見出し画像

労働者としての心理カウンセラー

Webエンジニアとしてcotreeに所属して数年経ったが、最近、心理士業界の労働環境が気になっている。

元々、私が大学で関わっていたのは、看護学や精神保健学の研究室だったのもあり、看護師や精神保健福祉士と深く話すことはあっても、心理士と関わることはあまり多くなかった。

Webエンジニアにしても、看護師にしても、「手に職をつける」系の仕事である、という点では心理士と共通している
。にもかかわらず、労働環境や、キャリアに関する考え方には、どうも、かなりの差があるようなのだ。


(追記: 2022/09/21)
2021年3月に、一般社団法人 日本公認心理師協会から、「公認心理師の活動状況等に関する調査」が出ている。私が知る限り、現状において公認心理師の給与状況のもっとも広範で詳細な統計データはこの資料である。この記事で述べているいくつかの点は、この資料のデータですでに覆された。例えば、友達のharadaさんが作成した以下の表は、この資料のデータと国税庁の民間給与実態統計のデータを照合したものである。

この記事は、あくまで執筆時点で手に入った情報を元に記述しているものである。最新の分析は以下の雑誌に寄稿しているのでそちらをご参照いただきたい。


比較対象: 看護師と(Web)エンジニア

まず、心理士の労働環境の特徴について考えるために、比較対象として看護師とWebエンジニアの話をしたい。

なぜかというと、どうも心理士という職業は、労働形態や契約形態は、かなり「フリーランス」に近いにもかかわらず、キャリアに関する考え方はかなり保守的である、という矛盾を抱えているように私には思われるからである。

さて、私の所感ではあるが、Webエンジニアにしても看護師にしても、他の職種に比べると、職場に不満があれば、すぐ別の職場に移ってしまう人たちが多いように思う ※1。それは乱暴にいえば「どこに行っても食っていける」という自信があるからである。

看護師

(今もそうかもしれないが)ひと昔前は、看護師は「女性が一人で食っていく」ための職業として人気があった。看護師は比較的初任給が高い。このサイトによれば、大卒の新卒看護師の各種手当を合わせた給与総額は平均27万2018円。専門卒でも平均26万4307円。年齢が上がっても給与の上昇幅がゆるやかで上がりにくいという特徴はあるが、一人で生きていく上では十分な金額である ※2。看護師全体の平均年収は483万だそうだ。

さらに、かつては「夫が転勤しても働ける」のが看護師の利点だと言われていたように、看護師は全国どこに行こうと仕事がある。仮に、財政破綻しているような寂れた地方に行ったとしても、看護師が働ける病院だけはある。子供が生まれても、週2や週3で働ける場所や、短時間で働ける場所も多く、働き方を柔軟に変えられる。お金が必要なら、体力さえあれば残業や夜勤を駆使して給与を一時的に上げることもできる。一方で、耳鼻科のクリニックなどの比較的体力負担の少ない職場を選ぶこともできる ※3。

看護師のキャリアアップルートはかなり整備されており、例えば、日本看護協会が設定したクリニカルラダーがある。看護師のキャリアラダーを制定している病院も多い。副師長、師長、副看護部長、部長などの役職があり、役職に応じて給料がアップする。また、国家的に整備されているスキルアップの認定制度としては、認定看護師がある。実務経験を5年以上持ち、特定の領域において熟練したスキルを持つ看護師が取ることのできる認定で、取得することで給与のアップや権限の拡大、労働環境の改善が期待できる。認定看護師を雇用している病院側にも診療報酬が上乗せされるメリットがあるため、病院側にも認定看護師を通常より高い給与を出して雇う経営上のインセンティブがある。

(Web)エンジニア

「実力さえあれば、自分のライフスタイルにあった働き方を選べる」という点は、私の生業であるWebエンジニアも似ている。Webエンジニアは、パソコンさえあれば、海外からだろうと仕事ができる。同僚のエンジニアには、世界一周旅行をしながら働いていた人もいた。働く時間の柔軟性も高いし、体力さえあれば複数の仕事をかけもちできる。

ITエンジニアの給与(特にフリーランスのエンジニアの給与)は、スキルレベルと直結している。以下の経済産業省の調査のグラフを見れば一目瞭然なように、スキルの上昇に伴い、給与が指数関数的に上昇する ※4。実際、フリーランス案件募集のサイトを見れば、高い技術力があれば月で100万程度稼げる案件も結構転がっている。

画像4

一方で、自分のスキルアップやキャリアアップについては、日々かなりのプレッシャーがある。エンジニアが集まると、「次にどんな技術を身に着けるべきか」という話で盛り上がる。エンジニアには、自分が身につけた技術が将来使われなくなってしまい、自分の仕事が無くなってしまうのではないかという危機感が常にある。飲み会の度に「将来求められる技術が何か」の情報を仕入れてしまうのは、もはやエンジニアの習性に近い ※5。

IT技術の話はイメージしにくいと思うので、電気屋をやっている私の祖父を例に出す。祖父は、若い頃にテレビを初めて見た時に感動し、「これからはテレビの時代だ!」と考えて数年ほど学校に通い、テレビの修理技術を身につけたそうだ。しかし、現代において「テレビの修理」を個人の電気屋に依頼する人はほとんどいない。将来テレビが爆発的に広がる、という祖父の読みは当たっていたが、ここまでテレビが低価格化し、修理するよりも買い換える方が安くなるということは想定していなかったのだろう。また、他の例を出すと、私の父は携帯電話の無線技師をしていたが、iPhoneなどの海外スマホの来襲により、2010年代に日本の携帯電話産業はほぼ絶滅したため、無線技師の仕事がなくなった。

ITエンジニア業界では、このような出来事の発生率がより高く、いち企業の中でも、常に新陳代謝の圧力がある。以下の記事では、ある企業で「持っているスキルが時代遅れになってしまったおじさんITエンジニア」の救済プロジェクトを担当した人の経験が綴られている。

皆さん、別に仕事が出来ないとか、能力が低いとか、そういう訳では全然ないんですね。アサイン歴を見たりお話を伺っていると、少なくともある一時期は、開発案件や運用案件でばりばり働いていた人たちばかり。(中略)彼らの共通点は、「一つのプロジェクトに、余りに長い間関わり過ぎてしまった」ことであるように、私には見えました。つまり、少なくとも一時的には、ある業務、あるシステムの中核的なメンバーだったと。(中略)ところが、その一つだけの業務にどっぷり関わり過ぎて、他のスキルを身につける隙も、キャリアアップを考える余裕もないまま時間だけが経って、その案件がなくなった時にはすっかり潰しが利かなくなってしまっていた、と。そういう意味で、その人たちは会社の犠牲者でもありました。

このように、エンジニアという職業は、自分が必死に身につけた技術が、環境変化によって全く需要のないものになってしまうリスクと常に隣合わせにある

それゆえ、エンジニアは、仕事を選ぶさい、その仕事を通じて得られるスキルが、将来的に自分のキャリアアップにつながるかを重視する。企業側にとっても、「人気のある技術を使っているか/古くて廃れそうな技術を使っているか」によって、実力のあるエンジニアを(採用コストをかけずに)採用できるかが決まるため、使用する技術の選定をとても重要視する(ここを間違えて潰れていくベンチャー企業もざらだ)。エンジニアは、今の職場で使っている技術が古くさく、すでに使われなくなりつつものであれば、将来的な需要が見込める別の技術を使用している仕事や職場への転職も検討するし、実際、すぐに転職する。Web上のエンジニア向けの転職サービスもこのニーズをよくわかっており、ほとんどの転職サービスは使用している技術で働き口を検索できるようになっている。

心理士の労働環境

さて、一方で心理士の労働環境はどうなのだろう。正直、まだ私も掴み切れていないところがあるし、聞いた話が全て本当かは自信がないのだが、集めた資料や、何人かから聞いた話をつなぎ合わせると、以下のようになる。なお、心理士の資格の中では、国家資格である公認心理師と、それとほぼ同格の資格である臨床心理士の二つが最も代表的な資格だと思われるので、基本的にはこの二つの資格に関する調査を参照する。

年収

まず、心理士は非常勤の割合が多く、給与水準が低い。臨床心理士の年収について解説した記事によれば、20代の臨床心理士の年収は200~250万円。臨床心理士全体の年収は350万円前後。ちなみに日本人全体の平均年収は約440万。臨床心理士のほとんどが大学院卒であり(資格取得のために指定の大学院を卒業する必要がある)、学部卒と大学院卒の間で、初任給でも平均月収に3万の差があることを考えると、学歴のわりにはかなり給与水準が低めだと言える。

画像2

画像1

研鑽にかかる費用

一方で、心理士としての研鑽にかかる費用は高い。カウンセラーは、自身の研鑽のため、定期的により熟練のカウンセラーにカウンセリングを受ける必要があるが(これを専門用語でスーパーバイズと呼ぶ)、1回1万円程度かかることがザラであり、毎月1回程度は受けることになる。資格の維持のためには勉強会への参加が必須だし、書籍の購入なども必要だ(しかも、だいたい数千円、下手すると数万する)。大学院の学費分の奨学金の返済もある。

他の職種とも比較しておこう。病院に雇われている常勤の看護師の場合、研修費用は病院側が出してくれることも多いが、非常勤の心理士の研修費用を出してくれる雇用主は少ない。常勤であっても、心理士がその組織に一人しかいないケースが多く、心理士の教育に理解がある雇用主は稀である。心理士の自己研鑽の費用に関する考え方は、看護師よりもフリーランスのエンジニアに似ていて、「専門技能にお金を支払っているので、自己研鑽の費用は被雇用者側が出すべきだ」という考え方が一般的だ。(にもかかわらず、後に述べるように、心理士の場合、自分で費用を払って自身のスキルを高めたからといって、雇用主からより高い給与を払ってもらえることは少ないのだが。)

勤務日数・募集条件

スクールカウンセラーなどの給与が高い仕事の多くは、応募条件に3年以上の臨床経験を要するため、大学院を出た直後の心理士の多くは、非常勤の契約形態で、臨床経験を積むことから始める。この期間はいわゆる「下積み期間」として認識されている。時給や歩合給が多く、新人の時給は1,000円台であることがざらだ。特に給与が低い時期にもかかわらず、研鑽のための費用がかさむのもこの時期である。

多くの心理士は、週1〜週3の非常勤の業務をかけもちしており、それらをかけ合わせることで食い扶持を稼いでいる。下積み期間を超え、スクールカウンセラーなどの給与が高い仕事を得た後も、その多くは週5ではなく週2・3日の勤務なので、暮らしに足りない分を、他の仕事で稼ぐ。

若干古い資料になるが、2011年の資料「臨床心理士の現状」によれば、臨床心理士全体のうち、常勤のみで働けている臨床心理士は31.8%。非常勤のみが46.1%。常勤+非常勤が15.8%だ。一般には非公開の資料のため詳細は掲載しないが、2016年の一般社団法人日本臨床心理士会による第7回 「臨床心理士の動向調査」でもほぼ同様の傾向だった。(常勤の仕事に非常勤を組み合わせている人が15%もいるとなると、そもそも常勤とは?という気もする)

画像6

全国の医療機関を対象とした公認心理師の大規模調査によれば、常勤者の割合は全体の 56.1%であり、常勤の割合は半分より少し多いくらい。非常勤者全体の6割は週に2日未満の勤務日数であった。

画像3

心理士の働き口は少なく、買い手市場が続いている。「心理士」という仕事は、歴史的に見ればかなり新しい仕事である。昭和の終わりごとに生まれてから、資格保持者の人数は増加を続けているものの、働き口はあまり増加していないのが現状だ。その一方で、病院などの心理職を雇用する側からすると、現在の制度の元だと、⼼理職を雇っても儲からず、むしろマイナスになるという背景がある。⼼理職が雇⽤されている医療機関においても、⼼理職の総数が 1〜2 ⼈のみの施設が 49.3%であり、常勤者に限ると 0 ⼈または 1 ⼈のみの医療機関が 53.0%。87.5%の医療機関において⼼理職を雇用する上での課題として収益性が挙げられている。

仕事の選択

こういった事情のせいだろうか。私が心理士に話を聞く印象だと、心理士には「自身のキャリアやライフプランに合わせて、仕事を選べる」という感覚があまりないようだ。

大学を出た直後の心理士の大半は、大学の教官の紹介で職場を決める。主要5領域(医療・教育・産業・福祉・司法)のどこかくらいは選ぶものの、あまり選べる選択肢がないらしい。それ以外の人は自分で仕事を探すことになるが、前述の通り、そもそも心理士の募集は少なく、良い募集は取り合いになる。たまに自治体や官公庁などが出す良い募集は熾烈な取り合いになるという。「人づてに仕事を紹介してもらう」か、「運良く、条件に合う募集を見つけることができたら、そこに滑り込む」というのが心理士の就職であり、自分のキャリアプランやライフプランに合わせて、自分が伸ばしたいスキルや働き方を考え、それに合った職場を探す、というような自由度はない。

看護師やWebエンジニアとは異なり、非常勤の契約形態を選んでいる人の多くが、常勤になりたかったのに常勤の働き口がなかったために非常勤を選んでいる。条件や曜日の設定が上手く噛み合う非常勤の仕事を組み合わせて、なんとか週4〜6の仕事を確保している、というケースが多い。職場やクライアントの事情で働く時間が決まることが多く、勤務時間の調節は効きにくい。

心理士業界は古き徒弟性の色合いが強いため、有名な先生に「認められる」ことが、職を得る上で重要だったりする。心理士のスキルの優劣は、心理士同士にしか測りづらい。さらには、精神分析や来談者中心療法などの技法ごとに派閥があり、派閥同士ではカウンセリングに関する考え方が異なるため、ある心理士が優秀かどうかを判定できるのは、「その技法の分派においてえらい人」だけになる。先に述べたとおり、職を得られるかどうかは人伝ての紹介に依るところが大きいが、その時にえらい先生からの信頼があるかどうかは重要になる。

キャリアアップ

心理士には、決まったキャリアアップのルートがあまりない。非常勤の場合、主な契約形態は、時給または歩合給なので、勤務時間を増やすことで給与を上げることはできるが、カウンセリングのセッションをこなせるのは、(人によるが)最大でも1日に5件程度であり、それ以上やろうとすると体力に限界がくる ※6。また、セッションの件数で報酬が出る契約形態の場合、報告書の執筆や勉強会の分は給与に入らない。「数をこなす」ことで給与が上がることはあっても、「セッションの質が上がる」ことで給与が上がることはあまりない。

開業している心理士の中には、1,000万円以上の年収を持つ心理士もいる。だが、開業して成功できる心理士は、個人で書籍を出したりできるような、心理士の中でもトップレベルの人たちであり、心理士の大部分は、開業に憧れはあっても「自分にはムリだ」と感じている。また、開業に到るまでのキャリアプランが整備されているとは言い難く、開業を目指してスキルアップをしようにも、何から着手したらいいのかわからない、と感じている人も多い。

「有名心理士になる」以外に、特定のスキルの有無によって採用や給与が決まることはあまりなく、「将来の給与アップを狙うために、特定の療法の技法が使えるようになろう」というような発想が業界的にあまりない。転職によって給与があがることはあっても、同じ組織の中で、役職が上がったり、臨床的なスキルが評価されたりして、給与が上がる、というケースは稀である。

開業以外のキャリアアップルートとしては、大学教員がある。常勤であれば収入もさほど悪くなく、業界内での権威もあるため、いまだに人気のポストだそうだ。1995年から2005年頃は、臨床心理士養成の大学院が激増した時代だった。臨床心理士養成の指定大学院になるためには、臨床心理士資格をもった教員がある程度必要であったため、心理士の教員募集があちこちで行われていたという。そのため、かつては比較的給与の良い非常勤で現場経験を積みながら、いずれは教員になるというのが心理士のキャリアイメージとして機能していた時期もあったらしい。しかし、大学教員の募集数は減ってきている。2005年ごろから、指定大学院の数は横這いであり、新しいポストの募集はさほど多くない。心理士の国家資格である公認心理師が2017年に新設されたことにより、この状況が変わる可能性はあるが、基本的には臨床心理士の指定大学院が公認心理師の育成を兼ねているため、大学院数が大きく増えるイメージは今のところない。

画像5

(図は臨床心理士の成立過程・現状より)

まとめ

つらつらと思いつくところを書いてみたが、私が心理士業界の労働環境について気になっていることをまとめると、以下のようになる。

・非常勤の雇用形態が多く、給与水準が低い
・「自身のキャリアやライフプランに合わせて、仕事を選べる」という感覚があまりなく、とりあえずその時にたまたま見つけられた働き口で働く、というフローが職場選択における主流ルートになっている。
・明確なキャリアアップのモデルがほぼなく、臨床の年数を重ねること以外に、特定のスキルを磨くことがキャリアアップにあまりつながらない環境がある。開業や大学教員という道はあるが、多くの心理士にはあまり現実的な選択肢になっていない

素朴な印象として、このような心理士業界の状況は、カウンセリングを必要とするクライアントにとっても、望ましい状態になっているとはいえないだろう。端的にいえば、個人の心理士にとって、自身の臨床的スキルを磨くことが、自身の明るい未来につながるとは感じられない業界構造になっているからだ。実際、心理士と話していると、「このままじゃマズいと感じているけど、何をしていいかわからない」という感覚を持っている人によく出会う。

一方で、市場から心理士へのニーズに対して、心理業界が適応していくインセンティブがほぼないことも気になる。個々人の心理士の給与は、クライアントのニーズや市場のニーズにどれだけ答えられたかによって決まる構造になっていない。もちろん、心理士の持っている技術は、エンジニアの技術のように、環境変化によってまるごと需要がなくなる可能性は低いから、個人の心理士が、心理士へのニーズの変化を熱心に追う気にならないのは理解できる(携帯電話産業が日本から絶滅することはあっても、心理士の仕事の全てが日本からなくなることは考えにくい)。とはいえ、心理士に対する市場のニーズは変化しつづけており、そこに適応していく方が、心理業界全体の給与水準も上がるだろう ※7。

追記

続編書きました。

---
※1 このサイトに看護師の離職率のデータがあった。看護師の離職率は平均で10.9%。全職種と比較すると平均くらい。女性は比較的離職率が高いこと、看護師の9割が女性であることを考えると、むしろ離職率は低いくらいではある。一方で、離職理由の上位に「(専門看護師取得などの)キャリアアップのため」が来るのは、看護師の辞めやすさを表しているように思う。

※2 この記事の後半で、心理士の給与の数字を出しているが、おそらく手当が含まれない金額だ。そのため、看護師の給与も、手当てを抜いた金額で比較した方が正確だ、という批判はありうる。とはいえ、心理士の多くは非常勤契約で働いており、手当てがほぼない。そのため、それぞれの職業の生活水準を比較するのであれば、看護師の「手当て込み」の給与総額と、心理士の「手当抜き」の金額の比較するほうが実態を表しているのでは、と考える。

※3 とはいえ、ひとたび入職したら、なかなか辞めさせないブラックな体質の看護組織も多いそうだ。時短で契約したのに、常勤と同じ時間働かされるケースも多いらしい。私の印象だが、看護組織は良くも悪くも団体戦であり、体育会系というか、軍隊チックな価値観が強い。逆に心理士の場合、そもそも同じ組織に複数人の心理士が所属している方が少なく、個人戦を強いられるケースが多い。

※4 と言いつつも、大企業のエンジニアの給与は年功序列で決まってたりもするそうなので、日本のエンジニア全体で見ると、そこまで強烈な能力主義の給与体制ではないらしい(私はベンチャー企業界隈なので、実態があまりわからない。)この記事が参考になった。

※5 と私は思う。もちろんそうじゃない人もいる。

※6 諸富祥彦「新しいカウンセリングの技法: カウンセリングのプロセスと具体的な進め方」によれば、八時間勤務の場合、一人50分程度のセッションで五人が限界とのことだ。

一人のカウンセラー が1日に担当できるクライアントは、八時間勤務としても、五人が限界であると思われます。記録をとる時間、ほかの専門家と連絡をとる時間なども含めて八時間の勤務です。また、ひとりのカウンセラーのこころのエネルギーを考えても、一日に五人以上引き受けると、燃え尽きにつながることが懸念されます。(p98)

※7 若干思想めいた話になるが、心理業界が市場のニーズを気にするのを嫌う背景には、そもそもとして心理士という仕事自体が「市場のロジック」のオルタナティブである、という事情もある。市場主義や資本主義の考え方に乗り切れなくて苦しんでいる人を支えるのが心理士の仕事なのに、心理士が市場主義の考え方に染まるとは何事か、という立場だ。これはかなり重要な指摘であると私も思う。とはいえ、そこを重視するあまりに、心理士もクライアントも救われないルートに入るのは、本末転倒ではなかろうか。ユングは「心理目標の最高の目的は、患者をありえない幸福状態に移そうとすることではなく、彼に苦しみに耐えられる強さと哲学的忍耐を可能にさせることである」と言ったそうだが、「市場と無関係には生きられない現実」にいかに直面し、現実的な解を模索するかが、心理業界に突きつけられた課題なのではないかと個人的には思う。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?