第77回 地下鉄のザジ


生まれた時から半世紀以上、ずっと東京は工事をしている。
もちろんそれよりずっと前から、東京大空襲で焼き野原になった東京は戦後の復興で大都市として生き返ったわけだが、その後も絶え間なく工事を続けて今に至る。

生まれ育った御徒町という場所は上野の隣駅にあたり、昭和通りと春日通りの交差点の1本裏通りというただでさえ賑やかな場所であった。そこでは夜になると必ずと言っていいほど、クルマの交通を規制して地下鉄の工事が始まったものだ。
幼少時に行われていたのは、営団地下鉄(現在の東京メトロ)千代田線の工事だった。この千代田線、上野不忍池の下を掘っていた時に池の底を抜くミスを仕出かした。3万トンの池の水が工事中のトンネルに流れ込み、池はすんでのことで干上がってしまうところだったが、なんとか底を補強して工事を再開し、無事千代田線は開業にこぎつける。

その後今度は東北新幹線を上野駅から東京駅まで延長するための、御徒町トンネルの工事が始まった。春日通りは鉄板で覆われ、その下にはなにか巨大な空間があることを匂わせていたある日。御徒町駅北口を出たすぐのところの道路で、いきなり轟音と共に土砂が噴出し数十メートルにわたって陥没した。日中の人通りもクルマ通りも多い時のことで、クルマやオートバイが穴に転落し、通行人等17人が負傷した。
実はこの事故が起こる数分前にこの場所を父親が自転車で通りかかっており、すんでのことで巻き込まれずに済んだのだが、付近は騒然として大変な騒ぎだったそうだ。転落したクルマの1台がメルセデスベンツで、怪我一つしなかったドライバーが名刺を渡して「あとで連絡してくれ」と立ち去ったという逸話が残っている(真偽のほどは不明)。
事故はシールド工法のトンネル掘削時に注入する薬液が足りなかったことに起因する地盤の崩落で、下請けの手抜き工事によるものであったが、事故調査後工事は再開し、新幹線は無事東京駅まで開通した。
その後も引き続き都営地下鉄12号線の工事があり、それが大江戸線という名称に変わった後も、東京の地下鉄は駅舎の改装など様々な工事が絶え間なく続いている。

子供は電車外の景色を眺めるのが好きなものだが、なぜか私は子供の頃から外が見えず真っ暗な地下鉄が好きだった。
地下鉄の匂いが好きと言ってもいいかもしれない。地下から吹き上げる生暖かい空気に混じったあの独特の匂い。路線によって匂いは異なるのだが、一番好きなのは東京メトロ銀座線だ。
銀座線は、1927年に浅草ー上野間で営業を開始した日本初の地下鉄である。その後路線は渋谷まで延長されたが、表参道駅から渋谷駅に行く途中で地上に出るのは、土地の高低差によるものだそうだ。昨年12月27日をもって渋谷駅の旧ホームの運用は終了し、本年1月3日から渋谷駅は新しいホームとなっているが、地上であることは変わらなかった。

思うに地下鉄というのは、東京という都市の血管のようなものではないか。
きっと常に工事によって新陳代謝を繰り返していないと、巨大な都市は動脈硬化や血栓塞栓を起こしてしまうのだ。
地下鉄だけでなく、JRの渋谷駅も新宿駅も永遠に工事をしているように思われる。もしかしたらそれこそが東京の東京たる所以なのかもしれない。都市工学に生成都市という概念があるが、改造を繰り返し自ら姿を変えていく怪物のような都市の姿は、異形であるが故に人々を魅了する。
地下に蠢く命脈を辿って、都市を巡る冒険に出かけようではないか。


登場した地下鉄:東京メトロ銀座線
→1997年に開業した溜池山王駅は、戦後唯一にして58年ぶりの新駅開業だったそうだ。信州に住むようになって久しぶりに銀座線に乗ったら記憶にないこの駅があって、一瞬自分が異世界にでも来たのかと思った覚えがある。
今回のBGM:「教育」 by 東京事変
→個人的には椎名林檎はソロより東京事変の方が好きなのである。雨の日に新宿の空を見上げる度に「群青日和」を思い出す。

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