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00.在りし日の記憶

僕の名前はイチルー。皆からはイチと呼ばれている。
赤髪には「どこかの殺し屋みたい」と言われるが、普通の冒険者だ。
この世界では戦士や武闘家なんていう戦闘職を生業にしている冒険者もいるが、僕は専ら都市や遺跡を訪れては文献を読み漁るのに励んでいる。
そういえば、よく幼馴染とも故郷に残る文献について意見を交わしていた。

***

「イチさんは伝説の錬金術師についてどう思いますか?」
幼馴染は唐突に僕に問いかけた。
暖かい陽の光が射すテラスに二人、腰掛けて外を見る。目線の先には箱に何やら物を詰めてムニャムニャと唱える妹の姿があった。
「少なくとも、うちのパルみたいなことはないだろうな」
「でも、大人たちはパルさんを伝説の錬金術師の再来だともてはやしていますよ」
家の前でやるもんだから、妹の周りには住民たちが集まって来ている。確かに彼らが妹を見る目は「近所の名物変人」を見る目ではない。

そんな期待の目とは裏腹、ボンッという爆発音と共に一筋、黒い煙が上がる。
「……失敗続きなのに、誰一人として傷つけてはいないのは、ある意味伝説だとは思うけどね」
「軽く五百回は超えてましたよね……」
「違うよ!もう六百二十一回目だよ!」
近くに住む少年が指摘する。彼は羊皮紙に数字を書き込み、律儀にカウントしてくれているようだ。
「もう!成功する時は成功するんだから」
妹は煤塗れの顔をこちらに向け、ぷりぷり怒っているが、羊皮紙の情報によれば成功の数は片手で数えられる程しかない。

「60年程昔、祖母を救った錬金術師…名前も残されておらず、祖母に聞いても素性について詳しいことは教えてはくれません」
「確実にあのバアさんなら覚えてるよな」
「ええ…忘れたとは言っていますが、祖母に限ってそんなはずはないでしょう」
「何か言えない事情がある…と?」
通算六百二十二回目という破裂音を聞きながら、僕は幼馴染の方を伺う。
「例えば輪廻転生…伝説の錬金術師が生まれ変わった先がパルさんだった、とか。祖母は巫女ですのでお告げでそれを知っている…なんてどうですか?」
幼馴染はふふっと笑いながら妄想とも言える考察を話す。
「でもそれだけなら皆に告げるんじゃないか?」
「うーん、そうですね。じゃあ、とても重大なお告げと共に託されたので、タイミングを見計らっている…というのはどうでしょう」
「時期が来たら、パルは壮大な旅に出る運命なのかもな」
「その時は僕らお供でもしましょうか」
二人で妹の旅路を勝手に想像しながら、僕は一抹の不安を覚えていた。

妹が錬金術をはじめた頃、両親は僕らを置いていなくなった。
そこに巫女の神託が加われば、両親は失踪したのではなく、何かの使命を帯びて旅立ったのではないか。妹は、錬金術で何か重大なことを起こしてしまうのではないだろうか。
「考えすぎかな」と独り言ち、失敗作を片付ける妹を手伝うために立ち上がった。

数日後、僕ら三人は本当に壮大な旅に出ることになるなんてこの時は思いもしなかった。

***

イチさんには冗談めいて話したけれど、私には思い当たる節があった。

将来、私が結婚する相手はパルさんがいい…幼い私は祖母に打診したことがある。
「ダメじゃ。アレは御せるものではない」
幼い子どもの言うことにも関わらず、祖母の顔は真剣だった。
彼女には何らかの使命があるのかもしれない、その頃から私はそう考えるようになった。それがこの村に良いものとなるか、悪しきものとなるか……巫女である祖母にも読めないのかもしれない。
こんなことを彼女の兄さんが知れば彼は妹を助けとなるために旅立つのであろう。彼らの両親のように。その時が来れば、私も……


【お話の補足(蛇足)】
どこかの殺し屋
映画にもなっているマンガ。言われたので1話読んでみたけどついていけなかった。

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