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揺蕩

窓から差し込む光によって、
身も心もふんわりふわふわとしてきて、
網戸のスキマから少しずつ外へ溶け出していきたい衝動に駆られる。
そのまま宙を漂って、風に任せて何処へでも行きたい。
見晴らしの良いこの土地で、向こうに見える山の方まで。

・・・

眼下に2人の人が見える。
動きやすそうな服装、1人は黒いジャージ、1人は青いジャージ。靴は…同じ靴のようだ。
手をしっかり振って歩いては、時々立ち止まり、風景や自分達の写真を撮っている。
楽しそうに。楽しそうに。
日常を丁寧に切り取る。いつか見返して懐かしむ為に。
運動が主なのか、写真が主なのか、呆れたものだ。
でも、僕は知っている。2人の中にはためらいがある。

このままでいいのか
このままでいい
これからどうすればいいのか
これからああしたいこうしたい

しかし
笑いあっている。
それだけで、十分なのではないか。
お金とか、愚痴とか、悩みとか、悲しみとか、不安とか、身体とか、疲れとか、過去とか、未来とか
たくさん積み重なっても、ただ、楽しい時間を過ごせるように
そんな風に歩いていくので良いのではないか。
この2人にはずっとこうでいて欲しい。そう思いながら包み込むように漂っていく。

・・・

このシューズは、もともとオシャレの為に買った。流行ってたんだ。流行ってて、その時はたしかに可愛いと思って買った。あの人と一緒に買った。2人で可愛いねって言って買った。
そのシューズで今から、ウォーキングに出ようとしている。
元々機能性はバツグンだったので、運動に用いてもなんら問題はない。ただ、一度運動用にしたシューズは、もうオシャレをする時には履かない。
生まれ変わった、とは少し違うか。
用途はガラリと変わった。でも、僕はまたこのシューズに足を通そうとしている。

早く行くよー

玄関から声が聞こえる。見てみると、その人も同じシューズを履いている。こちらも、運動用になったようだ。

先に行くからねー

弾むような、楽しそうな声の後、アパートの階段から小気味いい小走りなリズムが聴こえる。
僕は慌てて玄関でシューズの紐を締め、スマホと鍵だけ握りしめて、青いジャージを追いかけていく。
背中側から吹く柔らかい風に押されながら、追いかけていく。

これから何が変わろうとも、変わらないものも絶対にあって、
変わらないものこそ、その人その人にとって価値のあるもの、大切なもの。
雨も降るし、優しくない風も吹く。暑すぎる太陽に灼かれることもある。
そんな時、人1人が守れるものなんてたかが知れている。
だからこそ、何があっても守れるもの、守りたいものが何なのか、常日頃から考えていきたい。それが例え自分自身でも、自分以外の他人でも、なんでもいいんだ。なんでもいいから、見つけてあげよう。

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