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諦めきれない道を、星野道夫さんに教えられた話

昔、学者になりたいと思っていた。

研究して研究して研究して研究して。

その最果てで満足いかない結果を残しても、それに費やした人生として終えられるのならば、なんと幸せだろうと。

けれど、それを夢見た高校生は「好きなことを仕事にする」を実現できるのは、一握りの人間だとぼんやりと感じ。

狡い私は、「就職できない」という周りの声を聞いて、その夢を諦めた。

けれど、「学び続けること」だけは捨てられない。

ここ最近、以前から紹介している本を読んで、その気持ちを思い出した。

この作品の中で、亡くなる直前の著者・星野道夫さんが一つの伝説を追い求めている。

「ワタリガラスの伝説」

ぼくは、深い森と氷河に覆われた太古の昔と何も変わらぬこの世界を、神話の時代に生きた人々と同じ視線で旅をしてみたかった。この世の創造主であるというワタリガラスの神話の世界に近づいてみたかった。

狭い世界にいる私とは比べ物にならない、広大な原野と民族の深淵を見つめた星野さんの感覚はわからない。

何を見通そうとしたのか、何を見つめたかったのか。

わからない中で一つだけ、頭の中でつながった線があった。

ケルトの伝説だ。

その中では、戦いの三女神がカラスの姿で登場する。

息絶えたク・ホリンの肩に静かに止まったカラスは、この戦いの女神モリグーでした。

兵たちを戦いにたきつける恐ろしい女神たち。しかし、その反面、彼女らが持つ愛情は、深く献身的でさえあった。

イギリスでは今でも、ワタリガラスはロンドン塔で大切にされている。

なぜなら、ロンドン塔から6羽のワタリガラスがいなくなった時、国に災いが起こると言われているから。

また、アイヌのお話の中でも、「老大なるカラス」という賢者として、ワタリガラスは登場する。

もう一つ、日本で有名なのは、「八咫烏」だろうか?

八咫烏のモデルはワタリガラスであると言われており、神武天皇を導いた鳥でもある。

―――ここで、もう一度、星野道夫さんの言葉を繰り返そう。

神話の時代に生きた人々と同じ視線で旅をしてみたかった。

「神話のワタリガラスって何? どうして、昔の人はワタリガラスに神性を視た?」

ケルト、アイヌ、アラスカ――。

現代のような情報の流れを持っていない神話の時代に、一体どうやってワタリガラスは繋がっていった?

すべての神話が、ワタリガラスを善の存在だと語る(もちろん、アラスカでは創造主であるため、悪戯好き(トリックスター)の一面も持っている)

たぶん、星野さんが掴んでいたものとは違うだろう。

しかし「ワタリガラスの神話」への問いと、時空を超えた神秘的な魅力が心を掴む。

私は、学者になりたかった。それは本当。

けれどそれ以上に、私はこうやって旅をしていきたいのだ。

神話の時代を生きた人々と同じ視線から見る、世界を見たい。

星野道夫さんの道行きもそうだった。

私も、いつからか自然とそう思うようになっていた。


コロナ禍になって、「必ず行こう」と心に決めた国が三か所ある。


アラスカ・アイルランド・アイスランド。


これは偶然なのだが、全て、ワタリガラスの伝説がある場所ばかりだ。

今まで、海外に出ようと思ったことがなかった。

英語は苦手で、学生時代に覚えた単語は忘れて久しい。

人見知りで、国内旅行さえまともに言ったことのない人間が、いやはや海外なんて、とんでもない――と。

けれど、それ以上に心が叫んでいる。行きたいと叫んでいる。行かなければと暴れている。

「伝説を追え」と、かつて諦めた己から檄が飛ぶ。

まだ怖気づいている。考えているだけなのに、もはや初めての事ばかりで怖くてしょうがない。仕事のせいでタイミングだって合わないかもしれないと、ネガティブな声が囁いてくる。

けど、それでも。

瞼を閉じれば、見たことのないはずのワタリガラスがはばたく姿が見える気がして。

その澄んだ声が、高らかに頭上に響く気がして―――。

幻のワタリガラスが、呼んでいる。

星野道夫さんが追いかけた美しい鳥が、まだ、誰かを呼んでいる。




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