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「夜見枯古書店心書譚」第十四話

「……幽霊が出る?」

「きゃーこわい」

図書館の話を聞いて、本気で怖がっているらしい那々の背中をさすりながら、美夜子はこくんと頷いた。

「普通、図書館で死亡する例なんてないです。ただの噂か、または心書が原因なのか」

「噂だろ」

ほんとにがくがく細かく震えている那々には悪いが、美夜子もこの話は噂だろうと一蹴すべきか悩んだ。だが、この話には続きがある。

「幽霊についていくと、妙な部屋に入るらしいんです。そこで、幽霊に話しかけられるって。これって、あの兎の件と似ています」

「当事者が言うなら、似てるんだろうな」

かなり気乗りしない様子の阿光に、また怒りのボルテージが上がる。なんだか会うたびにムカッとしている気がして、平常心を自分に言い聞かせた。

だが、それでも抑えきれずに声に苛立ちが滲んでしまった。

「本があれば動くって言ったじゃないですか!?」

「『心書』があると誰が言ったんだ。それは図書館員から聞いた噂の段階だろ」

「兄がいたんです。部屋にもあったぐらいなんだから、何か置いていった可能性はありませんか」

「……お前は兄貴を悪者にしたいのか? アイツは、わざわざ心書を置いて幽霊騒ぎを起こして軽々と転職する迷惑モノじゃないだろ」

「そ、そうですけど……。なぜだか兄の足跡には『心書』がある気がして……」

自分で言っておいてなんだが、妙なことを言っている気がしてきた。

なぜ、兄のいた場所には本があるのだろう?

その疑問に答えるように、那々がぽつりと言う。

「誰かが、美夜子ちゃんのお兄さんの後に本を置いていっている、っていうこと?」

「え、そんなことは……」

ある、と、那々に答える前に、美夜子の中で返事を返していた。

慌てて阿光を見ると、本を読んだ態勢のまま、どこかわざとのんびりしているような口調で答えた。

「そうかもなぁ」

「そ、それって兄がはめられてるってことですか?」

「この街には異様に『心書』が多い、ってことは話したか?」

「聞いてません」

「言ってないよぉ、阿光君」

美夜子の即答に那々も援護射撃をするように答える。さすがに分が悪いと思ったのか、阿光は苛立たし気に本を閉じると上半身を持ち上げた。

「お前の兄貴がわざわざ探偵になろうとしたのは、僕からそれを聞いたせいだ。この街にはなぜか知らないが、『心書』が大量にある。全部を話す気はないが、お前の兄貴がそれを追いかけていることは明白だ。その件で時々連絡が来るくらいだからな」

「……やっぱり仲いい……」

「なんだよ」

「いいえ、なんでもないです。どうぞ話をそのまま」

別の意味でむかっ腹が立った美夜子だったが、さすがにそこに嫉妬していたら話が進まない。自分のわがままは飲み込むことにした。

「この街で『心書』を無力化と管理ができるのは僕だけだ。この間もその件で刑事が来たりしたな」

「え、刑事さん? 警察も知っているんですか??」

「ここら辺一帯では大体の犯罪の原因になってるものだから知っていて当然だろ。荒唐無稽な話だから内密にしてあるだけだ」

「ええ……」

地元警察のやばい面を見てしまった気がする。

「ちなみにもう通り魔はいないからな。追いかけるなんて馬鹿なこと考えるなよ」

「え?」

美夜子がきょとんとしていると、那々が少しニマッと口元を手で押さえながら小さな声で教えてくれた。

「―――阿光君、あなたが危ないことしないように先手を打ったみたいだよ」

「ええ?」

「……那々さん、黙っていてくれる?」

「ええー? なんのことー? 那々お姉さんわからないなー」

美夜子にもわかる棒読みである。だが、美夜子はそれどころではない。阿光が? わざわざ美夜子が危ないことをしないようにした? 嘘でしょう?
信じられない目を阿光に向けるものの、阿光の平然とした表情は一切の疑いの眼差しを受け付けない。

この鉄面皮にはなにも通じなさそうだ。美夜子は動揺を必死でひた隠し、すぅーはぁーと深呼吸をした。もちろん、阿光から怪しまれたのは言うまでもない。

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