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30代フリーターが好きな会社の株式を買った話

東京で正社員をしていた30代の筆者は、ある時会社を辞めようと思った。その会社は給与も悪くないし、よく話す同僚もいた。きついところもあったが、今でも好きな会社だ。

しかし、その仕事への適性という面では向いていないことに気づいた。働いていた期間、ただ毎月の給与の振込み日を待っていた。職務に向いていないのに、ただお金のために働く仕事になっていた。

だから辞めることにした。

筆者が証券口座を開設したのがこの時である。

「会社やめたらお金、どうするの?」

「そうだ!株だ」

そう、退職金で資産運用を始める高齢者とまったく同じ考えである。人間、収入が途切れるような状態に直面しないと、投資に目が向かないんだなぁと、身を持って体験した。

当初、短期トレードを始めた筆者だったが、「投資額が少ないこと」「短期売買で利益を上げる才能はないこと」を理由に、売買で収益を上げることは早々に諦めた。

そして、正社員の仕事を退職し、無職になった。

退職願を出した日は雷が鳴るどしゃぶりの雨で、今後の先行きを占っているような日だった。


退職後は東京でフリーター生活をする予定だったが、縁あって、とある東北地方の都市で恩師のお手伝いをすることになった。少ないながら対価もいただけることになった。

しかし、1つだけ筆者が知らない事実が待っていた。

国民健康保険料の支払いだ。

国民健康保険料はフリーターほか、自営業者などが加入する保険制度だ。「会社負担がない」「加入者に高齢者や低収入者が多い」などの理由で、退職して間もない元会社員の負担額は高額になりやすい。しかも、東京でそこそこ悪くない収入を得ていたことが仇となり、その街では収入が多い部類になってしまった。

筆者に届いた国民健康保険料の毎月の請求額は、恩師の手伝いで期待される収入をはるかに超えていた。わずかな貯金はあったが、簡単に食いつぶされる状況である。

「みんなで健康になろうという制度の支払いのために不健康になる」

これが当時の口癖だった。


さて、国民健康保険料の支払い以外にも毎月の生活費も捻出しなければいけないので、筆者はとあるスーパーにアルバイトの申し込みを行なうことにした。

面接ではお金の話はタブーと言われるが、「まあ、アルバイトだし」ということで、ここまでのかくかくしかじかな事情を志望動機に面接に臨んだ。

面接に応じた店長は良い人だった。

過去の事情には触れず、生活費に困っていることを心配してくれて、すぐに合格の返事をくれた。

こうして筆者は、

・本業:恩師の手伝い
・副業:スーパーのアルバイト

というダブルワークでお金を稼ぐフリーターになった。もちろん、本業があることは話しているので、スーパーのアルバイトはもっぱら夜間となり、レジ打ちとちょっとした雑務を担当することになった。


最初はやはりお金のための仕事だったが、実はこの仕事には適性があったらしい。少し体力的にきついところや、たまに嫌なことがあるものの、仕事全体としては悪くなかった。

店長は忙しいらしく、夜間勤務の筆者と会う機会はほとんどなかったが、たまに会うと必ず声をかけてくれた。「お金のほうは困っていないか」「本業のほうは頑張っているか」と。

たまにコーヒーをおごってくれて、話を聞いてくれる。

まさに「理想の上司」みたいな方だった。

仕事に慣れてくると、店内事情や働いている人の素性などもいろいろ見えてくる。膝を悪くして足を引きずってる方もいるし、もともと経営者だったが夢破れてこの店に来た方もいた。ある時、応募してきた方はコミュケーションに困難を抱える方だった。

どう見比べても、一番動けるのは筆者だし、ポップを作るPCのスキルも上だった。

国民健康保険料のために働いていた仕事はいつしか「彼ら、彼女らのために自分の知識や技能はどう生かせるだろうか」という目的に変わっていた。

そのような働きぶりを見ていただいたのか、「正社員登用」の話を頂く機会があった。30代でフリーターをやってることを心配されたのだろうが、店長ができる、最大限の厚意なのだと思う。

すごくありがたかった。


そんなレジ打ちの仕事だったが、実はあまり長くは続かなかった。

詳しい事情は避けるが、恩師の手伝いの時間が長くなることに変わったからである。法的な問題を避けるためには、どちらか一方を選ばなければいけなかった。

恩師との付き合いはかなり長い。将来性を考えても、そちらを選ぶのが正しい状況だった。

退職面談を行なったとき、店長は開口一番に「ごめんな」と謝った。筆者の事情で辞めるというのに、あの方は最後の最後まで筆者の生活費や将来のことを心配してくれていた。

いろいろ気を使っていただいたのに、申し訳なかった。


正直、ここでお別れしたくなかった。もっと学びたいことがあったし、いつまでもお店の関係者でありたかった。何か策はないかと考えたところ、退職後に会社と縁を持ち続ける方法が1つあった。

そう、株主として会社経営のステークホルダーになるという方法だ。たかが100株ではあるが、それでも株主には変わりない。

面談でこの話をするかどうかは迷ったが、することにした。

「アルバイトはやめてしまうけど、これからは株主として御社を応援したい」

「ありがとう」と深々と頭を下げていただいた。

このアルバイトは一体何を言ってるんだ。国民健康保険料や生活費が苦しいからアルバイトを始めたのでは?

内心はそう思われたかもしれない。

でも、そういった雰囲気を少しも見せることのないところに、やはり器の大きさを感じずにはいられなかった。


アルバイトを退職後、筆者はすぐにその会社の株を買った。

実は東京の会社を辞める際に、株式投資とは別にもう1つ始めたことがあった。

投資ブログの運営である。

当時、個人がサイトを運営し、広告収入を得るというプラットフォームは既に出来上がっていた。正社員を辞めようと心に決めた日に始めたウェブサイトが成長した結果、いつしかそれなりの収入源になり、レジ打ちの収入とも合わせることで貯金できるようになっていたのである。

「そうだ!株だ」と思いついてから数年。

投資を通じてお金が増えたし、その経験を通じて、新たな社会とのつながり方を覚えたのは間違いない。


アルバイトをやめたのはちょうど11月のボジョレー・ヌーボーの発売日だった。最終勤務日でもあったので、最後の仕事を行い、生まれて初めてボジョレー・ヌーボーを買って帰った。

その時の空ボトルは今でも自宅の部屋に飾ってある。

小売店は異動が激しく、当時の店長も別の店に異動されていることを知っている。筆者も別の地域に引っ越ししてしまったし、きっと人生で二度と会う機会は無いと思う。

でも、そのボトルを見ると当時辛かったことや、かけてもらった暖かい言葉も鮮明に思い出す。「大丈夫か、がんばってるな」と声が聞こえる気がする。


現在も筆者のポートフォリオにはその会社の株式も含まれている。投資雑誌でも話題になる機会の少ない銘柄だ。

東北地方は今後の人口減少が予測されており、その会社にとっても厳しい道のりが待っているだろう。親会社の意向で合併や100%子会社化などの経営再編などはありえるかもしれない。

業績が良くても悪くても、投じたお金は最後まで命運を共にしてもらおうと思っている。株式が市場に公開され続けている限りは、いつまでも付き合うつもりだ。

会社に直接伝える機会はないが、どうかいつまでも、東北地方のために頑張って欲しい。どうかいつまでも。


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コメント (1)
いつも投信ブログ拝見しています。
積立NISAの商品選定の際はとても参考になりました。ありがとうございました。
投資を始めた経緯が目に浮かぶような文章でブロガーってすごいなって思いました笑
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