知略に長けた王がいる

大学3回生の時、とある講義で、外部から来た講師がこう言った。

「これから社会に求められるのは、I型人間ではなく、T型人間」

その講師は、キャリアカウンセリングを仕事としているらしい。授業中にスマホで彼女の名前を検索したら、本人のものらしきHPが出てきた。しかし具体的な職業を明記していなかったので、このキャリアカウンセリングは、過去の記事から私が勝手に彼女の肩書を推測しただけである。


I型人間とは、深い専門知識を持った人を指す。

T型人間とは、分野にこだわらず、広く浅い知識を持った人を指す。


彼女の話が、必要以上にしっかりはっきりしており、自信をもって持論を展開するので、その時は納得した気がする。その時の私は二十歳なりたての情弱学生だったからこそ、この言葉に何も疑問を持たなかった。

今ならこう言える。「人によるんじゃないの」と。


その講師を呼んだ大学教員は、というか研究者そのものは「超I型人間」だ。彼はたしかどっかの国のマイナーな宗教の専門だった気がする。あんまり言うと身バレしそうだから、抽象的な説明で勘弁してくれ。その教員は、それだけで飯を食ってる。もしかしたら家族も食わせているかもしれない。彼の専門の知識、専門の考察の深さにはいつも感嘆させられた。あの先生に聞けば、図書館行かずともすぐに解決する。それをいいことに私は、彼が何十年もの間研究し続けた努力の賜物を、何度かいただいたことがある。

それはともかく、彼は専門分野の知識は多いが、他の事については、それほど深い知識は持っていないようである。iDeCoの事を、なにかのプリペイドカードと思っていたらしい。「少額で電車にのれるのか」と言った時、その場にいた学生はみな困惑した。


まあ、iDeCoを知らないからといって、彼の名誉が無くなるわけではない。古典を知らなくとも、星座を知らなくとも、世界で最も長い距離を飛ぶ鳥の名前も、ギリシアの悲劇作家アイスキュロスの死因も、生きる上では何一つ必要ないからである。


これに、異を唱えるのは、T型人間支持者達である。

T型人間の多くは、こう考えている。「物事を多角的に見るためには、広い知識が必要だ」と。まさにその通りすぎて、ぐうの根も出ない。想像力は知識で広げる。知識が無ければ、視野は狭いままである。

T型の強みは、他の分野に多少たりとも知識があることで、想像力がある。仕事で言えば新しいアイデアを生み出すのはT型の方が早い。また彼らは他人の心情を推し量ることができ、円滑なコミュニケーションを取ることができる。順応力が高いのもT型人間のメリットである。


キャリアカウンセリングの講師が、胸を張って「I型<T型」と断言する理由はよくわかる。ましてや傾聴者は学生である。将来のある若い人たちに、幅広い選択肢があることを気付かせたいのだろう。しかし、本当のT型人間になるのには、I型人間と同等の労力が必要である。自称T型人間と会話していると、彼ら彼女らの知っている分野はそこまで広くないことに気付く。大体が、普通の大卒の人間より「少し」知っている程度であるし、その分野は文系か理系のいずれかに偏っている。これについてはまたいつか書きたい。



最近、キャリアカウンセラーの講師の事をふと思い出し、残っていた授業ノートから名前をググってみた。変わらずHPは更新し続けているみたいで、最新の記事はオンラインで講義をした、というものだった。Zoomのスクショとともに、「これからの社会で求められるのはI型人間でも、T型人間でもなく、U型人間である」という旨の言葉を添えて。


きっと、I型だとか、そういうラベリングに惑わされる人が、どんな時代の社会でも求められるのだろう。そのページをそっと閉じた。