

『…』

考え込むように黙る悪霊。

『ズギィィ…』

一旦物陰へ引っ込む悪霊。

…あっ、出てきた。

再び登場した悪霊の頭には一輪の花が飾られていた。

あっ、きれい。

そして悪霊はこちらに笑顔を向ける。

ニタァァァ…

「ひぃぃー!」

耳元まで裂けた口が歪み、血走った目が見開かれる。

「怖い!怖いよ!良いアイデアだったのに、せっかくの花が台無しだよ!プラマイゼロよりマイナス寄りだよ!」

僕は悪霊と少し仲良くなっていた。




「おい、おまえ。ちょっと来いよ。」

ある日の放課後、クラスのリーダー格の男子に呼ばれる。

学校でも有名なイジメっ子だ。

「おまえ、怖いの苦手なんだってな。」

リーダー格の取り巻きであろう他の男子たちに囲まれながら、僕は質問を受ける、

「まぁ…、得意ではないかな…」

最近リアル悪霊をこの目で見ているのだ。

流石に大丈夫とは言えない。

…正直、キミたちも苦手だけどね。

「わかった。じゃあオレがおまえに修行してやるよ。」

「え?」

「この学校、旧校舎があるだろ?あそこの一階の女子トイレに出るらしいんだよ。おまえ、一人で行ってこいよ。」

「や、やだよ!そんなの!一人でなんて無理に決まって…」

「ああ!?なんか言ったか!?」

「…いや、なにも無い。」

「うっし、じゃあ行くべ。」

そうして僕は逆らえないまま、男子たちに旧校舎へと連れられて行くのだった。




「うっし、着いた着いた。」

旧校舎。

そこは近所でも有名な心霊スポット。

来年には取り壊しが決定しており現在は立入禁止になっているが、こういう肝試しで侵入する者が後を絶たない。

「いいか?一階の一番奥にある女子トイレだ。そこから何か証拠になるもんを持って帰ってこい。」

なんだよ、何かって…

「オレたちは入り口で見張ってるから、逃げようとか絶対考えるなよ!」

そうして僕の一人肝試しが始まってしまった。

旧校舎の入り口は何人もの侵入を許してしまった傷跡か、鍵はボロボロで施錠されていなかった。

なんとも適当な防犯だろうか。

僕は恐る恐る校舎へと侵入する。

今では珍しい木造の校舎。

腐った木の廊下が踏みしめる度にキィキィと音を立てる。

放課後で薄暗くなった廊下は、恐怖心をこれでもかと煽ってくる。

もし変なのがいたらどうしよう…

僕は極力周りを見ず、ただひたすらに前を向いて、一直線に女子トイレへと向かった。

「ここかな…」

旧校舎の一番奥にソレはあった。

壁には掠れた文字で「女子便所」と書いてある。

僕は震える足を必死に動かし、女子トイレの中へと入っていく。

中は壁や扉が所々が傷んでいるものの、意外にも綺麗に昔の形のまま残っていた。

「何か…何か…」

僕は何か証拠になりそうなものを必死に探していた。

「あっ、これいいかも。」

女子トイレの隅に置かれていたトイレ用ブラシ。

なんか汚いな…などと思ったが、背に腹は代えられない。

僕は我慢しながらブラシを掴んだ。

その時だ。

女子トイレの一番奥の個室の扉がギィィ…と音を立てながら、独りでに開く。

「ひぃっ!」

僕は扉の開く音に反応し悲鳴をあげる。

そしてそちらに視線を上げると…

ソイツはいた。

女子トイレの奥に立ち尽くす、赤いワンピースの少女。

オカッパ頭で、目が黒く窪んでいる。

『遊ぼ…遊ぼ…』

少女がニタァ…と笑いながら近づいてくる。

「ぁ…あぁ…」

不味い不味い不味い!

早く逃げないといけないのに、足が竦んで座りこんでしまう。

助けを呼ぶため叫ぼうとするも声が出ない。

このままじゃ…このままじゃ…

『遊ぼ…遊ぼ…』

少女が近づいてくる。

ダメだ…!!

僕は必死に考えようとするが、足同様に脳も動かない。

すぐそこまで少女が迫り、もうダメだと目をギュッと瞑った時だ。

…ィィギギィィィギギィィィギギィィィ…

床の軋むような音が鳴り響く。

そして何者かが僕の横を勢いよく通り過ぎる気配がしたかと思うと…

『ゴロズゥゥーー!!』

聞き慣れた叫び声が聞こえた。

僕は恐る恐るソッと目を開けると、なんとそこには少女に襲いかかる悪霊の姿があった。

『あ…あ…あ…』

『ゴロズゥゥーー!!』

圧倒的だった。

悪霊が少女に数回腕を振り下ろすと、まるで霧が晴れていくかのように少女が消えていく。

そして少女が完全に消え去った後、悪霊はピタッと動きを止めこちらを振り返った。

血走った目、耳元まで裂けた口、そして…頭に飾られた一輪の花。

悪霊と対峙してしまった本来なら絶対絶命のその状況に、僕は安心して泣いてしまった。




『ズギィィ…』

「ありがとう。だいぶ落ち着いたよ。」

あれから何分経っただろうか。

僕はようやく落ち着きを取り戻した。

「悪霊も一緒に来てくれる?」

『ズギィィーー!!』

恩人に悪霊と言うのも気が引けたが、今更呼び方を変えるのも何か癪だ。

僕は悪霊にお願いして、みんなが待つ入り口へと二人で歩を進めた。

最初は怖くて見渡せなかった旧校舎も、今なら余裕を持って見渡せる。

なんだろう。

さっきよりも暗くなった廊下のハズなのに、さっきよりも怖くない。

僕はチラッと悪霊を見る。

すると悪霊も気がついたのか、血走った目でこちらをギョロリと見返す。

今はそんなに怖くない。

「はははっ。」

『ズギィィー。』

なんだか可笑しくなってきちゃった。

僕は笑いながら廊下を歩いた。




「さて、どうしたものか。」

『ズギィィー?』

出逢った頃より感情表現が豊かになった悪霊は「なんだ?」と僕に聞き返してくる。

「この女子トイレから持ってきたブラシはみんなに見せるとして…悪霊のキミをみんなに紹介するのは少し刺激が強過ぎるかなっと思って。」

…この時の僕は色々なことがあり過ぎて少し可笑しくなっていたのかもしれない。

『ズギィィ…ズ、ズギィィーー!!』

「おぉっ!」

なんと四つん這いの悪霊が二本足で立ったのだ!

フラフラしているが、立つことに慣れていないんだろう。

しかしこれでどっからどう見ても人間っぽい悪霊!

みんなに紹介できる!

…その時は本当にそう思っていたのだから。

「みんな、ただいま!」

「おっせーよ!ちゃんと証拠は持ってきたんだろうな?」

僕が入り口から出てくると、リーダー格の男子が悪態をついてくる。

「持ってきたよ!女子トイレのブラシ!あと僕を助けてくれた悪霊!」

「ん?」

リーダー格の男子が言っている意味が分からないと聞き返してくる。

すると入り口の奥から一人の女性がフラフラと出てきた。

顔を隠すように垂れ流れた髪、耳元まで裂けた口、ボロボロのワンピースを着て、髪の隙間から血走った目を覗かせる女性。

ニタァ…

女性が笑う。

「「あぁ…あっ…」」

男子たちが全員一斉にお漏らしをする。

そして…

「「あああぁぁぁーー!!」」

みんな走り去ってしまった。

ポカーンとする僕と悪霊。

「そんなに怖がらなくてもいいのに…まっ、いっか。僕たちも帰ろ。」

『ズギィィー。』

恩人の悪霊を見て一目散に逃げだしたみんなに少しムッとしたが、僕たちは帰ることにする。

「そのまま歩いて帰れる?」

『ズ、ズギ、ズ、ズギィィ…』

「あぁー、四つん這いに戻っちゃった。」

僕と悪霊はとても仲良くなっていた。




雨降りの午後。

一人の男性が廃洋館を見上げ佇んでいた。

「ここが例の廃洋館か。」

ボサボサのロングヘアーに無精髭。

カーキのロングコートを着て、その男性は見るからに近寄り難い雰囲気を晒している。

「早いこと済ましてしまおう。」

そういう男性の手には護符が握られていた。




「今日は雨かー。」

僕は教室で一人愚痴る。

せっかく友達と放課後にサッカーをする約束をしていたのに、この雨では外で遊べない。

「サッカーはまた今度かなー。」

あの旧校舎の一見以来、イジメっ子たちは全く絡んでこない。

それどころか大人しくなってしまったのだ。

他のイジメられっ子たちに「いったいどうしたの!?」なんて聞かれたが、特に大したことはしていない。

ただ悪霊を紹介しただけなのだ。

そうだ、今日は悪霊にお願いして廃洋館の中を探検するなんてのはどうだろう?

この前の旧校舎も悪霊と一緒なら全然怖くなかったし、雨でも建物の中なら平気だし。

それに…

僕はランドセルから一つの小包みを取り出す。

この前助けてもらったお礼も悪霊にしないといけないしね。

小包みを再びランドセルの中にしまい込むと、僕は授業が終わると同時に学校を飛び出し、廃洋館へと向かうのであった。




「おーい、悪霊ー?」

廃洋館に到着した僕はいつものように悪霊を呼ぶが、今日に限って反応がない。

いつもなら呼ぶ前からギギィィギギィィと音が鳴るはずなのに、全く気配がない。

どうしたんだろう?

流石に一人で廃洋館に入る勇気は無いので入り口辺りでどうしようかとウロウロしていたら、建物の中から物音が聞こえることに気がつく。

ん?

僕は入り口から顔だけ突っ込み聞き耳を立てる。

するとなにか部屋が荒らされているような騒がしい物音と、男性の声が聞こえることに気がつく。

…もしかして泥棒!?

そんなの悪霊が困っちゃうよ!

廃洋館の中は薄気味悪く一人では怖かったが、悪霊への心配が勝った僕は建物の中へと入っていくのだった。




「…ここかな?」

あれから音のする方へと廃洋館の中を歩いていると、一つの扉の前へと辿り着いた。

ドタッ!ガタッ!

「……!…!」

『…!…!…!』

うん、この扉の中から音と声が聞こえる。

僕はそーっと扉を開け中を覗き込んだ。

すると中ではコートを着た男が腕を前に突き出し、必死の形相で何かを叫んでいた。

「お前の命もあと少しだ!そろそろ決着をつけてやる!」

その声に反応して、男の腕の先からなにか電流みたいなものが迸る。

…なにこれ?映画の撮影?

あまりの光景に一瞬思考が停止する。

しかし男の視線の先を目で追った時、僕はハッと我に帰る。

…悪霊!

『ゴロズゥ…!ゴ、ゴロズゥ…!』

男が放った電流みたいななにかが悪霊の周りを纏わり付き、悪霊が苦しそうに叫んでいる。

「ちょっとなにやってんだよ!」

僕はたまらず大声を出しながら部屋へと飛び入った。

「なんだ!このガキ…!」

男は一瞬こちらに視線を向けるが、再び悪霊へと視線を戻す。

「止めろって言ってるだろ!」

僕は男の腕に飛びかかる。

「ガキが邪魔すんじゃねえ!お前も一緒に除霊しちまうぞ!」

男は「チィ!」と舌打ちをしたかと思うと僕を蹴飛ばし怒鳴った。

「止めろよ!止めろって!」

しかし僕は止まらない。

再び男に飛びかかる。

「このクソガキが!お前から先に殺っちまうぞ!」

男は余程腹がたったのか、僕の顔面にめがけて蹴りを放ってくる。

僕は咄嗟に腕で顔を隠し、ギュッと目を閉じた。

その時だ。

『ヤァメェェロォォーー!!』

悪霊が庇うように僕と男の間へと割り込んできた。

「なんだと!?悪霊が人を庇った!?」

突然の出来事に呆然とする男。

「けどそれが、どうしたっていうんだー!!」

『ギィギャーー!!』

男が再び力を込めると苦しそうに悪霊がもがき出す。

「大変だ…どうしよう…」

なにか…、なにか助ける方法は…

僕は必死に考える。

すると悪霊の体に数枚のお札が貼り付いていることに気がつく。

ジュウジュウと煙を出しながら薄く発光し、まるで悪霊の体を焼いているかのように貼り付いているお札。

僕はなにか良くない気がして、そのお札を剥がそうと手を伸ばす。

「止めろ!それに触れるとケガするぞ!」

僕の行動に気がついた男は注意するため大声を出す。

しかしそんなの知ったことではない。

悪霊が苦しんでいるんだ!

僕はお札を両手でガッシリと掴んだ。

「ああああぁぁーー!!」

そのお札はまるで焼いた鉄板のように僕の掴んだ手を焦がす。

熱い熱い熱い!

手が燃えてしまうように熱い!

けど悪霊はもっと熱くて苦しんでいるんだ!

「ああああああぁぁぁーー!!」

僕は熱くて熱くて上手に動かすことのできなくなった両手で一枚、また一枚とお札を剥がしていく。

そして最後の一枚が剥がれたと同時に、悪霊は男を目掛けて飛び掛かる。

『ゴロズゥゥーー!!』

「…!?」

咄嗟の出来事に反応できなかった男は、悪霊の振り下ろされた腕によって壁際にまで吹き飛ばされる。

悪霊は男の命を刈り取るため、さらに飛び掛かろうと…

「止めて!もう止めて!」

『…!?…ズギィィ…』

悪霊は僕の声に反応し、その場で動きを止める。

「人間の言葉が届いただと!?」

男はあまりの出来事に驚愕する。

「そうだよ!悪霊は僕を助けてくれるんだよ!『良い悪霊』なんだよ!」

「なんだよ、悪霊に良いって…」

男は悪態をつきながら、フラフラと立ち上がる。

「もぅ止めだ止めだ。これ以上やっても割に合わねぇ。お前みたいなガキは悪霊に呪われてしまえ。」

そう言い残し、男はどこかに立ち去ってしまった。

ボロボロの悪霊と、ボロボロの少年。

部屋に静寂が訪れた。




「ケガ、大丈夫?」

『ズギィィーー!!』

どうやら時間も経って元気になったみたいだ。

「ゴメンね。すぐに駆けつけてあげられなくて。」

『ズギィィ…』

「いてて…手がヒリヒリするや…」

『ズギィィ…』

お互い申し訳なく思ってか、気不味い空気が流れてしまう。

「…そうだ!」

『ズギィィ?』

僕は痛んで上手に動かせない手を必死に動かし、ランドセルから小包みを取り出す。

「色々あったけど、今日は僕これを渡すために来たんだ。」

僕は小包みの包装を必死に剥がす。

「この前は旧校舎にまで助けに来てくれてありがとう。これはそのお返し。プレゼント。」

小包みの中身を取り出し、悪霊に見せる。

『ズギィィーー!!』

「喜んでもらえて良かった!」

なににしようか色々と迷ったけど、どうやら悪霊に気に入ってもらえたみたいだ。

こうして改まってプレゼントを送るなんて、なんだか恥ずかしいな…

『ズギィィーー!!ズギィィーー!!』

「あはははっ!!」

はしゃぐ悪霊に、笑う僕。

いつの間にか、外の雨はあがっていた。




あれから数日後…

「ねぇ、知ってる?この小学校の通学路、悪霊が出るんだって。」

クラスの女子たちが集まって怪談をしている。

僕は包帯を巻いた両手で、プリントをまとめる作業をしていた。

先生は「遅刻をした罰」だと言っていたが、今回もおそらく適当な理由をつけて雑用を押し付けただけだろう。

「ほら、あそこの廃洋館。あの前を一人で歩いていると四つん這いの女の人が追いかけてくるんだって。」

こんなケガ人に無理させるなんて…

僕はブツブツ小言を言いながら作業を続ける。

「そんで追い詰められたら最後、目の前で「ゴロズゥゥーー!!」って言って殺されちゃうんだって!」

「「キャーー!」」

一人の女子が大声と共に、手を大きく振り上げる。

その声と仕草に反応して、他の女子たちが楽しげに叫び声をあげる。

その話、前もしてたじゃん…

僕はいつの間にか女子たちの会話に聞き耳を立てていた自分に気がつき、作業を再開しようと意識を作業に集中させようとした。

「…けど、この話には続きがあってね…」

ん?

僕の作業の手が止まる。

「この悪霊から助かる方法が一つあるの。」

「「えー、なになにー?」」

なになに?

「この悪霊、お花の髪留めをしているらしくってね、「そのお花の髪留め素敵ですね。」って言うと照れてどっか行っちゃうんだって。」

「「うそー、なにそれー。」」

怖怖と話を聞いていた女子たちが、なんか興醒めしたとばかりにブーイングを鳴らす。

女子たちの会話に聞き耳を立てていた僕は、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染め、机に突っ伏してしまうのだった。

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