見出し画像

心理師の賃金について分析する人向け 使える統計データまとめ

このところ、諸事情により、心理師の賃金や待遇についての統計データをひたすら調べていた。自分の頭の整理も含め、私と同じように、民間で心理師の賃金について統計分析を行いたい人に向けて、使えそうな統計データをまとめておく。

1. 心理師の賃金統計

1-1. 公認心理師の活動状況に関する調査

2021年3月 一般社団法人 日本公認心理師協会「公認心理師の活動状況等に関する調査

2021年に公開された公認心理師の全国・全領域を対象とする調査。現在手に入る心理士についての調査データでは、最も広範で使いやすい。

賃金という観点では、p85-91「第3章 公認心理師としての活動状況」と、p95-104「第4章 分野別の活動状況」の一部分が参考になる。

p85-91「第3章 公認心理師としての活動状況」には、公認心理師の2019年度の年収分布と就業形態が記載されている。対象者は第一回の公認心理師試験の合格者で、かつ通年で「公認心理師の専門性に基づく活動」を行なった人8,990名。

2021年3月 一般社団法人 日本公認心理師協会「公認心理師の活動状況等に関する調査」 p89
2021年3月 一般社団法人 日本公認心理師協会「公認心理師の活動状況等に関する調査」 p87
2021年3月 一般社団法人 日本公認心理師協会「公認心理師の活動状況等に関する調査」調査票p8


年収分布は「主たる活動分野別」「常勤・非常勤比較」「実務経験年数比較」があり、いくつかの群に分けた上での比較を見ることができる。


2021年3月 一般社団法人 日本公認心理師協会「公認心理師の活動状況等に関する調査」 p90

p95-104「第4章 分野別の活動状況」では、活動分野(保健医療/福祉/教育/司法・犯罪/産業・労働/その他)ごとの常勤・非常勤の割合、常勤者の月収、非常勤者の時給、等が記載されている。

2021年3月 一般社団法人 日本公認心理師協会「公認心理師の活動状況等に関する調査」 p96
2021年3月 一般社団法人 日本公認心理師協会「公認心理師の活動状況等に関する調査」 p97
2021年3月 一般社団法人 日本公認心理師協会「公認心理師の活動状況等に関する調査」 p99

一方で、常勤者の中での年齢・性別の分布などはないため、年齢や性別による影響を統制して、国の賃金統計と比較することはできない。何より他の公的統計で用いられている「正規雇用・非正規雇用」という区分が存在しないのが使いづらいところ。


1-2. 公認心理師の養成や資質向上に向けた実習に関する調査

2019年に公開された、全国の医療機関を対象とし、公認心理師の職務や実習の実態、公認心理師に期待される役割や能力を明らかにするための調査。
他の統計に比べ、労働環境に関するデータが非常に豊富でありワクワクするが、医療機関で働く心理士のみのデータになるため、心理師全体の傾向を分析するには難がある。「公認心理師の活動状況に関する調査」の中の活動分野別の月給を見れば分かる通り、医療領域は心理師の職場の中でも待遇が悪いため、このデータを元に分析を行うと、かなり賃金が低めに出てしまう。(以前心理師の労働環境について書いた記事は主にこのデータを参照していたが、これにより実態以上に心理師の労働環境を悪く描写してしまったと反省している。)

p32-p42 に 雇用や待遇について施設代表者に尋ねたデータがまとまっており、施設ごとの雇用人数、心理職を雇用していない理由、雇用形態(常勤・非常勤)の割合、勤務日数、年収などのデータがある。

国立精神・神経医療研究センター「公認心理師の養成や資質向上に向けた実習に関する調査」p33
国立精神・神経医療研究センター「公認心理師の養成や資質向上 に向けた実習に関する調査」p38

1-3. 臨床心理士の動向調査

日本臨床心理士会が5年ごとに行なっている臨床心理士の動向調査。
結果は基本的に会員の範囲内のみの公開となっており、外部の人間が使いづらい。なぜか2007年のデータの概略だけはこのスライドでWeb上に公開されているので、内容が気になる方はこちらを見るといいだろう。
経年でデータを取っているところは強みだが、公開されているデータがあまり詳細とは言えない。性別や年齢だけでなく、年収分布や勤務形態のデータもあるが、クロス集計したデータが全くなく、解釈が難しい。年収の定義も曖昧であり、個人単位の年収しか記載がないため、他の賃金統計と比較しづらい。

せっかくこれだけの人数を対象に経年で調査を行うほどの労力をかけているのだから、質問紙の設計やデータの公表の仕方など、もうちょっと工夫できないのか・・・と思わないでもない。

村瀨 嘉代子「臨床心理士の現状」

2.国民全体の賃金統計

2-1. 概観

心理師の賃金分布のデータが手元にあるなら、これを他の集団の賃金分布、例えば国民全体の賃金分布と比較してみたい、と思うのが人情であろう。

とはいえ、これはなかなかに難しい課題である。まず、日本には賃金を調査する統計が複数種類あり、使用する統計によって平均賃金が大きく異なることに注意しなければならない。例えば、総務省統計委員会の令和二年の資料「賃金関連統計の比較検証」によれば、賃金構造基本統計調査と、民間給与実態統計調査では、国民全体の平均年収が70万ほど異なる

令和2年4月17日 総務省統計委員会担当室「賃金関連統計の比較検証」p3
令和2年4月17日 総務省統計委員会担当室「賃金関連統計の比較検証」p6

そのため、厳密には、同じ調査方法の中のデータしか賃金を比較すべきではない、ということになろう。同じデータの中で属性や経年で比較するのは妥当だが、別の方法で取った心理師の賃金データをこれらのデータと比較するのは、統計的に妥当な比較とは言えまい。

・・・という建前はあるが、本音を言えば無理矢理でもいいから比較してみたい。その場合、どれと比較するのがベストなのだろうか。

諸説あるだろうが、私は民間給与実態統計調査就業構造基本調査が良いのではないかと思う。他に可能性があるデータとしては、労働力調査賃金構造基本統計調査あたりか。(とはいえ、私もわからないので詳しい人に聞いてみたい。もしアドバイスがあれば、コメント欄等に書いてください。なにとぞ。)

2-2. 民間給与実態統計調査

民間給与実態統計調査の利点は、他の賃金統計に比べて調査対象者が広い点毎年実施している点である。賃金構造基本統計調査は従業員が5人以上の事業所で働く労働者に対象を絞っているのに対し、民間給与実態統計調査は従業員数が4名以下の事業所で働いている人も含まれる。心理士の中には小さな事業所で働いている人も多いし、母親業と兼務している人も多い。賃金構造基本統計調査などを選択すると、民間でそのような働き方をしている人が除かれやすくなってしまう。

とはいえ、民間給与実態統計調査の調査項目はかなり少なく、労働時間や雇用形態等の情報を含まない。調査票を見ても分かる通り、税務のための調査という意味が強く、労働環境について調査するあまり意図はないのだろう。ちなみに、民間給与実態統計調査等の賃金データは、事業所の支払額に基づくデータであり、その個人の所得全体を示したものではない点に注意が必要である。

この調査は民間の給与所得者の給与について源泉徴収義務者(事業所)の支払額に着目し集計を行ったものであり、その個人の所得全体を示したものではない。例えば、複数の事業所から給与の支払を受けている個人が、それぞれの事業所で調査対象となる場合、複数の給与所得者として集計される

国税庁「民間給与実態統計調査」利用上の注意より、太字は引用者による

2-3. 就業構造基本調査

常勤・非常勤で群を区別したり、教育歴で群を絞り込んだりして比較したい場合は、民間給与実態統計調査では難しい。知り合いに相談したところ、就業構造基本調査をオススメされた。これは事業所ではなく世帯を対象とした調査であり、5年おきに実施される。直近では2017年のデータが公開されている。「週の労働時間」や「今の雇用形態を選択している理由」なども尋ねており、フルタイムで働いていない層、例えば家事のために稼働時間を抑えている人や、扶養控除の範囲内で働くことを希望している人の割合について比較する際には重要な情報となる。私は知らなかったが、申請に1〜2ヶ月程度かかりそうなので今回は諦めたが、学術研究目的であれば個票データも使えるらしい(今回知り合いに教えてもらった)。

平成29年就業構造基本調査の調査票より

2-4 労働力調査

労働力調査は、就業構造基本調査と同じく世帯を対象とした調査である。先に述べた通り、民間給与実態統計調査等の賃金データは、事業所の支払額に基づくデータであり、その個人の所得全体を示したものではないのに対し、労働力調査では個人の収入全体を尋ねているため、複数の勤務先を持っている人でもそれらを合計した値を調べることができるのが特徴である。また、就業構造基本調査と違い、毎月実施されているため、「公認心理師の活動状況に関する調査」が実施された2019年の常勤者・非常勤者の割合などを出す場合などに使えそうだ。

労働力調査の特定調査票より

2-5. 賃金構造基本統計調査

賃金構造基本統計調査は、「主要産業に雇用される労働者について、その賃金の実態を労働者の雇用形態、就業形態、職種、性、年齢、学歴、勤続年数、経験年数別等に明らかにする」ことを目的とした調査である。学歴や性別、就業形態などの各要素が賃金にどのように影響するのか?を知る上で非常によくまとまった資料が公開されているが、「賃金分布」という形のデータが公表されていないので、これまでに示した心理師のデータと比較するのは難しい。e-Stats上のDBを用いるとより詳細なデータを得ることができ、「医師」「看護師」などの職種別のデータを見ることもできるが、「心理師」という区分はない。(もし存在しても、標本数の問題で使えるデータにはならないだろうが・・・)

令和2年賃金構造基本統計調査 結果の概要 企業規模別より
令和2年賃金構造基本統計調査より(e-Statsで取得・図表化)

(おまけ) 「常勤/非常勤」について

心理師の統計データは常勤・非常勤で群が区分されていることが多いが、常勤・非常勤は国の賃金統計には出てこない区分であるため、比較には工夫を要する。常勤・非常勤はフルタイム/パートタイムに該当する概念なので、週の労働時間で区分すると良いらしい。労働力調査では週35時間未満で質問項目が切り分かれているため、週の労働時間が35時間以上の場合を常勤とみなすのが良さそうである。一般には週40時間を区切りとしてイメージするが、例えば就業構造基本調査の調査票は35-42時間が一つの選択肢に丸められており、35-40時間の群と40-42時間の群を区別できない。

労働力調査の特定調査票より
平成29年就業構造基本調査の調査票より

資料

3.教育歴と賃金統計

心理師の労働環境について考えるならば、教育歴という要素は外せないだろう。教育歴による賃金の影響を調べる上で役立つ統計資料を以下に示す。

ちなみに上記で示した統計の中にも、教育歴について分析できる統計があるので触れておく。

賃金構造基本統計調査では、学歴による賃金の差について端的な図にまとめた結果が公開されている。令和二年より、学歴の分類が「大学・大学院卒」とまとめられていた状態から、「大学」と「大学院卒」で分けられたため、大学院卒による影響を分析しやすくなった。

令和2年賃金構造基本統計調査 結果の概要 学歴別より

また、令和元年で終了になっているが、賃金構造基本統計調査(初任給)というデータもあり、学歴による初任給の格差について調べられるようになっている。

令和元年賃金構造基本統計調査結果(初任給)の概況:1 学歴別にみた初任給 より

就業構造基本調査も、教育歴についてのデータを取っており、教育歴による現在の就業状況などの分析に用いることができる。

平成29年就業構造基本調査の調査票より

このデータを用いた二次分析として、労働政策研究・研修機構から『若年者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状③ ―平成29年版「就業構造基本調査」より―』が公開されており、教育歴によってキャリアルートがどう異なるのかを分析している。

若年者の就業状況・キャリア・職業能力開発の現状③ p9

3-1. 雇用の構造に関する実態調査(若年者雇用実態調査)

若年労働者の雇用状況等を明らかにすることを目的にした調査で、不定期に行われている。最近は平成30年、平成25年に実施されている。
学歴ごとによる正社員の割合のデータが使えそうである。

平成30年若年者雇用実態調査結果の概況 現在の就業状況より

3-2. 学校基本調査

学校基本調査では、学部卒、大学院卒ごとに、「卒業者に占める就職者の割合等の推移」を公開している。

令和元年度学校基本調査(確定値)の公表について」より

資料



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?