見出し画像

残像


「人生で1番輝いていた時は?」

何かに懸命になっている様を、その時間を輝いているとするならば、或いはどん底まで堕ちてなんとか生を繋いでいる様を、その時間を輝いているとするならば、
どちらだとしても、私にとってそれは高校時代だ。

目先の1日、1時間、1分を、言い訳や逃げ道を継ぎ接ぎしながら脆い自分の輪郭を保とうとしている今。懸命になりきれない、堕ちきれない。上にも下にも程遠い、瞼の裏に残る輝きの残像、その感触に縋りつく。

人間の目に残像が残る時間はおよそ0.1秒。
0.1秒の感触を何年も伸ばして、伸ばして、日々延命措置をする。伸ばされて薄くなっていくそれを忘れてしまわないように、あの時確かに生きていたということが消えてしまわないように。



電車を降りると雨の匂いが纏わりついてきた。大粒の雨がアスファルトに落ちる度に鳴る ベチッ、ベチッという太い音でその重さを感じる。 予備拍を振り上げた指揮者の腕が勢い良く下がり、鋭い指揮棒の先端がしなやかに、確実に一点を指し演奏の開始を告げた次の瞬間の一気に音に包み込まれるあの感覚。強い雨がここにある全てを包み込んでいく。さっきまでいた世界の中に新たに、一時的に、創られた、隔離された世界。ここは見渡す限り白色だ。

顔を上げて真っ直ぐ落ちてくる雨を見る。顔に近付くにつれ雨粒の輪郭と立体感が鮮明になって私の瞳に映り、雨粒にも私が映る。その瞬間だけ時間の流れが急激に遅くなることを感じる。

鳥が雨をしのげる場所を目指し飛んでいく。青白い鋭い光が視界を染め、腹の底に一気に重力がかかるような轟音が響く。図書館の個室 409。少し開けた窓から入る外の空気を浴びながら文字を打つ。雨の匂い、車の音、ページを捲る乾いた音、学生の声。それら全てが私という存在に経験され、記憶され、残像となっていく。君の好きな天気はなんだろうか。


いつかこの日のことを、この感触を忘れてしまわないように。

2023.9.15

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?