Instant girl

  並んで座っている男女。女へプレゼントを手渡す男。

男 はい。
女 え?何?
男 プレゼント。つるちゃん、ずっと欲しがってたでしょう。
女 え、もしかして、ライオンの鬣?
男 ん?
女 私がずっと欲しがってたって、ライオンの鬣でしょう?
男 ……うん。ライオンの鬣。
女 あ、すごい。本物だ。思ったよりも硬いんだね。うわぁ。

  鬣を自らの顔に装着してみる女。

女 どう?
男 うん、似合ってるよ。
女 ガオー。ギャオー。
男 つるちゃん、つるちゃん。
女 がお?
男 ないからね。自分で言うのもあれだけど、何もないからね。冗談だからね?
女 ……分かってるよ。げんちゃんの馬鹿。ぬか喜びさせないでよ。
男 まさか、そんなに乗ってくると思わなかったから。しかもつるちゃん、ライオンの鬣欲しいの?
女 何、ダメなの?
男 ダメじゃないけど。普通はさ、
女 何、普通は?アクセサリーとかあげちゃうわけ?……無理無理、げんちゃんがアクセサリーとかくれたら、もうね、つけたところから蕁麻疹出ちゃう。痒くて痒くて。

  落ち込んでいる様子の男。

女 え、いやいやげんちゃん、冗談だからね。本気にしないでよ。
男 ふっふっふ。そう思って。ほら、つるちゃん。

  と、プレゼントを取り出し、女へ手渡す男。

女 え、嘘でしょ。
男 つるちゃんが本当に欲しいものくらい、分かるよ。
女 もしかして、
男 もしかして。
女 カモノハシの嘴?
男 ……そう、カモノハシの、
女 えーーー、なんで欲しがってたの知ってるの?この、にゅって飛び出てる部分。うわ、意外と柔らかい。
男 つるちゃん、つるちゃん。
女 何?
男 ないからね?
女 え?
男 あの、わざわざ言うのも忍びないけど、冗談だからね?しかもカモノハシの嘴って。
女 何、
男 ああ、いや。悪くはないです。
女 げんちゃん。今時さ、プレゼントって言って、指輪の箱渡されて、開けてみて、パカッ、うわぁー、げんちゃんこれって、つるちゃん、結婚しよう、……はい。……なぁんて、考えただけで寒気で全身の骨折れちゃうわ。無理無理無理無理。

  男の方を見てその姿を想像する女。

女 無理無理無理無理。

  困り果てている男。

女 ……え?嘘でしょ?げんちゃん?
男 つるちゃん、

  と、指輪の箱を出し、女へ手渡す男。

女 え、え、え。
男 開けてみて。
女 え、……指輪。え?
男 つるちゃん、結婚しよう。
女 ……はい。

  と、指輪を手に取り、もう片方の手で女の手を取り、薬指に嵌める男。

女 げんちゃん…
男 なぁんてね?ごめんごめん、冗談だから、外して。
女 げんちゃん。……嬉しい。
男 え……
女 嬉しいよ。
男 だって、つるちゃんこういうの嫌だって、
女 ううん。思ってたのより、何万倍も嬉しい。
男 蕁麻疹は?
女 出ない。
男 全身の骨は?
女 折れない。
男 つるちゃん。
女 げんちゃん。
男 これからも、よろしくお願いします。
女 こちらこそ、よろしくお願いします。
男 うん。
女 うん。

  笑い合う二人。

男 ねえ、写真撮らない?
女 え?
男 いや、分かってる、分かってるよ、つるちゃんが写真苦手なのは。だけど、ほら、一生に一度だからさ、こんなタイミング。
女 うん。
男 だから、記念に。一枚だけ。
女 ……うん。

  浮かない顔の女。

男 やっぱり、いやだ?俺と写真撮るの。
女 あ、いや…
男 元彼とは撮るのに?
女 え?
男 つるちゃんの家の、タンスの一番下の引き出し。
女 ……
男 たまたま、靴下か何かが挟まってたから、ちゃんとしまってあげようと思って。そしたら勢いよく開いちゃって。つるちゃん、俺とは写真一枚も撮ったことないのに、元彼との写真は撮ってるんだもん。
女 それは……
男 忘れられないんだ。
女 違う。
男 俺だってこんなこと言いたくないよ、だけど、こんな気持ちで結婚なんか、
女 げんちゃん、違う。そうじゃないの。
男 じゃあなんで。
女 魂が、
男 え?
女 魂が、抜ける気がするから。
男 ……ああ、魂ね。はいチーズ、カシャ、すーってね。うんうん、抜けるよね、魂。
女 げんちゃん、本当なの。
男 つるちゃん、今そういう冗談いらない。俺今、本気で話してる。
女 私だって本気だよ。
男 ……もういい。

  去ろうとする男。

女 げんちゃん待って!…写真、撮る。私、げんちゃんと、写真撮りたい。
男 本当に?
女 うん、本当に。
男 ……もーう!つるちゃん、こんな時に変な冗談言わないでよー。俺だって本当に帰る気はなかったよ?なかったけど、つるちゃんが本気っぽい目するからびっくりしちゃったじゃん。もーう。
女 ごめん、げんちゃん。

  苦しそうに笑っている女。

男 写真撮ったら魂抜けるとか、おじいちゃんの世代でも言わないよ?あ?おじいちゃんの世代はカメラなんてないか?まあ、いいや。じゃあつるちゃん、ちょっと試しにいくよ。
女 ちょっと待ってげんちゃ……

  女の姿を写真に収める男。動きが止まる女。

男 ああ、つるちゃん、抜けてる抜けてる。魂抜けちゃってるから、戻して。

  動かない女。

男 つるちゃん?ちょっと、つるちゃん?

  動き出す女。

男 ああ、もう、びっくりしたなー。つるちゃん、止まり方が、本物なんだもん。
女 げんちゃん、違うの、
男 こんな、写真撮ったら動きが止まるとか、そんなわけないんだから。

  シャッターを切る男。動きが止まる女。

男 やばいやばい、つるちゃん、魂が。ほら、集めて、集めて。

  女の周りから、魂をかき集める男。動き出す女。

男 あー、良かったね、魂戻ったね、つるちゃん。
女 違うんだって、げんちゃん聞いて、

  シャッターを切る男。動きが止まる女。再び動き出す女。

女 げんちゃん聞いてってば、

  シャッターを切る男。動きが止まる女。

男 ちょっといたずらでもしてみようか。

  女の顔にいたずらしようとする男。再び動き出す女。息が乱れている様子の女。

男 いいところで戻ってくるねえ、つるちゃん。
女 げんちゃん、げんちゃん。本当に、

  シャッターを切ろうとする男。それを制し、カメラを奪おうとする女。

女 げんちゃん、
男 分かった、分かったから。さすがにやりすぎね。

  倒れる女。

男 つるちゃん?
女 げんちゃん。聞いてくれる?
男 うん、聞く、聞くから。大丈夫?
女 大丈夫。じゃないかもしれない。
男 どういうこと?
女 魂……
男 え?
女 魂、抜けちゃうの。
男 いやいや、つるちゃん、だからそれはもう、
女 ……
男 え?本当に?
女 ごめんね、げんちゃん、今まで隠してて。
男 え、え、え、え。
女 私ね、写真撮られると、本当に魂が抜けるの。
男 そんなわけ。
女 動かなかったでしょう?私の身体。
男 それはつるちゃんが、
女 写真撮られるとね、内臓が、全部吸い上げられていくような感じになるの。
男 嘘だよ。
女 掃除機ってあるでしょう?
男 うん。
女 掃除機の先端を咥えて、スイッチを入れたような。
男 いいよ、細かい描写は。
女 家庭用じゃなくて、業務用の大きなやつ。
男 いいって。
女 プチプチってあるでしょう?荷物を梱包するやつ。
男 つるちゃん。
女 そっちの方が近いのかも。
男 つるちゃん。
女 内臓の一つ一つが、あのプチプチを潰すように、押しつぶされていくの。
男 つるちゃん。細かい描写は。
女 写真を撮られるたびに、私は私でなくなるような感覚に襲われるの。
男 つるちゃん、ごめん。俺何にも知らなくて。

  男の手を取る女。自分の首の後ろに男の手を持っていく女。

男 つるちゃん?
女 ほら、触ってみて。ネジみたいなのがあるでしょう。
男 ちょっとつるちゃん。
女 写真撮られたら、これをね、時計と反対周りに巻くの。そうすると、また次が撮れるようになる。
男 つるちゃん。
女 あっ。

  苦しそうにする女。

男 つるちゃん。
女 げんちゃん、数字見て。
男 数字?
女 書いてあるでしょう、数字。

  首のあたりをよく見る男。

女 数字、いくつ?
男 つるちゃん、この数字って。
女 いくつ?
男 1。
女 そっか、あと1枚だ。
男 やめてよ、つるちゃん。
女 枚数にね、限りがあるみたいなの。私は、27枚撮り。
男 そんな、インスタントカメラみたいに。
女 げんちゃんはさ、水族館に行ったら、最初の方にいるカサゴとかから、たくさん写真撮っちゃうタイプでしょ。
男 え、
女 ダメだよ、ちゃんとペンギンが出てくるまで、残りの枚数気にしておかなきゃ。
男 だって、そんなこと知らなかったから、
女 だけど、それがげんちゃんの良い所なのかもね。
男 つるちゃん。分かったよ、ちゃんとペンギンまで残しておくから。俺たち今、水族館入ったばっかりだよ?これから、いろんな魚たくさん見るんだよ。なのにどうしてあと一枚なのさ。
女 げんちゃん、何枚も撮るから。
男 俺が悪かったじゃん、完全に。
女 ねえ、げんちゃん。一緒に撮ろう?
男 そしたら、つるちゃんはどうなるの?
女 どうなるのかな。
男 いやだよ、そんなの。つるちゃん。写真なんか撮らなくったっていいじゃない。ね?写真なんか撮ったって、見ないままずーっとしまっておくだけだよ。昔現像した写真だって、今見返すことなんてほとんどないし。携帯に入ってる写真だって、容量が増えるばっかりで、全然見ることなんてないもん。ね、つるちゃん、写真なんか撮らなくったって、ずっと覚えていられる。
女 最後の一枚はさ、げんちゃんと一緒がいいんだ。
男 つるちゃん、いやだよ。
女 最後の一枚だよ?いいの?このまま生活していたら、私の最後はグーグルマップのストリートビューになっちゃうかもしれないんだよ?駅のエスカレータで、知らないおじさんに盗撮されるかもしれないんだよ?そしたら、私の最後パンツだよ?私、げんちゃんと一緒に写りたい。
男 つるちゃん。

  自撮りの体勢でカメラを構える女。

女 げんちゃん、笑って。
男 笑えないよ。
女 最後の一枚は、笑顔がいいな。
男 つるちゃん。

  見つめ合う二人。

女 あっはっはっはっは。もーう、げんちゃんうける。ねえ、本当に信じたの?
男 え?
女 写真撮られたら魂抜けるって、そんなわけないじゃない。
男 え?
女 もう、本当おっかしいんだから、げんちゃんは。
男 冗談?
女 冗談に決まってるでしょう。
男 ちょっともーう。本当に?本当に?
女 本当だよ。
男 あー、よかったぁ。じゃあ写真苦手っていうのは?
女 それは、ちょっとだけ本当。まあ、正確に言うと、捨てるのが苦手って感じ?だからほら、元彼の写真とか、
男 ああ…
女 ごめんね、ちゃんと捨てとくから。
男 ああ、いや。
女 撮ろう?
男 いいの?
女 だって、げんちゃんとの写真は、捨てることなんてないでしょう?
男 つるちゃん。
女 ダメだ、げんちゃんの必死な顔思い出すだけで笑えてくる。
男 本当やめてよ。

  再びカメラを構える女。

女 はいはい、いくよー。…げんちゃん。
男 ん?
女 幸せになってね。

  シャッターが切られる。動きが止まる女。

男 え?つるちゃん…

  カメラを手に取り、画面へと近づいてくる男。

男 つるちゃんは、写真の中でずっと、笑い続けています。

  写真の中で笑い続けている二人。

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