第84回 一本の鉛筆があれば


文房具と言われて、最初に何が思い浮かぶだろうか。
いまはスマホやキーボードをタッチすることの方が多くなり、筆記用具を使う機会はだいぶ減ってしまった。
それでも愛用のペンやノートなど、この銘柄しか使わないという思い入れのある文房具を持っている人も多いだろう。

鉛筆を使わなくなって随分経つような気がする。
小学校、中学校、高校と上がるにつれ、鉛筆ではなくシャープペンシルを使うようになり、大学卒業後職場ではボールペンの割合が断然高くなった。なので鉛筆というと小学生の印象が強いのだが、共通一次試験(今のセンター試験)や医師国家試験のマークシート記入の際にだけ、再度鉛筆の出番があったものだ。
自分は元来筆圧が高めな方なので、鉛筆はHBかHが書きやすい。それに比べて文筆業の連れ合いはとても筆圧が低いため、4Bを愛用していた。
30年以上前、彼がまだ原稿用紙に鉛筆で執筆していた頃の話である。その4Bの鉛筆がだんだん短くなり持てないくらいの長さになると、新しい鉛筆に瞬間接着剤でくっつけて使っていた。両切りではなく末端が丸くなっているため、そのお尻の部分を削ってぴったり付くように接着していたとのこと。それを使って書いていると、ほんの一瞬継ぎ目のところで字が途切れるが、それだけであとは何事もなかったかのように連続して書き続けられる。
その話は彼の逸話となり、「無限鉛筆」として界隈では話題になった。

社会に出ると、消しゴムで消すことができる鉛筆ではなく、消すことができないボールペンの出番が圧倒的に多くなる。(消せるボールペンというものもあるが例外)
病院も電子カルテになる前は、カルテに記載するのはボールペン(万年筆という場合もある)で、間違った時には二本線で訂正、修正液などもってのほかであった。精神科の場合、カルテに記載する内容は結構膨大な量になるため、あまり力がかからないボールペンで書いていても腱鞘炎になりそうだったので、電子カルテになって助かった。
余談だが、昔から医者の字は読めないことで有名である。電子カルテになって紹介状(情報提供書)も手書きではなくなったことで、解読の手間がなくなりありがたかった人は多いに違いない。
いまではそれほど多くはなくなったが、以前は製薬会社からもらうボールペンがかなりの量であった。薬剤の名前が書かれたボールペンのコレクションが、何十本も机の中に溜まっているドクターも多かったが、さすがに昨今はそれほどではない。
ちなみに上記の通り筆圧が高いので、ボールペンも細字は疲れる。0.7から0.9程度の太字が書きやすくて好きだ。

かつて小学校の近くには必ずと言っていいほど文房具屋があったものだ。
必要なものがある時以外でも下校途中に立ち寄っては、目新しい文房具に夢中になった。香り付き消しゴムや色とりどりのサインペン、外国製のノートや綺麗なレターセットなどなど。お小遣いの範囲で頭を悩ませては、こまごまとした文房具を選ぶのが楽しかった。
大人の世界でも、万年筆などの高価な文房具は一部の人に絶大な人気がある。「インク沼」などという趣味もあるほどで、いくつになっても文房具は我々を惹きつけてやまない。
東京銀座の伊東屋に行くと、各階ごとにめくるめく文房具の世界が繰り広げられていて、何時間いても飽きない。東急ハンズに行っても、使わないとわかっているのについカラフルなペンやメモ帳を買い込んでしまう。

思うに人間はやはり手を動かすことが好きなのだ。
文房具はそのことを思い出させてくれるきっかけになる。


登場した鉛筆:4B
→銘柄は三菱ユニスター。当時1本百円というから、かなりの高級鉛筆である。
今回のBGM:「オワルゼンド」by detune.
→稀代のメロディメーカーである郷拓郎の楽曲が素晴らしいが、情景描写のみの『問題』で描かれた学校の不穏な空気感がまた絶妙。

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