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中年クライシス

"これは文学の評論や書評でもないし、深層心理学のテキストに小説を利用したなどというものではない(中略)『中年』というものを背景にして、文学作品にぶつかっていった結果生まれてきたものである。"1996年発刊の本書は日本文学古典12編から心理療法家が読み解いた、興味深い『中年論』

個人的には『箱庭療法』を日本へ初めて導入したり心理学分野に大きく貢献、文化庁長官も勤めた著者の名前は知ってはいたも、縁なく本を手にしたことがなかったのですが。自身も人生後半戦の『中年』。テーマに惹かれて手にとりました。

さて、そんな本書では夏目漱石『門』『道草』安倍公房『砂の女』谷崎潤一郎『蘆刈』志賀直哉『転生』大江健三郎『人生の親戚』など日本文学古典12編、12章でとりあげて紹介しつつ、著者の心理療法家として【実際に会ってきた体験を重ねながら】夫婦や子供といった家族との向き合い方や社会との付き合い方について、エッセイ的に書いているのですが。

『中年』としての私世代、メディアで言うところのかっての『団塊ジュニア世代』の場合、もっぱら就職氷河期から続く非正規雇用問題、つまり【貧困問題や孤独死がクローズアップされがち】なのですが。一見すると正社員としてそれなりの地位を得て、また一軒家で家族と幸せに暮らしているように見えても、それこそ本書で紹介される夏目漱石『門』の主人公、宗助と妻が住む『いつ崩れるか分からない崖にある家』の様に【何かしらの拍子で簡単に崩れるかもしれない危うさ】を中年は抱えている。との話はよく分かる。と感じました。

また、同じく安倍公房の『砂の女』の最終的に社会的に行方不明とされる男、砂の世界からの逃亡を諦めた男の姿にはやはり、若い時は【所属する会社や社会を自分が変えてやる!】と希望をもって意気込んでいても、いつしか忙しさの中に安定という『よりどころ』を得て【日々の諦めと繰り返しの生活に満足してしまう】との話も、私自身も常日頃から気をつけているところでもあるので、強い共感を覚えました。

孔子曰く『30にして立つ、40にして惑わず、50にして天命を知る』もとい、30にしても成功せず、40でも迷い、50になっても迷いそう。そんな(私のような)『中年』世代、日本文学古典好きにオススメ。

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