第53回 香水物語


香りについて再び描いてみようと思う。
これまで人生に於けるステージが変わった時には、いつも香りを変えてきた。香りには気持ちを切り替える効果があるため、気分一新することができて非常に良いのである。そして香りは記憶と密接に結びついているので、その香りを嗅ぐと即座にそれを着けていた頃の様子がありありと浮かび上がってくる。なんとなく違うかなとすぐに変えてしまうこともあるが、気に入ってそれを自分の香りと決めて着けていたものは、今でも愛着があり大事に思っている。

特に印象に残っている香りの一つが、ケンゾーの「ETE」。夏という名のこの香りは、グリーンフローラルの爽やかなイメージとともに、セルジュ・マンソーが創り上げた葉っぱの格好をしたそのボトルが、手に馴染んでとても好きだった。1992年に発売されたこの「ETE」は、一旦廃盤になった後復刻されたそうだが、現在はまた日本では販売終了となっている。
大学生の後半に使っていたのは、バナナ・リパブリックの「W」だった。シトラスグリーンのシャキッとしたその香りは、背筋を伸ばして颯爽と歩く女性(Woman)に相応しいと思われた。こちらも復刻されたそうだが、1995年発売のオリジナルよりも甘くなっているようで、当時の感覚とは違ってしまったのが残念だ。
そして一番長く自分の香りだったのが、こちらも現在は廃盤になってしまったヴィヴィアン・ウエストウッドの「LIBERTINE」である。スパイシーフローラルの個性的な香りで、かなり好みは分かれると思う。甘いけどスパイシー。一筋縄ではいかないヴィヴィアンらしいパンキッシュな香り。そしてまず他人と被らない。決して爽やか系ではなく、着けすぎ注意な濃厚さを持っているのだが、かと言ってパウダリーな女性性を感じさせるわけではなく、もっと自由闊達な少女らしさを醸し出していて、とにかくプライベートで出かけるときはこれを着けなければ自分じゃないというくらい、いつも一緒だった。

この「LIBERTINE」もそうであるが、グレープフルーツの香りがとにかく好きなので、香調のどこかにそれが入っている香りばかり選んでいた時期があった。好きと言っても、パーム・ツリーの「pasha!」のように、そのものずばりのグレープフルーツの香りは面白くない。ジョー・マローン・ロンドンの「Grapefruit」もちょっと違う。トップ・ミドル・ラストと香りを嗅ぎ分けられるほどの良い鼻は持っていないのだが、この香り好き!というものにはなぜかグレープフルーツがどこかに入っているものが多かった。
一時期はそれこそ香調を調べて、グレープフルーツが入っていれば試してみたが、次第にそれにもあまりこだわらなくなった。香りというのものは、その時の気分によってもかなり好みが左右されるので、こだわらずに変えればいいのだと、今は考えている。

数年前パリに行った時は、丁度ディプティックの「L’OMBRE DANS L’EAU」を着けていた時期であった。7月のパリのカラッと晴れた空には、カシスの葉とダマスクローズの青臭い香りがよく似合った。ポンピドゥセンターまで歩いていけるシャトレ駅のすぐそばのホテルは、公設市場があった下町の風情を残した街並みの中にあり、決して治安が良い場所ではなかったが、便利で楽しかった思い出がある。
「L’OMBRE DANS L’EAU」を嗅ぐたびに、鎧戸を開け放った先に見上げたパリの空を思い出す。
いつかまたパリに行く機会があれば、ぜひディプティックの本店に行ってみたい。


登場したブランド:ジョー・マローン・ロンドン
→英国のブランドであるこちらは、香りをコンバインド(重ねる)という提案で有名だが、単体でも「English Pear and Freesia」は素敵。
今回のBGM:「Kuiper」by Floating Points
→フローティング・ポインツことサム・シェパードは、UKクラブシーンの最先端をゆくDJでもある。18分を超えるこの大曲のゆったりとたゆたうように変化するその様が、香りの変化を連想させる。

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