第141回 ハッピーアイスクリーム


普段あまり冷たい食べ物を食べない。
世の中には冷凍庫にアイスクリームを欠かさないという人もいると思うが、かき氷はもとよりアイスクリームも滅多に食べない。嫌いなわけではなく、外食の際に最後に出てくるデザートとして食べるのは、美味しくいただく。ただいつも食べたいというわけではなく、というか冷え性でお腹を壊しやすいので、身体を冷やす食べ物は積極的に摂らないことにしているのだ。

イタリアに行った時、これでもかという量の料理が出てもう食べられません勘弁してくださいとなった食事の終盤、おもむろに異なるメニューを渡された。なにかと思ったら、それはジェラートのみのメニューであった。
普段なら食後のデザートは大歓迎であるし、甘いものは大好きだ。しかしオリーブオイルたっぷりの料理をしこたま食べたあとに、冷たいジェラートを食べるのは躊躇する。つかの間迷ったが自分のお腹を労わることにして「No thank you」とメニューを返した時の、この人はいったいなぜこんな非常識なことを言うのだろうと顔に書いてあるようなイタリア人店員の驚愕と悲哀の表情は、今でも忘れられない。
そもそも日本で出てくる程度の量の食後のデザートクラスなら、頼んでもよかったのだ。でも私は知っていた、イタリアのジェラートの驚異的な量と甘さを。
やはりあの時の判断は間違っていなかったと思う。

アイスクリームとジェラートは違うということは、漠然とはわかっていたが、あらためて調べてみると、アイスクリームには厳然とした定義がある。
食品衛生法で乳固形分15%以上でそのうち乳脂肪分が8%以上のものをアイスクリーム、3%以上のものをアイスミルク、それ以下をラクトアイスと呼ぶというように、しっかり定められているのだ。
イタリアでは通常5%前後の乳脂肪でジェラートを製造するため、分類上はアイスミルクになる。脂肪分が少ないからヘルシーといっても、あれだけの量を食べれば同じだろう。またジェラートは、製造の際に含まれる空気の量(オーバーランと呼ばれる)が35%未満で作られているため、口当たりも濃厚である。
ちなみにシャーベットは乳固形分3%未満の氷菓に分類される。そしてソフトクリームというのは法令上の分類ではなく工程上の呼び名であり、機械から抽出してすぐに食べる食品なのでオーバーランが多い上に、アイスクリームの食べ頃が−8℃〜−14℃であるのに対し−5℃〜−7℃と高めなので、ソフトクリームの口当たりは軟らかい。
まあ一般的には、凍った菓子はだいたいアイスクリームと言って通じるものなのだ。

そのアイスクリームだが、あまり食べない中でも好んで選ぶのは、チョコミント味である。
チョコミント。チョコミン党と呼ばれる熱烈な愛好者が多いフレーバーだ。好きな人は好きだが、嫌いという人も結構いる。単にミントが好きではないという理由から、チョコレートとの組み合わせが気に入らないという理由まで幅広いが、どうしてもミントが歯磨き粉を連想させるので食べ物としては許せないという意見も聞いたことがある。
確かにそれも一理あるが、私はかえってその意外性に惹かれた。初めてこの味に触れたのは、10代の頃はまった「After Eight」という英国のミントチョコである。薄いダークチョコレートの間に薄いミントのフォンダンが挟まれたものが1枚1枚個包装されて、黒と緑が印象的な箱にお行儀良く何十枚も収まっている。名前の由来は、ディナーの後のコーヒータイムの口直しということで、午後8時過ぎなのという。ちなみにフォンダンとは「溶ける」「柔らかい」という意味で、砂糖衣と呼ばれる砂糖を再結晶させたなめらかなクリーム状の糖液の一種とのこと。
このミントチョコに一時期それははまっていたため、アイスクリームの類もチョコミント味のフレーバーを好むようになったというわけだ。

今ではコンビニでも簡単に手に入る手軽なデザートであるアイスクリームも、冷蔵技術がなかった昔は高級な贅沢品であった。そういえば昔デパートの食堂で食べたバニラアイスクリームは、銀の食器に銀のスプーン、それに必ず添えられたウェハースが、特別感を演出していた。
いつでも食べられる恩恵に預かって、新発売のチョコミントアイスでも買ってこようか。ほんの少しだけ、お腹を壊さない程度の量で十分。


登場したチョコレート:「After Eight」
→Rowntreeという菓子メーカーで働いていたショコラティエのBrian Sollitt氏が、薄いフォンダンをチョコレートで挟む技術を生み出し、1962年に発売された。現在はNetsleが発売元となっている。
今回のBGM:「未来浪漫派」by 人間椅子
→今回のタイトルは筋肉少女帯の楽曲だが、ここは筋少と親交のある人間椅子でいこう。 


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