見出し画像

支援

私は出来る人間ではない

人に誇れるもの、才能もない

失敗も多いし、頭もよくない

決して順風満帆な人生を送って来たわけでもなく

今現在も人に語れる状況でもない

そんな私が障がいをもつ利用者さんの生活支援を行う上で忘れてはいけないというか、大事にしているポイントは『配慮が出来てるか』である。「その人がどんな人生を送ってきたか」「どんな人生を送りたいか」「そもそも何を求めて関わって下さったのか」「どんな人が関わってきたのか」「その方々の思いは?」「自分がどのスタンスでどういう立場で関わるべきか」色々あるが『配慮』はその方単体に対してだけではなく、周りの人々へも出来るかが重要である。

生き方を支援する上で『教える』『諭す』そんなことが出来るほど出来上がった人間ではないし、年齢もこちらが上でもなければ、勝ち負けや優劣、上下関係の中で成り立つ支援は決して有益なものではないはず。強制的なもの強いられるものほど意味は理解出来ない。相手の立場になって何が協力出来るのか、どんな支援が必要なのかを共に考え、共に頑張り、相手を信じ、最後まで味方につける存在が支援者なのではないかと考えている。

配慮は生きている上でも全てにおいて必要。配慮が足りてないと、考え方のズレや不満、非協力や争論に繋がるのではないかな。

それには心の持ち方在り方が大事。時間の持ち方や使い方もね。それがあってこそ、配慮が出来る状況にもっていける。

ありがとうと一緒。今の状況が当たり前だと思わずに全てのことに感謝の意を表すのも、心の持ち方在り方、時間の持ち方使い方。

健全な精神と自らの曲げない信念が生き方や支援に繋がるのかな。

自分が何がしたいのか、そのために今何をするのか。

さぁどうする?何する?

サポートがなんなのかすら理解できていませんが、少しでも誰かのためになる記事を綴り続けられるよう、今後ともコツコツと頑張ります!