第42回 藍より青し


かつて英国では少女の色といえばブルーであった。
いつから青は少女から離れてしまったのだろう。

アウイナイトという宝石がある。
どこまでも澄んだ深い深いコバルトブルーのその石は、ラピスラズリの構成鉱物の一つである青い部分が宝石質になったもので、その独特の鮮やかなネオンブルーは一目見たら忘れられない。この青色自体がアウイナイトの特徴といってもいいくらいなのである。
アウイナイトはアウインとも呼ばれ、ドイツのアイフェル地方でしか算出されない、ダイアモンドよりもはるかに稀少なレアストーンである。産出量が極端に少ない上に、1カラット以上の大きな石はほとんどないという稀少さ、その上モース硬度が5.5から6と低めのため加工がとても難しい。非常に脆い石であるので、石留めを断られることがある程だそうだ。
実はこのアウイナイト、あのフェルメールの青の元となっている。「フェルメール・ブルー」とも呼ばれる印象的なあの「真珠の首飾りの少女」の中の青は、青の中の青、アウイナイトで描かれていたのだ。実際はラピスラズリを原料として精製した「ウルトラマリン」という青色の顔料を使っているのだが、画に使われた絵の具からはこのアウイナイトの成分が検出されたそうである。ラピスラズリ自体17世紀当時は「天空の破片」と呼ばれて大変高価なものだったが、それを原料にしたウルトラマリンの絵の具は、通常の青い絵の具の100倍の値段だったそうだ。フェルメールはこの青を愛して他の作品にもふんだんに用いている。
瑠璃色という、青を表現する美しい日本語があるが、まさにこのアウイナイトこそ瑠璃色というに相応しい色ではないかと思っている。

青といえば忘れてはならないのが、パリッシュ・ブルー。
20世紀初頭にアメリカで活躍した画家/イラストレーターであるマックスフィールド・パリッシュの画に描かれている夢のように明るい青である。アメリカン・イラストレーションの黄金期と呼ばれるこの時期、ノーマン・ロックウェルと並んで人気絶頂だったパリッシュは、エジソンマツダランプ(このマツダはゾロアスター教の神、アフラ=マズダからきている)のポスターや本の挿絵などで大活躍していた。時代の寵児として人気を博し、彼の作品の複製印刷は生涯で数千万部に及んだという。アメリカの4軒に1軒の家庭でパリッシュの印刷物が飾られていたというのだから、その人気の凄さはわかるだろう。
彼の描く青は、大量の印刷物の中でもその魅力を失うことなく、天国のように明るく正しい。そう、パリッシュ・ブルーはその底抜けの明るさ故に悲しくなるほど正しいのだ。アメリカが好景気に沸き、誰もが未来を信じていた時代、彼の描く青は希望と確信に満ちあふれていた。「アメリカン・ルネッサンス」と呼ばれ、ベル・エポックの香り豊かなこの時代、パリッシュ・ブルーはそのハレーションを起こさせるような爽快な青色で、アメリカを魅了した。
代表作である『エクスタシー』に描かれた青空は、アメリカの繁栄が永遠に続くことを無邪気に信じていた時代の空気そのものなのかもしれない。

アウイナイトの強く凛々しい青が少女の心意気だとしたら、パリッシュ・ブルーの疑いを知らぬおおらかな青は少女の豊かな感性か。
ピンクだけが少女らしさではない。
青をもう一度少女の手に取り戻そう。


登場し(なかっ)た小説:『スキャナーに生きがいはない(人類補完機構全短編1)』 コードウェイナー・スミス著
→収録されている作品「青をこころに、一、二と数えよ」(Think Blue, Count Two)、どんなときも青は少女を守ってくれる。
今回のBGM:「銀河鉄道の夜」オリジナル・サウンドトラック by 細野晴臣
→ますむらひろしが描いた猫の姿のジョバンニとカンパネルラ。宇宙へつながる夜空の深く暗い青は、細野のこの音楽あってこそ際立つ。


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