第134回 ジャガー・ハード・ペイン


痛みほど個人差が大きいものはないのではないだろうか。
側から見たらかなりの大怪我にもかかわらず平気な人がいるかと思えば、ちょっと血が出たくらいでも死にそうに痛がる人もいる。
ちなみに私は痛みにはかなり強い方だと思う。

痛みの強さの測定というのは、意外と困難だ。はっきりいって、自分と他人の痛みの強さを比較することはできない。可能なのは、その人の痛みの推移を測定することだけなのだ。
痛みの治療に於いて程度がよくわからないのでは話にならないので、多様な尺度を用いてどの位の痛みなのかを測る。VAS(視覚的アナログスケール)、NRS(数値評価スケール)、FRS(表情尺度スケール)などという尤もらしい名前が付いているが、どれも絶対値ではなく患者さんや医師の主観的な判断によるものである。機器を用いて刺激する測定方法もあるが、あまり一般的ではない。

痛みには、侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛という2種類が存在する。
侵害受容性疼痛というのは、簡単にいえば体の組織の損傷によって起こる痛みのことであり、それを感知する痛みの受容器を侵害受容器という。この受容器の大半は皮膚と内臓に分布しており、組織が損傷されるとこの受容器が刺激されて痛みを感じる。殆どの痛みはこちらに属すると言っていい。
神経障害性疼痛は、文字通りなんらかの原因により神経が障害されて起こる痛みのことである。糖尿病による合併症や帯状疱疹後に長引く痛み、坐骨神経痛や頸椎症によるものもこちらの痛みだ。
この2つは痛みの性質によって判別できるため、様々な質問票が開発されている。例えば「ズキズキする」痛みなら前者の可能性が高く、「電気が走るような」痛みなら後者の可能性が高い。
治療者は、患者さんが痛みで日常生活にどれ程支障をきたしているかを知るために、STRS-Jという評価を行うこともある。0から4の5段階で、0の「なし」から「痛みで他のことを考えることができない」の5まであるのだが、これも不安の強い人なら他から見ればどうということもないような痛みでも「5!絶対5!」となりそうで客観的ではない。
それでもその患者さんにとっては生活に支障があり、なんとかしてほしいと思っているということは、治療の必要があるととらえることができる。


痛みの治療は、原因を探ることももちろんであるが、まずは痛みを鎮める、つまり鎮痛が大事である。
鎮痛剤と呼ばれる薬剤には段階があり、比較的年齢を問わず広く使えるアセトアミノフェンから、強い癌性疼痛に用いるオピオイドまで多様な種類が存在する。
ちなみに私は鎮痛剤が効かない。いや、効かないのではなく、効果が切れるのがとても早いのだ。内服の薬だけでなく、局所麻酔薬も30分もすれば切れてしまう。なので処置をした後一番痛みのピークが来る頃に麻酔が切れる。とても辛い。思うに薬の代謝速度がとても早いのだろうが、あまり良くない。アルコールの代謝が早いのは、良い。
頭痛持ちの中にはあまりに痛みが酷くてしゅっちゅう鎮痛剤を飲み続けるため、まるで鎮痛剤中毒のようになっている人がいるが、鎮痛剤はあまり多用するとかえってそれが原因の頭痛が生じることがあるので、注意が必要だ。鎮痛剤に頼るばかりでなく、重大な原因が潜んでいないかの診断や、片頭痛に効果がある薬剤や漢方薬を医師と相談して試してみることをお勧めする。
私は30代までは月経痛に伴う片頭痛にかなり悩まされていたのだが、証に合った漢方薬に出会うことにより、それまでに人生はなんだったんだという程著名に痛みが改善した。

慢性疼痛という持続性の痛みがある。心因性疼痛と診断されてしまうことがあるが、その中には神経障害性疼痛の長期化したものが含まれていたり、血液検査に引っかかってこない自己免疫疾患が関係したりすることもあるため、安易な診断は避けた方が良い。
アメリカ精神医学会の診断基準であるDSM-Ⅴでは、慢性疼痛は「身体症状症及び関連症群」として分類されている。慢性疼痛は原因が複雑に絡み合っているため、治療が非常に困難となるケースも多く、身体科から精神科に患者さんが回されてくることもあるのだ。
痛みが長引いたり痛みによるストレスが長く続いたりすると、痛みに対して過度に反応したり、抑うつ状態になることも多い。少しでも患者さんが楽になるようにと願うが、なかなか治療には苦慮している。

どんなに小さな痛みでも、痛みがあるのは辛い。
身体でも心でも、痛いときは痛いと言おう。我慢せずに。


登場した疼痛:侵害受容性疼痛
→今までの人生で一番辛かったのは陥入爪の術後の痛みであった。後で聞いたら痛いので有名だそうで、それを術前に言ってくれ。どうりで拷問で爪を剥がすわけだ。今は術式も進化しそれ程痛くはないと言われるが。
今回のBGM:「SO YOUNG」by THE YELLOW MONKEY
→青春はいつも、熱く疼く胸の痛みと共に思い出される。

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