202回 サマータイムブルース


夏が終わる。
朝晩の空気が透明感を増し、空の色が変わる。
こころなしかトンボの姿を見ることが多くなった。

夏生まれなのに、夏が苦手である。
昔は寒いのが苦手だったような気がするが、いつの頃からか冬の方が過ごしやすいと感じている。信州に越してきてからの数年は、マイナス10℃以下にまで下がり、1年のうち4分の3は炬燵が必要な寒冷地に慣れず、年に6回風邪をひいているというていたらくだった。
それがいつの間にか、気温が下がり始めるに従って元気になるようになったのだから不思議だ。

暑い時は何を着ていても暑いが、寒ければ重ね着も楽しめる。ファッションにとっては、寒い方が断然有利である。カーディガンにジャケット、コートにマントと、アウターだって選び放題。
靴だって、ローファーからロングブーツまで長さの選択肢が豊富過ぎるほど。ちなみに夏にもサンダルがあるという意見もあるだろうが、我が家の周りには物凄い数の獰猛な藪蚊が待ち受けているので、とてもじゃないが裸足でなんて出られたものではない。なにせ靴下を履いていてもその上から刺してくるほどなのだから、サンダルは全く出番がない。
照りつける夏の紫外線と藪蚊のことを考えると、半袖でさえ躊躇われる。虫除けスプレーも何も効かない藪蚊たちから身を守るには、上から下まで完全防備の冬仕様が安心だ。ますます夏のファッションに困るところである。

子供の頃は東京にいたので、二学期が始まるのは9月1日だった。
そうすると8月生まれの私の誕生日は夏休み中に過ぎてしまう。2学期が始まってからでは既に時期を逸しているため、クラスメイトには祝ってもらえない。学期中に誕生日が来る子が、誕生日アピールをしておめでとうと言われているのを見るたび、いつも損をしたような気になったものだ。
これは1月1日生まれや3月31日生まれの人にも、共感してもらえると思う。社会人になれば長い休みを取ること自体がなくなってしまうので、誕生日ロスのような気分を味わうことは少ないが、職場で自分の誕生日をアピールするのもなんだか大人気ないので、歳を取ってもかつての気持ちが解消されることなく毎年夏を過ごしている。

夏といえば蝉の鳴き声が欠かせないが、ふと気づくとここではアブラゼミの声を聞いた覚えがない。そういえばツクツクボウシもとんと耳にしない。いまだに盛大に鳴いているのはもっぱらミンミンゼミだ。
調べてみると、アブラゼミやツクツクボウシは平地や比較的低い山間部に多いようで、どうりで標高の高い当地では聞かないはずだ。子供の頃東京にいた時に聞いたアブラゼミの声は、じりじりとした暑さを実感させるような声だった。それに比べるとミンミンゼミの声は軽いが、日中ずっと鳴いているのでそれはそれで暑苦しいと言えないこともない。
そしてヒグラシである。その鳴き声からカナカナとも呼ばれるこの蝉の声は、なぜこれほどまでに哀切に響くのだろう。蝉は種類によって鳴く時間帯が決まっているらしいが、ヒグラシは夕暮れと明け方だけに鳴く。この薄暮の時間帯と相まって切なさを喚起するのだと思う。
日が暮れる頃窓を開けていると、四方から鳴き交わすヒグラシの声がサラウンドで響いてきて、なかなかのものである。

ここ数年、夏の間に一度は熱中症になりかかって点滴をする羽目になっているが、今年はなんとかやらずに済んだ。
プールや、ましてや海で泳いだのは、もう何十年も昔のような気がする。
今年はスイカを食べただろうか。1玉丸ごと買ってきて、切り分けたスイカを外でタネを飛ばしながら食べたのは、もういつのことだったか忘れてしまった(だいいち藪蚊の来襲が酷くて外でなんか食べられやしない)。
年々夏との相性が悪くなっているような気もしないでもないが、それでも夏が終わりかける頃はわけもなくセンチメンタルな気分になる。他のどの季節もそのような気分になることはないので、やはり夏は特別な季節なのだろう。

レイ・ブラッドベリの小説『たんぽぽのお酒』に描かれたのは、主人公の少年が経験する幻想的な12歳の夏である。
ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』に登場する雄猫ピートは、夏に通じる扉がないか主人公にせがむ。

確かに夏は少年に似合うものなのかもしれない。
もちろん、異論は認める。


登場した昆虫:蝉
→今年行われたアンケート調査でも、一番よく聞こえる蝉の声には明らかな地域差がみられている。関東甲信はミンミンゼミ、西日本から沖縄にかけてはクマゼミで、北日本と日本海側はアブラゼミが主流である。クマゼミは「ワシワシ」と鳴くそうだが、あまり聞いた覚えがない。
今回のBGM:「14番目の月」 by 荒井由美
→このアルバムの最後に入っている「晩夏(ひとりの季節)」は、夏の終わりの情景を歌ったものとして白眉だと思う。副題は余計だと思うが。ユーミンは感情をそのまま出すのではなく情景を描くのがとても上手い。松任谷由実名義の「悲しいほどお天気」に収められた「ジャコビニ彗星の日」と並んで、情景描写の妙を味わえる傑作である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?