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自分を大事にすること

 わたしはもともと感受性が高くて、繊細。
 だから自分は何が好きで、何を心地よいと思っていて、何を不快に感じるのか、無意識下では知覚していたと思うの。
 その時々にはまったことに夢中になったり、五感が喜ぶ方法を選択することは身につけていたと思う。
 例えば脳みそが快楽を感じる音楽を聴いて「気持ちいい」って、うっとり感じちゃうとかね。手触りの良い毛布(膝掛け)をいつも持ち歩くとか。こだわりが強い、とも言う。
 でも、やっぱり大人になるにつれ、必要とされる社会性とか、効率やコストパフォーマンス、求められる妻像・母親像に応えようとするたびに、表面上は無意識に我を押し殺して自分の感性を虐げてきていたと思う。
 大人なわたしになろうとして、心がズタボロになって・・・ようやく、じゃあどうやって自分を大事にするのかって、真剣に考えて実践してきたよ。

『わたしの使命はなんぞ?』を読んでくれた人ならわかると思うけど、#4くらいの時期が一番自分を押さえつけていたかなー。#7〜9くらいで、徹底的に「自分を愛する」作業を意識してやるようになったの。

ご自愛が必須なのは“愛のスタート地点”が自分だから

 自己啓発系の世界ではよく「ご自愛しましょう」、「自分の心に従いましょう」「自分を大切にしましょう」「セルフケアしましょう」なんて言われ方しているよね。これにはわたしも全くもって同感。
 なぜ「自分を愛することが大事なのか」っていうと、やっぱり“愛のスタート地点”はいつだって自分でしかないからなんだよね。
 愛は自分が満ちて初めて人に与えられるようになる、わたしからあふれたものが唯一与えられる愛だと思うのね。
 自分が満ちてないと愛は与えられないのか?って思う人もいるかもしれない。その問いには、もちろん愛を与えられるよ!・・・でも、自分の身を削って差し出しているけどね!と但し書きをつけて答えちゃうな。
 そして、自分の身を削ってできてしまった“心の穴”は、彼氏でも旦那でも、かわいい子どもでも、親友や両親にだって埋めることはできないんだ。
 愛された、大事にされたと感じて、幸せだー♡って満ち満ちることを知った後に、それが「もらえていない」と感じたとき、不意に欠乏感や不足感を感じたことはないかしら?
 恥ずかしながら、わたしはずっとその状態で生きていたよ。誰かに穴を埋めて欲しくて、愛して欲しくて、わたしの望む・その穴にぴったりとはまるピースを誰かにはめ込んで欲しくて、ずっと探していた。そのピース以外の方法で愛を与えてもらっては「これじゃない!」「それはいりません」と突き返していたし、いかに与えてもらうかって無意識に動いてるんだもん、相手はコントロールされることに不快を覚えるし、何もいいことなんてなかったんだよね。
 そんなぴったりのピースの愛なんてものはいつだって幻想だった・・・と、手を替え品を替え、あれこれやってやり尽くしたから腑に落として理解することができたんだと思う。
 そう考えたら、やっぱりまずはわたし・自分自身を満たすことが必須になってくる。大事な人のことも愛せないし、自分の身を削り続けて弱ってしまうからね。

自分を喜ばす術、知らなすぎじゃない?

 そんなこんなで”ご自愛”って大事だからさ、相談してくれた友だちとかに「ご自愛してね」「自分が喜ぶことをしてね」って言うと、「・・・はて?」っていう反応が返ってくる。その反応のなんと多いことか。
 はじめにでも述べたように、わたしは五感が喜ぶ方法を選択することに関しては意識が鋭敏だった。だから細かな出来事に対していちいち「これは〇〇で、△△だから好き、でもこの点はマイナスだからこの3点を網羅していないと本当の快じゃない」なんて審査してる。
 わたしにとってそんな細かな審査をクリアできる要件を徹底していくことが、ご自愛の一つかなと思うの。
 でも自分にとって当たり前だと思ってやっていたことは、実はみんなにとっては意識して意識してやっと気づけることでもあるんだって知った。あなたはどのくらい自分を喜ばす術を知ってる?
 次へ読み進める前に、ぜひ紙に書き出してみてほしい。

ご自愛って地味すぎるプロセス

 さあ、あなたの自分を喜ばす術・ご自愛はどんなものだった?
 自分を喜ばす術ってね、ただ漫然と高価なものを買い与えてみたり、贅の限りの食事やティータイムを過ごすことじゃない。もちろん自分にご褒美っていう感覚は大事だけど、本質的にはちょっと違う。実際はすごくすごくすごく地味。
 例えば、この写真をみてみて欲しい。これは、わたしにとってご自愛することの一例なの。

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 これは看護学生当時の授業資料をファイルしたものだよ。
 たくさんの資料をファイリングするなら、パンチして紙ファイルに入れたほうが手間もコストもかからない。
 だけど、わたしは手がドライなので紙をめくるのはとってもストレス。何度も繰り返し開いては目を通すものだから、ぱらぱらとめくれて、必要な情報へ素早くたどり着ける方がいい。そして資料が水濡れして汚れたり、紙がぐちゃっと折れたり、千切れたりすると、わたしはとっても悲しくなる。そうした自分の特性を知っているから、嵩張るし、重たいし、手間だし、お金もかかるけど、愛着を持って授業資料を扱うためにこのポケット式の方法を選んでファイリングしてた。
 そうするとね、テスト前や課題をやるときに「綺麗に綴じてあってみやすい♡」ってるんるんしたり、自分でまとめたメモの綺麗さにうっとりできる♡←ここ重要!
 そして、その手間やらコストやらを鑑みても、自分が喜んだことで“してやったり”な気分に浸れるんだよ♡←ここも重要!
 
そう、この重要って書いたとこがポイントだと思うんだけど、最初の反応は女性性、あとから出てきた反応は男性性が喜んでるんだね♬
 なんで喜んだかって、それは「こうしたい♡」っていう女性性の願いをちゃんと表出できていて、それを汲んだ男性性が面倒なこととかも頑張って願いを叶えてくれたから。そしてその反応としてしっかり喜んでいるのを感じられて、自信につなげられているから。

①自分の中の要望に気づいて放つ(女性性)

②その要望を汲んで、叶えてあげる(男性性)

③成果を感じて喜ぶ♬(女性性)

④やるじゃんわたし!としたり顔(男性性)

女性性は男性性を信頼し、男性性は女性性の喜びから自信を勝ち得る。
この循環のプロセスこそがご自愛の本質だと思うのよ。

 この地味すぎるプロセスを経ると、自分の中の女性性・男性性のパートナーシップが取れてきて、びっくりするほど気分よくいられるし、自分への信頼感はどんどん増していくよ♡
 自分の身を削ってできた心の穴も、そうやって「なんで空いてるのかな?」って見つめてみると、穴が空いているように感じる原因も、そこに埋めて欲しいと思える要望も見えてきて、自分で自分を満たすことができるようになる。

 ちょっと例えが整理整頓じみたことだったので、もしかするとズボラ勢からは「身の回りを整えないとダメかしら・・・」なんて自分下げな発言が聞かれるかもしれない。でも言いたいのはそういうことじゃない。
 心の穴うめが自分にしかできないように、方法も手段もその人にふさわしいものが必ずある。身の回りがぐちゃぐちゃだったとしても、周囲にあるものが全部宝物ならヒャッホーってなるじゃない?
 あなたが心躍るものが正解。何かと理由をつけて自分を責めるのはご自愛の対極だよ。

 さあ、あなたらしい方法で自分を大事にしよう。
 心を満たして、自分と大事な人にさらなる愛をめいっぱい注ぐために♡

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コメント (2)
読ませていただきました!素敵な記事ですね!
ときえもんさん
ありがとうございます!コメントまでいただいてとっても嬉しいです😊また覗いてみてください♡
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