痴ばぁ

どーも、好きな大江健三郎は「性的人間」です。
大江先生は結婚して子供産まれる前の初期の方がトンがってて良いです。

と言うわけで、電車に乗ろうとホームに並んでいたおれ。
乗る者も多く結構な人数が並んでいた。

若い奴が列を外れて立ち止まればそれに続く奴もいて、もはや列の体を成さず車両のドアを取り囲む団子状態。
他の空いている場所に移動すればいいのにと思うだろうが、乗った次の駅で乗り換える際に最も出入り口に近いため皆一様にこの場所に並ぶ(おれもまた然り)。

しばらくして電車が到着したが、ドアが開く前からガラス越しに「めっちゃ乗ってます。もう乗れまへん」と主張しているのがわかる。
ドアが開きちょこちょこと人が降りると、待ってましたとばかりにホームの人々が電車に乗り込んでいく。

「もう乗れまへん」のはずだったのにドコドコと人が車両に吸い込まれていく。
おれもその流れに乗って電車に乗り込んだ。
車両内はすし詰めぎゅーぎゅー。

ここで満員電車を経験している方なら自然の所作として、"近い方のドア方向に体を向き直す"ということをする。
奥の方まで行ってしまえばそのままの向きで直進するだけだが、乗り込んだ手前のドア付近であれば、そちらの方にくるんと向き直す。

理由は単純で、前後の人と向き合いたくないから。
知らん人とお腹とお腹をひっつけ合い、顔面を至近にするという拷問を回避したいからである。

しかし、問題が起こった。
背後にいたおばちゃん(推定50代)がくるんと背中を向ければいいものをわざわざ方向転換せず向かい合わせになった。

人が多すぎてくるんできなかったのか、満員電車に慣れていなくてくるんできなかったのか、とにかくお腹とお腹をひっつけ合う体勢となってしまった。
(身長差で顔同士が至近にはならなかった)

さらにおばちゃんは真夏の正装"THE薄着"である。
おばちゃんの後からも人がどんどん押し寄せコチラにむぎゅーっと押し付けてくることとなった。

おっさんであれば、おっさん同士「コイツ気持ちわりーな」と一駅我慢すればなんとかなることはなる。(気持ちは萎える)
しかし、おばちゃんは正真正銘の女性であり、別の問題を持ち込んでくる。

男性ならば常に注意を払わなければならない「痴漢の冤罪」である。

対策としては吊り革を掴む、バッグを持つ、寝る、窓に手を触れひたすら外を見る…など人によって様々だろう。
満員電車ということもあり、おれは前に両手を交差する感じでバッグを持っていた。

しかし、これは掌でないにしろ手の甲が当たっただけで「あなた触りましたよね」と言われる可能性が払拭できていない。
おばちゃんの匙加減でおれは犯罪者に仕立て上げられてしまう。

可及的速やかに体勢を変えねば!と身体を斜めに振る作戦を実行に移した。
うまい具合に背中側のおっさんもその方がスペースを作れたようで、背中合わせで斜めにズレてくれ、その立花兄弟ばりのコンビネーションをおれは喜んだ。

しかし、なぜかおばちゃんも同じ角度で曲がってきてしまい、おれの作戦は空中分解して爆ぜた。
密着感は相も変わらずである。

ここから取れる対策として、とにかくバッグ両手を自分の身体にめり込むほど寄せた。
おそらくあの瞬間、俺の体は片岡鶴太郎ばりにカリカリになっていた。

さらに、「自分しんどいす」という苦悶の表情をひたすらするということを行なった。
車両内のどこかに監視カメラがあることを祈り、少し顔を上目にあげ「自分しんどいす」を続けた。
万が一冤罪となった際に「いや、車両のカメラ見てください、めちゃめちゃ嫌そうな顔してますから」とちょっとでも言うことを狙ってのことである。

いつもはほんの少しの一駅間がやたら長い。
電車が揺れるたびにおばちゃんの贅肉だか胸だかの柔らかい感触が腕に当たり「違うんです、社会が悪いんです」と理性を失った言い訳が頭をよぎる。

触れないようにこまめに体勢を変えようとするのだが、背中側のおっさんは安息のスペースをみつけたためかもはや動いてくれない。
コミュニケーションとは双方向の意思が重要だということがここにきてようやくわかった。

おれはひたすら苦悶の表情を携えたまま無機物となるしかなかった。

おばちゃんはもはや「ワザとか!?」というくらいコチラにぶつかってくる。
その度に有機物として背中側にヒュッと身体を寄せる。
背中側のディスコミュニケーション状態のおっさんは何度もグイグイくんじゃねーよと感じていたに違いない。ごめんよおっさん。

長い長い心の旅路を経てようやく駅に着いた際、乗り換えの人が一気にドア側に動いた。

その時流れに乗っておれも歩み出した。
と言ってもそんなに思い切りよく流れた訳ではなく、みんなスーンと動き始めた感じ。

しかしおばちゃんはその流れに乗らず、体勢が崩れたようだった。
その刹那、「あぁ、ごめんなさい!」とおれに抱き付く勢いで寄ってきた。
上目遣いでコチラを見ており、苦悶の状態から解放されたおれがおばちゃんの顔を見ると、めちゃくちゃ胸元が開いた服でなかなかの谷間を寄せ付けようとしてきたのである。

「あかーーん」と全シナプスが緊急警報を出し、おれは「いや」と反射で呟き、そそくさと電車を降りた。
そのまま世界記録出せそうな競歩スピードでそそくさと先を急いだ。
無論、後ろを振り返らないようにした。

堅く見積もって30%の確率で誘われていた。
30%とは打率で例えるのもアレだが結構高い。
一生のうちに遭遇する確率は1/10000(年間250日×40年で試算)=0.01%で、さらに30%を掛け合わせると0.003%のイベント発生率である。

激レア色違いポケモンの出現率よりも色気違いおばちゃんの方がレアなのである。
そして、おばちゃんとの運命的な出逢いを放棄しておれは真人間として生きる道を選んだと言える。

ほんの少しの勇気があればおれも性的人間になれたと天国の大江先生も残念に思っているに違いない。
アホか、助かったわ。

※信じるか信じないかはアナタ次第

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