代官山の空気感は、長期的観点で継承していく。 #LOOK LOCAL SHIBUYA代官山/後編
渋谷といえば、スクランブル交差点。そうイメージする人も多いけれど、それだけではない。『#LOOK LOCAL SHIBUYA』は、まちに深く関わり、まちの変化をつくろうとしているローカルヒーローに話を聞いて、まちの素顔に迫る連載です。今回は代官山ブロックを特集します。前編は、ヒルサイドテラスや代官山T-SITEなど大規模開発とまちの関わりかたを中心に話を聞きました。
ゲストは代官山商店会会長の矢野恒之さん、株式会社日本ガストロノミー研究所代表取締役社長で「シェ・リュイ」経営者、代官山商店会の副会長も務める古﨑義丸さん、株式会社ルートート代表取締役の神谷富士雄さん、代官山T-SITE館長の本所優さん、代官山come cafe Osamu bar オーナー西尾治さんです。聞き手は、一般財団法人渋谷区観光協会の金山淳吾と小池ひろよが務めます。
代官山はチェーン店が閉業していくまち?
一般財団法人渋谷区観光協会・小池ひろよ:シェ・リュイは1975年に代官山で1号店をオープンしました。それから約50年が経ちましが、当時の代官山はどんなまちだったのでしょうか?
株式会社日本ガストロノミー研究所代表取締役社長、シェ・リュイ経営者、代官山商店会副会長・古﨑義丸(以下古﨑):父親が代官山にシェ・リュイをオープンして僕は2代目ですが、こんな感じのまちではありませんでした。
渋谷区観光協会・金山淳吾(以下金山):シェ・リュイが代官山にあるように、代官山といえば美味しい食のまちというイメージが強いです。実際に、渋谷駅を離れて代官山へ向かう導線上や代官山のまちなかに美味しい店が点在しています。食の視点から、代官山住民の間では「こんな飲食店を誘致しよう」といった議論や活動があったのでしょうか?
代官山商店会会長・矢野恒之(以下矢野):具体的な議論をした記憶はありません。しかし、代官山で暮らしている人たちが心の中で感じているのは、代官山にラーメン専門店はこないだろうということです。代官山の空気感に合わない店舗は、自分が食べているイメージが湧かないのだと思います。
古﨑:まれに、チェーン店が出店することはありますね。ただ、続かないんです。代官山はチェーン店が閉業していくまちと言えるかもしれません。
小池:たしかに、オリジナリティのある食事を提供する店舗や、代官山でチャレンジをしたいと思っているシェフが集まっているイメージがあります。前編で矢野さんが話していた「本物であれば応援する」というまちの雰囲気を味方につけて、お店を出す前段階で住民の皆さんとコミュニケーションを取っていくことが大切そうです。
古﨑:そうですね。代官山には、チャレンジする方たちを応援する土壌があると思います。代官山商店会でも、新しく代官山でオープンした飲食店で商店会の懇親会を開いたり、みんなで集まる場所にしたりと、様々なかたちで応援しています。
矢野:そういった店が、10年以上続いてくれると本当に嬉しいです。3〜5年で閉店していく店もあり、難しいなと感じますね。
金山:飲食店は、まちの文化を形づくる要素の一つです。しかし、まちづくりを担う人が「まちの文化をつくろう。文化を守ろう」と言いながら、市場原理に抗えずにチェーン店を招致することもあります。収益のために仕方のない選択だと思いますが、「まちの文化をつくる・守る」と口にする重みも考えてほしいなと思うんです。
金山:いま、渋谷や原宿の駅前は国内外のメガチェーンが出店しています。一方で、代官山は地価が高いにも関わらず、古﨑さんや矢野さんがおっしゃるように、代官山でチャレンジしようという人たちが集まり、挑戦する人を応援する土壌もできている。現代においては特殊な環境だと思うし、代官山のユニークなところです。
矢野:僕は、5年ほどキャンピングカーで日本中をまわりました。地方の商店街がシャッター街になり、近くに大きな商業施設がある姿を見て、これはまちではないと感じました。個人的には、昔からの商店街に見向きもしないような商売は、ちょっと違うなと思うんです。
まちの特性に合った地域活動を続けていく
小池:前編で、矢野さんから住民中心のまちづくりの話が出ましたよね。もう一つ、代官山がすごいと思うのは、地域活動をする時に店の経営者たちが一緒に取り組む機会が多いことです。
金山:僕も同じことを感じています。商店会によっては、地域活動を“発注”することもあります。屋外広告などで収入を得ている商店会は、まちのイベントを事業者に発注して開催するケースがあります。自分たちで考えて手を動かすというより、プロフェッショナルを入れてまちを活性化させる取り組みです。一方で、代官山は発注型ではなく、まちのみんなで考えて手を動かしています。結果として“代官山ブランド”が守られてきたのかなと思っています。
矢野:僕たちはずっと自分たちで考えてやってきたから、それが当たり前です。ただ、外部の方からは「若手の参加率が高くて、誰もが自由に発言している商店会だ」と言われます。自分たちで考えて実施していることですから、失敗することもあります。でも僕は、失敗も含めて代官山の個性だと思っています。もちろん、広告収入を得られるならそれはそれで嬉しいですが、僕たちならば、広告自体を自分たちで作り出したいですね。
金山:例えば、渋谷区役所の前にある北谷公園は指定管理者が入っています。民間企業が公共空間運営を含めて、近隣企業と協働でマーケティングイベントを運営することで収益を得る仕組みです。このように、渋谷駅周辺エリアは収益化の側面を持った地域連携が進んでいます。一方で代官山は、まちの文化を守るための地域コミュニティの場を創出する取り組みを続けている。どちらが良いか悪いかではなく、まちの特性を活かした地域活動のつくりかたがあるのだと思います。
代官山の「夜の経済」は、音楽の価値の捉え直しから始まる?
金山:僕は以前表参道に住んでいたのですが、美味しい飲食店が点在しているのに、夜は常連しかいないんです。代官山の飲食店も、夜の営業は厳しいのではないかと推察します。
代官山の「夜の経済」を考えると、代官山UNITなどライブハウスにヒントがあるのではないでしょうか。例えば、ベルリンは深夜営業の店舗を増やしてクリエイターの活動の場をつくり、まちに新たなクリエイターを呼び込んでいます。まちの昼と夜の顔を使い分けて、うまく文化振興をしているんです。皆さんは、代官山の夜の経済について感じていること、考えていることはありますか?
古﨑:たしかに、代官山は夜になると人がいなくなりますね。先日、代官山から5分の場所にある中目黒のクラブに行きましたが、多くの外国人が集まっていました。代官山は夜に集まる場所が少ないので、夜の経済をどのように活性化させるのかは課題だと思っています。
矢野:僕も課題だと感じていますが、イベントなどをやっていて一番に注意されるのが騒音です。住宅との接点が近いまちの特性もあり、夜の代官山で大きな音が出るような活動は住民とぶつかり合ってしまうかもしれません。
金山:矢野さんのおっしゃるように、代官山は住宅街であり学校もあるので、一般的な遊興施設の運営は難しそうです。ヒントになりそうな話を挙げると、僕は以前、代々木にミュージックバーをつくったことがあります。そのバーは、夜にオシャレをして楽しみたい人が集まり、音楽の業界人が来るようになり、彼らがアーティストを連れてくることで賑わいが生まれました。このビジネスモデルは、代官山に向いているかもしれません。代官山は、洗練された生活雑貨やファションを実装したまちから、T-SITEがオープンしたことで本というインテリジェンスを身にまといました。次は質の高いクリエイティブとして音楽をインストールすると、他に類を見ないまちができるのではないかと想像しています。
古﨑:Tableaux Lounge(※猿楽町にあるジャズ&シガーバー。連日ジャズの生演奏が聴ける)がありますが、もっといろんな施設があってもいいですね。
代官山T-SITE館長・本所優(以下本所):代官山T-SITEでカフェ&ラウンジ Anjinを運営していますが、コロナ禍でライフスタイルが変わったこともあり夜営業は厳しい状況です。実は、私たちも音楽の価値を捉え直してコロナ前にミュージックバーをつくったことがあります。すぐにコロナ禍がきたためライブイベントができなくなり頓挫したのですが、Anjinのリニューアルと音楽の掛け合わせには可能性があると考えています。
本所:また、蔦屋書店としてクリエイターエコノミーを意識しています。実際に、一つひとつの平台で多様なクリエイターの皆さんとの取り組みを進めています。「代官山の空気感の中でやりたい」と言ってくださるクリエイターが多く集まってくれているので、今後もクリエイターの応援の場でありたいと思っています。
株式会社ルートート代表取締役・神谷富士雄(以下神谷):僕はお酒を飲まないので、少し俯瞰した視点でお話します。僕が若い頃、なぜ代官山に来ていたのかを考えてみたんです。ここに来ると、「自分はこんな店をやりたい」と気概を持った様々なクリエイターが軒先で店舗を構えていました。独自の世界観を出している店を探しながら歩くのが好きで、自分の感性に合う店を見つけることに充実感がありました。僕から見ると、今の代官山はその楽しさが無くなりつつあると思います。
また、旧山手通りは賑わっていますが、代官山は旧山手以外もあるということを掲げていく必要があると思います。経済合理性に引っ張られると、20年後の代官山は、旧山手以外は住宅地になっているかもしれません。時代の流れで仕方のない部分もあると思いますが、僕が若い頃に感じていた「代官山いいなぁ」というまちからはまったく違うものになってしまいます。例えば、代官山駅からほど近いキャッスルストリートにはまだ軒先が残っています。路地裏や小さなストリートに何かヒントがあるのかもしれない……と、代官山の楽しさをもう一度構築するにはどうしたらいいのか考えています。
金山:神谷さんの話を聞いて、昼間に際立つ店舗が出てきたらいいなと思いました。ただ、誘致しようとしても、場所を探すのが難しそうです。例えば、夜にオープンする小規模店舗が増えて「なかなかおもしろいね」というまちの空気感をつくっていけたら、そこから昼間の軒先営業に戻していく。そんな循環が生まれたらいいなと思いました。
広い視野と長期的観点で、まちづくりを進歩させていく
小池:2024年7月21日に、新南改札(※JR渋谷駅の渋谷サクラステージと渋谷ストリームの間に新しく作られた改札)がオープンしました。おそらく、今まで以上に代官山を訪れる人が増えると思います。渋谷区の人の流れが変わっていく中で代官山が守りたいこと、逆に変えていきたいことはありますか?
矢野:代官山には猿楽祭(※ヒルサイドテラスの周辺で開催される住民コミュニティがつくる祭り。代官山の秋の風物詩)がありますが、昨年は猿楽祭でデンマーク大使館がイベントを開催してくれました。代官山にはいくつか大使館があり、その中の一つがデンマーク大使館なのです。実は、5年ほど前から猿楽祭への協力を打診していて、ようやく大使館の門が開いたんです。このように、多様な人々に地域活動に参加してもらうには気長に待つ姿勢と地道なコミュニケーションが必要です。渋谷区には11カ国の大使館があります。一カ国ずつ門を叩いて、商店街と協働で何かを興せたらいいなと思います。
インバウンドについても、海外旅行者がまちに来てモノを買って帰るだけでなく、コミュニケーションをとって仲良くなっていきたいですね。大きく言えば、平和な社会を目標にまちの取り組みを進めていけたらいいなと思っています。
小池:渋谷区には多くの大使館があり、多文化交流・国際交流が起こりやすい土壌があると言えます。しかし、現在は渋谷区に住んでいても大使館と一緒に国際交流ができている状況ではありません。猿楽祭とデンマーク大使館の好例を代官山だけで終わらせず、渋谷区観光協会も間に入って、他の地域へ広げていけたら素敵です。
矢野:観光協会が他の商店会との架け橋になってくれたらいいですね。場所は離れていてもしっかりコミュニケーションを取っていけたら、オール渋谷の商店会になっていくと思います。
金山:皆さんは、これからの代官山について考えていることはありますか?
古﨑:シェ・リュイは父の代に全国展開しました。仙台や静岡など、最大で23店舗まで増やしたんです。今は12店舗まで減らして、そのうち5店舗が代官山にあります。今後は、代官山に来ないと買えない、食べられないブランドに育てていこうと思っています。僕は、これからも代官山のブランド力を信じているんです。
ヒルサイドテラスの着手から55年が経ち、「代官山とはこういうまち」という統一されたイメージが根付いていると思います。このイメージは時間をかけて積み上げてきた価値なので、これからも残していきたい。何かを足すよりは引き算が必要なのかな……難しいですが、まちの価値を継承していきたいと思っています。
本所:コロナ禍で海外のお客様がいなくなった時に、代官山T-SITEはまちのお客様に支えられていることを痛感しました。コロナが落ち着いて私たちが真っ先にやりたかったのが、爽涼祭という夏のイベントです。まちの皆さんと一緒に取り組みたいと始めた夏祭りで、子どもたちの思い出に残るような企画をつくっています。代官山のお子さんは中学受験をして中学から他の地域に出ていく方も多いのですが、夏休みで帰ってきた時にみんなが集まる場として爽涼祭があったらいいなと思っています。まちの皆さんとつくってきた施設なので、これからも皆さんと一緒に様々な取り組みをしていきたいです。
神谷:現代の代官山のまちづくりがヒルサイドテラスから始まったとしても、まちづくりの歴史は約55年です。ヨーロッパの都市は数百年単位でまちづくりをして、あの空間感を醸し出せるわけです。代官山が千年単位のまちづくりを目指せるならば、僕たちも常に未来を意識することが必要です。未来の世代へ引き継ぐという覚悟を持ち、覚悟したこと自体に愛情をもって楽しんでいけたらと思っています。
建物が環境をつくるというのは事実で、幸いなことに代官山はヒルサイドテラスやT-SITEなど優れた建物があります。また、金山さんがおっしゃるように代官山にはOOH(※Out Of Home広告。交通広告や大型ビジョンなど自宅の外で接する広告)が少ないです。まちの広告掲出の効果はいかほどかという原点から考えて、まちを未来の世代へ引き継いでいきたい。今後大規模開発の話は出てくるかもしれませんが、アフォーダンス(※環境がヒトに対して与える意味や価値)を意識しながら、代官山にとっての開発とは何なのかしっかり考えていく必要があるのではないでしょうか。住民の皆さんや代官山で長く事業をしている方々が、あうんの呼吸でまちづくりを進めていけるのが本当の意味での代官山の在り方だと思います。
金山:都市開発の文脈で、「あうんの呼吸」という言葉は出てこないです。ユニークで、代官山らしくていいですね。
代官山come cafe Osamu bar オーナー・西尾治:新南改札がオープンして、代官山の人の流れが変わっていくのは仕方のないことだと思います。それでも、空が広くてゆったりとした空気感と良質な最先端が同居する姿はそのままであってほしいです。住民も事業をする人もそんな代官山が好きなので、代官山なりの方法で進化してほしいと思います。
矢野:西尾さんが「代官山の空気感」と話してくれましたが、その空気は代官山に愛着を持って暮らしている人がベースになってつくられているものです。そして、代官山住民の良いところは受け入れる力が強いことです。国内外から入ってくる様々なものごとを受け入れて、咀嚼して、代官山流に活かしていく。みんなが止まらずに、各々が自分なりに進んでいるのです。それを進化と呼ぶのかわかりませんが、一人ひとりの行動がまちの心地よさを生み出しているのだと思います。
金山:変化でも進化でもなく、進歩していくイメージが浮かびました。今回皆さんから話を聞いて、一歩ずつ望ましい方向へ進んでいくのが代官山なりの、まちづくりなのだと思いました。
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