第57回 ウォーキング・ウィズ・ダイナソー


小学生の頃の将来の夢は、恐竜の化石を掘りにゴビ砂漠へ行くことだった。
夢というよりは真剣に古生物学者になろうと考えていたのだが、炎天下の砂漠という過酷な環境に耐えられそうになかったので挫折した。
恐竜が好きなのは何も男子だけではない。少女だって恐竜に夢中になれる。

生まれ育ったのが東京の上野だったもので、物心ついた頃から国立科学博物館には足繁く通っていた。初めは父親に連れられてだったが、そのうち年間パスポート(というような洒落た名前ではなく、友の会の会員になると1年間フリーパスになる)でせっせと通いつめた。
もちろん一番の目的は恐竜だったが、それ以外にも科学のあらゆる分野に関する展示が並ぶこの館は、理系少女にとってはとても居心地の良い場所であった。余談だが自宅浪人をしていた時には、ここの自習室みたいな部屋で受験勉強をして、食堂のハヤシライスを食べて帰るのが楽しみだった。
現在は改装されたり新館ができたりとだいぶ様相が変わったが、それでも1日では観足りない程の内容はさらにその情報量を増しているし、工夫を凝らした展示には毎回目を見張らされる。
恐竜の展示といえば、世界にその名を轟かせている福井県立恐竜博物館も圧巻だ。日本でも有数の恐竜化石の発掘現場でもある勝山市は、福井市から第三セクターのえちぜん鉄道に乗った終点にある。ここから更にクルマで山の中腹まで行ったところにそびえ立つ銀色のドームは、遠くからでも一目でわかる威容を誇るが、その内容と言ったら素晴らしいの一言。
生命進化の歴史がわかる螺旋状の展示もよくできているが、とにかく広大な館内に展示された恐竜の化石の標本(レプリカを含む)の迫力とその発掘の様子も学習できる仕組みが凄い。実際に現在進行形で化石のクリーニングを行なっている様も見学できる。
世界中の恐竜マニアの垂涎のまとだそうだが、恐竜好きなら一度は行ってみなければいけない場所だ。

実は一度だけ化石の発掘に参加したことがある。高校生の時のことだ。
地学の先生が野尻湖で行われるナウマン象の化石の発掘作業に関係していたのだが、クラブ活動のいっかんで誘われたのを幸いに、恐竜でなくとも化石の発掘とあらばと勇んで参加した。この野尻湖の発掘は、世界でも珍しい大衆発掘という方式で、専門家でなくても誰でも友の会の会員になれば参加できるというものである。
しかし化石の発掘といえば灼熱の砂漠で行うものと考えていたので、まさか極寒の湖で発掘するとは思ってもみなかった。水力発電所の取水により湖水面が低下し、湖底の一部が干上がる冬の時期を狙って発掘が行われるのだ。野尻湖がある長野県上水内郡信濃町は標高600メートル以上なので、3月の気温は当然0℃を下回る。とにかく寒かった記憶しか殆どないのだが、それでもどんな小さなものだとしても化石が見つかった時のわくわく感だけは今でも忘れられない。
1962年から始まった野尻湖の発掘や地質調査は現在に至るまで続けられ、氷河期時代の人類の営みや動植物の様子を明らかにし続けている。

恐竜についての学問は今も日進月歩だ。常に新しい知見が得られており、少し前の常識が通用しなくなっている。恐竜の子孫は爬虫類ではなく鳥類であったり、変温動物と考えられていた恐竜の中には恒温動物だったものもいたらしいと、この数十年でまたどんどん研究が進んでいる。
科学も学問も不変ではない。常識は覆され、思ってもみないような発見がある。好奇心を失わず、変化を恐れず。瑞々しい感性をこれからも持ち続けたい。


登場し(なかった)鳥:ハシビロコウ
→あのゴツい嘴を見れば、恐竜の直系だというのがよくわかる。
今回のBGM:「管弦楽のための協奏曲」バルトーク・ベーラ作曲 イヴァン・フィッシャー指揮/ブタペスト・フィルハーモニー管弦楽団
→晩年のバルトークの作品で、彼の最高傑作とも言われている。若かりし頃の鬼面人を威すようなところは影を潜め、緻密に考え抜かれた構成が白亜紀の森のようだと言ったらこじつけか。


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