第145回 みつばちのささやき


蜂蜜といえばレンゲやアカシアの花から採ったものがポピュラーだが、漢方薬に使われる薬草単体から採取した蜂蜜がある。
これはどれも個性的でとても美味しい。枸杞や茴香といった比較的馴染みのあるものから、黄耆、苜蓿のようにかなりアクの強いものまで様々だが、香り高い龍眼の蜂蜜がお気に入りである。

蜂蜜は気温が低くなると白くザラザラした状態で固まる。
これを「結晶化」というのだが、室温15℃前後でこの結晶化が進むため、我が家では冬になると断然その危険性が高くなる。なにせ冬場のストーブの設定温度は16℃だ。とても危ない。
そしてもうひとつ結晶化の原因として、振動というものがあるということを知った。振ると固まってしまうのだ。蜂蜜の中に存在する気泡に振動が伝わると、気泡が核となり結晶化が促進されるとのこと。単に容器を振らなければいいという問題ではなく、例えば冷蔵庫など開け閉めの激しい場所の上に置いておいたりすると、その振動で結晶化してしまう。
また蜂蜜に含まれる糖の成分によっても異なり、ブドウ糖が多い蜂蜜ほど結晶化しやすく、果糖が多いアカシア蜂蜜は結晶化しにくい。
一度結晶化が始まるとみるみる白濁してしまう。液状に戻すには湯煎するしかないが、時間と手間がかかる上に味も落ちるため、固まらないように気をつけるに越したことはない。

思えばせっかくミツバチが集めてきた食料を横取りしているわけだが、1万年前にはすでに人類は採蜜を、5千年前には養蜂を始めていたというから、如何に我々は蜂蜜に魅了されているかがよくわかる。
蜂蜜というのは単にミツバチが採取した花の蜜そのものを指すのではない。メスのミツバチによって採取された花の蜜は、ミツバチの蜜嚢と呼ばれる器官に蓄えられて巣に運ばれる。巣では蜜の水分を蒸散させるために口器を使って蜜を膜状に引き延ばすが、この過程でミツバチの唾液に含まれるコリン(ローヤルゼリーに含まれる物質)が混入したり、唾液の酵素でショ糖がブドウ糖と果糖に分解されたりするのだ。
水分が減った結果蜂蜜の糖度は80%にまで上昇し、あの独特の濃密な甘さとなる。蜂蜜を舐めると刺激を感じるのは、その糖度故の浸透圧の高さのせいである。

ミツバチは胸の部分がふくふくとした毛に包まれていて可愛い。
養蜂に用いられているミツバチはセイヨウミツバチが殆どだが、野生のニホンミツバチが最近では都市部で増えているという話もある。
ニホンミツバチは小さくて可憐だが、天敵であるオオスズメバチに対する対抗手段を発達させた強者だ。その手段が蜂球である。
オオスズメバチを多数のニホンミツバチが四方八方から球状に取り囲んで、羽を細かく振動させることで内部の温度と湿度を上昇させ、オオスズメバチを蒸し殺すのだ。セイヨウミツバチは小型のスズメバチに対しては腹部を圧迫して窒息死させるという対抗手段を持っているが、オオスズメバチには効果がないそうで、日本でセイヨウミツバチがあまり野生化しないひとつの理由である。
このニホンミツバチの蜂球は、以前に蜂球を経験したことのある歳を取った個体が、率先してオオスズメバチに取り付いて形成される。オオスズメバチに近い程噛み殺されて犠牲になる確率は高いのだから健気と言えるが、群れにとっては合理的な行動なのだろう。

蜂蜜はその栄養価とともに、抗炎症・殺菌効果など様々な効能により、古来薬として用いられることが多かった。
古代エジプトのパピルスに記された医学書には、顎が外れた時の湿布に蜂蜜を用いるように書かれている。古代インドのアーユルヴェーダにも蜂蜜の効能は書かれているとのこと。現代も喉に良いとしてのど飴にはよく蜂蜜が配合されている。
そして高い保湿力や抗酸化力は美容成分として、基礎化粧品にも取り入れられている。ゲランはフレグランスのビーボトル(蜂と蜂の巣が全面に刻印されたガラス瓶)にもみられるように、創業以来ミツバチとの縁が深く、ミツバチの保護に取り組みながらエイジングケアラインの化粧品に力を入れている。

塗ってよし、舐めてよし。
ミツバチに感謝しながら、蜂蜜の恩恵に預かることにしたい。
くれぐれも結晶化させないよう、ご注意を。


登場した蜂:オオスズメバチ
→冬のある日庭仕事をしようとして外に置いてあった軍手に手をいれた瞬間、痛みに飛び上がった。慌てて手を出すと手背にオオスズメバチが仰向けになってジタバタしながら刺さっているではないか。刺されたのではなく、刺さっていたのである。暖かい軍手の中で越冬しようとしたところ手を突っ込まれて、蜂もさぞかし驚いたことだろう、悪いことをした。そっと抜いて放してやったが、それにしても痛かった。
今回のBGM:「CHAOS」by 山本リンダ
→歌手生活55年、未だバリバリの現役である。1991年に発売されたこのアルバムは女王蜂の風格。「ゆえに彼女の世界征服」は絶品です。


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