《エッセイ》エリートなんかじゃない
先日、SNSで出会った人と初めて直接会ってお話していたら
「もっとエリート街道まっしぐらの方だと思っていました」とコメントを頂いて
エリートに見えるんだ、わ、嬉しいな、というほのかな喜びの気持ちと
全くエリートなんかじゃないのに、あわわわ、と慌てている気持ちで忙しい。
私は小学校5年生~中学校3年生を父の転勤がありジャカルタで過ごした。
ジャカルタ日本人学校は、日本全国や海外で生まれ育った生徒がのびのびと過ごせる素晴らしい学校だったのだけど
いかんせんジャカルタの暑い気候がそうさせるのか、勉強熱心な子は少なくて
家にいても日本のテレビは見れないし、図書館の本もあらかた読んでしまったし、暇だからやることがなくて勉強していた私は成績上位者だった。
運動ができるわけでもなく、何か特技があるわけでもないわたしは
「勉強ができるちなみちゃん」というのが中学時代のアイデンティティだったから、受験勉強もそれなりに頑張って日本の高校に入学した。
入学した高校は、中学校からの内部進学が半分以上と、地元の中学校で1位2位の成績だった外部生と、帰国子女枠で入ったわたしたちという構成で
面接重視で選ばれたと思われるわたしが付いていけるようなレベルの高校ではなかった。
「東大に入りたい」「医者になりたい」「宇宙飛行士になりたい」と入学した直後から話している同級生は、ジャカルタでのんびり過ごしていたわたしには刺激が強すぎて、ものすごくカルチャーショックを受けたのを覚えている。
日本の高校生はこんなに賢いし、もう大学のこと、将来のことを考えているんだ!
高校1年生の初めの授業で、英語のノートを書くのが追いつかなくて
手を挙げて先生に「すみません、まだノート取れていません。」と伝えた時
発言して授業の進行を止めるなよという無言の圧力
そして先生から「隣の人に見せてもらいない」と切り捨てられた瞬間
今でもリアルに想像できる。
そこからの私は最低限の授業に遅れないように、欠点を取らないように、勉強することに切り替えた。
必要であれば予習もしたし(中学では学校でも塾でもしたことがなかった!)
小テストのために英単語を毎週600個覚えたし
苦手な化学と物理は、優秀な友達に家庭教師をやってもらった
これでも私の成績は上位40位/160人中に入ることは一度もなかったし、数学では何度か欠点も取った。
そして私は大学に合格した。第一志望ではなかったけれど、家から通える国立大学。両親や周りの人が喜んでくれて、心から嬉しかった。
入学した大学では、高校の時のようなモンスターはいなくて、ああ日本にはこんな人たちもいたんだ、と安心したのを覚えている。
就職活動でもそう、5大商社と金融が3つ、メーカーも人事職しかやりたくなくて2社しか受けてなくて、初めに内定をいただいた証券会社に就職した。(2年もたたずに辞めたけれど)
会社を辞めたあとはご縁があって、私立の中高で英語のアシスタントをやっている。パラレルキャリアで、オンラインショップや英会話講師もやっているけれど、まだまだそれだけで生きていける訳ではない。
そう、こうやって長々とわたしの人生を語ってきたけれど、わたしが1番伝えたいことは
あの人だって、この人だって、みんなそんなにすごくないってこと。
有名な高校卒で自分の行きたかった大学に通っていても、大企業に勤めていても、ステキな彼氏からプロポーズされていても、みんなその裏では色んなことがあって
肩書きじゃなくて、いかに今の人生を楽しんでいるか、今の自分を愛しているか、周りの人に愛されているか、大切な人を大事にしているか
そんな生き方やその人そのものが大事だと思うのです。
わたしはエリートなんかじゃないけれど、わたしの生き方や考え方に共感してくれたり、何か行動してみよう!そう思える人が一人でも増えたらいいなと思い今日も生きています。
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