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名前の無い関係



大好きだった。
相手もそうだったと信じている。

終わってしまった関係なのに、ふとしたきっかけで君のことを思い出す。

赤い車を見ると泣きそうになる。あのカフェの前を通りたくない。豚の生姜焼きが食べられなくなった。

全部、全部君のせいだ。

事あるごとに君を思い出してしまって、もううんざりだ。
でも、その悲しみがたまらなく愛おしい。

きっと君は、違う誰かの隣で笑っているんだろうな。
Twitterもインスタグラムも全て消してしまいたい。君の隣に別の男の姿を見たらきっと僕は壊れてしまう。

恋愛をするのが怖くなった。僕の中にあったたくさんの幸せが、急にモノクロ写真のように色を失った。君からの手紙も、たくさんのプリクラも、君が記念日にくれたアルバムも、今では白黒でしか見えない。
また恋愛したら、また色のない世界が広がるかもしれない。そう思うと、一歩踏み出せなくなった。


・・・


今僕には、変な関係の女友達がいる。
友達でも恋人でもセフレでもしっくりこない。
友達以上恋人未満かと言われるとそれも違う。
僕らはお互いに恋人になる気はない。

僕らの恋人ごっこは、どちらからか『週末会わない?』と言って始まる。

彼女が自分の家でお風呂に入り、パジャマ姿で僕の家に遊びにくるのがお決まりだ。

2人の好きなアニメ映画のDVDを借りてくる。一緒にごはんを作って、映画を見ながらごはんをかきこむ。
僕がシャワーを浴びている間に彼女が食器を洗ってくれていて、僕が出てくるとシャンプーの香りに誘われた彼女が抱きついてくる。
そして一緒の布団で寝る。

もはや恋人じゃないか、と自分でも思うけど、恋人ではない。
依存しあっているだけ。
傷を舐め合い、寂しさを紛らわせ、少しの罪悪感を癒しという言葉で正当化する。
そんな僕らの関係には明確な名前が見つからない。

名前のない関係だからこそ、好きなときに会えるし、離れてもちょっぴり寂しいだけだ。
2人の関係に恋人という名前をつけてしまったら、定期的に会うことが義務になるし、LINEが返ってこないとやきもきしてしまうし、他の異性と2人で遊べなくなるし、一度離れてしまうと二度と元通りにはならない。

関係に名前が付いた途端に、自分のことだけ考えているわけにはいかなくなる。
どちらもたかが人間の男女の一対一の関係なのにね。面白いね。

そもそも恋人ってとても曖昧なものだ。
告白をしなければ恋人にはなれないだろうが、告白をしてなくても、恋人同士のようなことを僕たちはしている。

付き合うってなんだろう。
恋人って一体なんなんだろう。
恋人同士になったら何が変わるんだろう。でも僕はその“何か”が欲しいと思っている。

多分彼女は僕のことが好きだし、僕も彼女のことを好きなんだと思う。だけど口には出さない。
僕は彼女を幸せにする勇気がない。
だから、お互い自分自身が幸せを感じられる今の関係に甘えている。

もしかしたら、恋人を恋人たらしめるその“何か”とは、自分と同時に相手の幸せも願うことなのかもしれない。

自分さえよければそれでいい。
今の関係でいい。
そんな風に思う僕は、いつか誰かに深い傷をつけてしまいそうな気がしてならない。


・・・


友達が恋人の話をするたび、『こいつは僕とは違うんだな』と、羨望の眼差しで見るようになった。
周りのカップルがとてつもなく眩しくみえる。と同時に自分がとても暗い場所に来てしまったような気がする。
恋人がいなかった時代は他人に嫉妬こそすれど、こんな感情は無かった。

でも、今の関係をやめられない。やめてしまったら本当に世界から見放された気持ちになってしまう。
すがる僕をみんなはどう思うだろう。
許してくれるだろうか。
軽蔑するだろうか。

どちらにせよ、僕がまた誰か1人を心から愛することができるようになるにはまだまだ時間がかかりそうだ。



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