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忠勇の物語(2)サングィニウス

「では、あなたならば誰を大元帥に任じたのでしょうか?」
「サングィニウスだ。彼であるべきだ。我らを勝利へと導く展望と力強さを持ち、勝利の後に統治できる叡智を持っている。あの超然とした冷静さを見よ。かの者の血の中にのみ皇帝陛下の魂が宿っているのだ。我らはそれぞれ父上の一部を受け継いでいる。それは戦いを求めてやまない飢え、異能の才、飽くなき追求の意志。サングィニウスだけがその全てを備えている。そうあるべきなのだ……」
追憶官ペトロネラに大元帥ホルスが語った言葉、〈大征戦〉の時代

 〈大天使〉サングィニウス。〈輝ける者〉〈軍勢の主〉。〈帝国〉で最も愛された、高潔にして謙虚、大胆にして勇敢なる総主長。狂気の運命にあらがう第九兵団ブラッドエンジェルの父であるサングィニウスはしかし、〈ホルスの大逆〉の掉尾に、渾沌の本拠にて、かつて信頼しあった親友ホルスの手によって殺害された。皇帝と〈帝国〉を守ったその殉教の遺産は、第41千年紀の今も人類の尊崇の的となっている。

荒野の聖天使

 後にサングィニウスと名づけられる赤子の生育ポッドが落着したのは、惑星バール・セカンドゥスの今では〈天使の落下地点〉として知られる荒れ野のまっただ中だった。この赤子を発見したのは、〈純血なる民〉あるいは〈血の民〉と名乗る土着民の部族であった。有害な放射線が絶え間なく降りそそぐ惑星バールの環境ゆえか、赤子の背中には美しい白い翼が生えていた。部族民の中には、これは放射能の荒野をさまよう変異種のひとりだと見て殺そうとする者もいたが、彼らの手をとめたのは、あまりにも完璧な美を備えた赤子の容姿だった。

 部族に迎えられた赤子サングィニウスはいかなる教師をもしのぐ速さで学び、余人を圧倒する肉体の強さを身につけた。わずか一週間で歩くことをおぼえ、一年経つころには部族の誰よりも高い背丈となっていた。後に〈血の民〉が伝承した賛美歌の中には、発見される前のサングィニウスが凶悪な砂漠の火サソリを独力で殺したという逸話もうたわれている。

 当時、バールの〈血の民〉は、地上を我が物顔に跳梁する変異種の大群におびやかされていた。長じたサングィニウスは部族民を率いて、この脅威に敢然と立ち向かった。平時は心優しく穏やかな彼だが、戦時には何者にも止められぬ激怒と比類の無い勇猛さを見せた。集落を襲った百体もの野蛮な変異種をただひとりで皆殺しにしてのけたという。こうして、変異種の脅威をしりぞけ、有毒の惑星バールに人類文明を再建する礎をきずいたサングィニウスは、土着民たちから文字通り有翼の神として崇められるようになった。

第九兵団の救い主

 そして皇帝が到来した。サングィニウスの放つ強力なサイキックパワーをたどってやってきた皇帝は、バールの部族民が集まる大会堂を訪れた。そこではサングィニウスの演説が行われるのだった。皇帝は聴衆の間にまぎれて彼の声に耳を傾けた。果たしてサングィニウスの呼びかけは、人びとに勇気と希望を与え、それでいて節制と謙譲を失わぬすばらしい内容だった。失われた総主長であることを確信した皇帝は、黄金の鎧の姿でサングィニウスのもとに進み出た。サングィニウスもまた、皇帝が自らを生み出した父であることをその強力な予知能力によって看破していた。その両ほほに水晶のような涙が伝い、サングィニウスは皇帝の前にひざまづいた。すると、両者が立ったその地面に、有毒の生命なき土壌でありながら、美しい花が咲き乱れたという。

 バールの部族民の中から選ばれた勇士たちとともに地球へと帰還を果たしたサングィニウスは、自身の遺伝種子より生み出されていたスペースマリーン第九兵団の前に父たる総帥として現れた。

 当時、第九兵団は最も悪名高く、嫌悪されている軍勢であった。地球統一戦争の中、放射能汚染地帯の住人や戦禍で歪んだ人々を遺伝種子により改造することで生まれたスペースマリーン兵団であった彼らは、その経緯から兵数は少なく、裏の特殊作戦に専従したために当時の武功の伝説はほぼ皆無であった。

 第九兵団のマリーンは、敵の血肉をすすることで敵が持っていた記憶と技能を獲得できる特殊能力を持っていた。それゆえに戦闘後の屍山を漁る彼らの姿は、恐怖と忌避を同胞たちからも向けられていたのである。人呼んでレヴナント・レギオン、〈屍鬼の兵団〉。それがサングィニウスの血を引く〈戦闘者〉たちに貼られたレッテルだった。

 一旦投入されれば、決してひかず、決して容赦せず、敵の全滅まで戦い続ける凶暴な戦士たち。この兵団の加勢を喜ぶものはおらず、戦果と裏腹に積もる不名誉。いつしか兵団は幾多の血塗られたカルトと屍食儀式に満ちた狂気の組織と化して行った。レヴナント・レギオンの破滅は差し迫っていた。

 荒れ果てた惑星バールにて、有翼の英雄が発見されるまでは。

 嵐に覆われた惑星テガールに、銀河中に散らばって戦っていた第九兵団のマリーンたちが一同に集められた。整列する彼らの前に降りた輸送機から降りてきたのはルナ・ウルフ兵団。しかしその先頭に立つのはホルスではなかった。有翼の総主長サングィニウス、第九兵団の血の父その人であった。荒れ狂う風の中、白き翼を広げたサングィニウスは、戦闘の傷痕も生々しい戦士たち、忌まわしき殺戮者、吸血の悪鬼たちの前で、ゆっくりと膝をついた。

 サングィニウスは自らへの忠誠を求めなかった。
 サングィニウスは第九兵団に自らの忠誠を捧げたのである。

 悪名と非難にまみれた戦士たちは総主長に心服した。そしてサングィニウスもその忠誠を証明するため、兵団の陣頭に立って戦った。テガールの蛮族を征服した後、サングィニウスはレヴナント・レギオンにこう告げた。

「闇が頭上にかかろうと、血と恐怖が未来に待ち受けようと、諸君らは天使に変わりはない。鮮血の天使たちよ!」

 こうして、血塗られた光輝に彩られる伝説の兵団、ブラッド・エンジェルが誕生したのである。高潔にして勇敢な総主長に率いられたブラッド・エンジェルは生まれ変わった。狂気と絶望にかわって、希望と勇気が彼らの魂を満たした。〈大征戦〉の時代、サングィニウスの息子たちは、総主長とともに皇帝のすぐ側にあって銀河征服の壮図に、勇躍参加したのだった。

渾沌の陥穽

 サングィニウスはその人柄ゆえに〈帝国〉の誰よりも愛され、尊敬される総主長であった。特にホルスとグィリマンは、最も信頼できる兄弟としてサングィニウスと深い親交を結んだ。大元帥に任じられたホルスも、後に惑星ダヴィンで瀕死の重傷を負ったときに、後継として誰を選ぶかと問われ、サングィニウスと答えている。事実、ホルスとサングィニウスは数々の遠征を共に成功へと導いていた。

 しかし、サングィニウスとブラッド・エンジェル兵団には、決して明かすことのない暗い秘密があった。後年、〈赤き餓え〉〈傷〉と呼ばれるようになる狂気の遺伝病である。あるいはそれは、第九兵団が敵の血肉を喰らって記憶を奪うその能力に起因していたのかもしれない。これを偶然知ったのは、誰あろうホルスであった。惑星メルキオールで異種族討伐の共同作戦を遂行している中、ホルスはサングィニウスが同胞たるブラッド・エンジェルを容赦なく処刑している姿を目撃してしまった。サングィニウスは親友であるホルスに〈傷〉の真実を打ち明け、決して誰にも漏らさぬよう頼んだ。ホルスもまた秘密を守ることを誓約した。それは守られるはずの秘密だった。だが、〈ホルスの大逆〉が起こってしまった。

 叛意を抱いたホルスにとって、非の打ち所のない総主長とそれにしたがう精強無比なブラッド・エンジェル兵団は、最も邪魔な存在だった。〈大天使〉を渾沌に転向させるか、あるいは滅ぼすしかないと決意したホルスは、邪悪な計画を実行にうつす。黒い害心をおくびにも出さず、サングィニウスと兵団を、銀河中心近くにある三重連星系シグナスへの遠征に向かわせたのである。

 しかし、シグナスで待ち受けていたのは異種族ではなかった。全体が〈歪みの渦〉に巻き込まれていたこの星系は、ディーモンが猖獗する悪魔の領域と化していたのだ。渾沌の衝撃波によって兵団艦隊のアストロパスと航宙士は瞬時に全滅。追い詰められたブラッド・エンジェル兵団はディーモンの軍勢とはじめて交戦することになった。この悪魔の群れを率いていたのは、スラーネッシュの大悪魔カイリス。未知の敵の猛襲に対して、サングィニウスとブラッド・エンジェルは勇敢な逆襲に打って出た。

 最大の激戦は、中心惑星シグナス・プライムで戦われた。津波のように無尽蔵に押し寄せる渾沌の狂信者と悪魔の軍勢との死闘で、惑星の地表はマリーンと魔軍の血と泥濘に染まった。サングィニウス自身は悪魔の本拠地である〈烙印の大聖堂〉を急襲。渾沌への屈服を呼びかけ、〈大天使〉を籠絡しようとする大悪魔カイリスを自ら討ち取ることに成功する。しかし、脅威はまだ終わってはいなかった。もうひとりの大悪魔がサングィニウスの前に立ちはだかったのだ。それこそがコーンに寵愛されたる殺戮の大悪魔、カ・バンダであった。大悪魔はシグナス遠征が罠であり、すでにホルスが裏切っていることを暴露すると、大声でサングィニウスを挑発した。

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 信じがたい裏切りと悪魔の策略に激怒したサングィニウスは、カ・バンダに突進すると、その胸に猛然と剣を突き立てた。怒りと苦痛の咆吼を放った悪魔は巨大な鞭で総主長を引き倒し、斧の腹で殴りつけた。一瞬朦朧としたサングィニウスが視力を取り戻すと、目の前にはカ・バンダが仁王立ちしていた。しかし大悪魔はとどめの一撃を振り下ろさなかった。一声愚弄するやいなや、斧の一閃で何百人ものスペースマリーンを打ち倒し、不可解なことにカ・バンダは戦場から去っていった。

 大悪魔が去り、悪魔の軍勢を討ち果たしたことでシグナスの戦いはブラッド・エンジェルの勝利に終わったが、その大虐殺と破壊の記憶はスペースマリーンたちの魂に深く刻まれ、後にそれは〈黒き怒り〉の呪いとなって永劫、彼らを苛むことになる。あるいはそれこそが渾沌の神々の謀略だったのかもしれない。

〈大天使〉の宿命

 〈ホルスの大逆〉が公然たる内戦へと展開する中、サングィニウスとブラッド・エンジェル兵団は皇帝を救うべく地球に舳先を向けたが、大逆のワードベアラー兵団によって引き起こされた〈破滅の嵐〉現象によって、その航路は閉ざされ、グィリマンが統べるウルトラマール領域に難を逃れるしかなかった。そしてウルトラマールの首都マクラーグで、グィリマンが提唱する新国家〈第二帝国〉の首脳にサングィニウスは就任する。だがこの頃から、彼の強力なサイキック能力は、不吉な予言の幻視をもたらし始める。サングィニウスはホルスと戦って斃れるのだというのだ。

 〈第二帝国〉の建国が進む中、「ナイト・ロード兵団総主長コンラッド・カーズが、惑星マクラーグに大胆にも潜入を果たした。このときの戦いでグィリマンとライオンはソーザ星系に跳ばされてしまった。続いて〈闇夜の幽鬼〉と呼ばれる大逆の総主長は、〈第二帝国〉玉座の間でひとり残されたサングィニウスと対峙した。だがカーズにはサングィニウスを害する気はなかった。

 かわりに〈闇夜の幽鬼〉は〈大天使〉に問いかけた。偽りの皇帝が自分たちを欺瞞によって操っていることは、超能力にすぐれたサングィニウスも悟っているはずだ、と。さらに、シグナス星系で大悪魔カイリスの誘惑をはねつけた理由も問うた。サングィニウスならばホルスに優る大元帥になれるはずだ、と。そして、このまま地球へ進撃すれば、大逆総旗艦〈ヴェンジフル・スピリット〉の中で、ホルスによって斃されることは予知しているはずだ、なぜその運命にあらがわないのか、と。

 サングィニウスはその問いかけに答えなかった。するとコンラッド・カーズはこの警告を拒絶するのなら俺を討て、とサングィニウスに自分の剣を渡そうとしたが、〈大天使〉はこれを拒み、忠誠派への帰参を改めてカーズに求めた。だがカーズは、いずれにせよ最後には渾沌しか残らないのだ、と絶望に満ちた言葉を吐いたという。おそらく全ての暗黒の未来を見通していたカーズは、サングィニウスが自分を斬り殺さないことを予知し、同時に、その予知がくつがえることを期待していたのだろう。

 カーズはその後、帰還したグィリマンとライオンによってマクラーグで捕縛され、その審問の場で重大な予知を明らかにする。曰く、〈闇夜の幽鬼〉は皇帝の派遣した暗殺者によって殺されるのだ、と。この予知を聞いたライオン・エル・ジョンソンは、カーズ処刑を止めた。〈闇夜の幽鬼〉の予知は常に正しいがゆえに、これこそまだ皇帝が地球で存命している証拠だと主張したのである。サングィニウスもまた、ホルスとの最後の戦いの幻視から、自分の運命は地球にあることを確信していた。地球救援、それが三人の総意となり、〈第二帝国〉の夢はここに終焉した。

 かくして、三人の総主長はカーズを引き連れて〈破滅の嵐〉突破を目指した。渾沌の勢力を打ち破りつつ進む中で、サングィニウスの苦痛に満ちた幻視は強くなるばかりだった。彼はやがてホルス叛逆の元凶の星ダヴィンに向かうことを主張するようになる。グィリマンとライオンは不承不承これにしたがったが、着いた途端に惑星を破壊するつもりだった。しかし、サングィニウスはダークエンジェル旗艦に囚われていたカーズを連れ出すと、単身、ダヴィン地上に降りてしまった。これにライオンは激怒し、〈大天使〉もろともダヴィンを破壊しようとするが、グィリマンに阻止されている。

 ダヴィン地上でホルスが渾沌の呪いに侵された神殿に立ち入ったサングィニウスは、突如として渾沌の門を通って出現した大悪魔マダイルの誘惑を受けた。渾沌にしたがえば、ホルスを失墜させて大元帥となり、皇帝からも一目置かれる存在になれるのだと。サングィニウスはこれに強く抗い、マダイルの軍勢と三つの兵団は渾沌の惑星で戦いを繰り広げた。

 精強な総主長と兵団の攻撃によってとうとう敗北した大悪魔は、渾沌の門を使ってサングィニウスを〈渾沌の領域〉に引きずり込もうとしたが、そのとき、〈第二帝国〉親衛隊の中で総主長の口として選ばれし者、名を捨ててただ〈布告者〉(ザ・ヘラルド)とだけ呼ばれる金兜のスペースマリーンが身を挺して総主長を逃し、自らは黄金の天使の姿に変わりながら〈歪み〉へと呑み込まれていった。愛する父のために殉教を遂げた彼は後に〈サングィノール〉という奇跡となって〈帝国〉へと帰還することになる。

予言の成就

 忠誠派の猛攻によって惑星ダヴィンが崩壊した後、そこには〈破滅の嵐〉をうがつ亀裂が残された。そこを進めば地球に向かえるはずだが、当然、ホルス軍の待ち伏せも予想された。そこで、グィリマンとライオンは陽動作戦をとって別方面に向かい、強く進撃を求めるサングィニウスが地球救援に向かうことになった。なおこのとき、コンラッド・カーズは休眠カプセルに入れられ、宇宙へ放逐されている。

 陽動は功を奏し、ホルス軍をかわしたサングィニウスとブラッド・エンジェル兵団が到着したとき、地球にいたのはローガル・ドルン、レマン・ラス、ジャガタイ・カーン、そして〈帝国〉摂政のマルカドールだった。このうち、ラスは単身ホルスと決着をつけるべく地球をあとにする。残った総主長たちは、話し合った結果、ドルンの提案を容れて要衝のベータ・ガルモン星系で、地球に向かって進撃するホルス軍を迎撃するべく出撃した。

 別名〈巨兵の死地〉(タイタンデス)と呼ばれたベータ・ガルモンの戦いは、大量の巨兵が投入された壮大な大戦闘となった。サングィニウス自身はサングィナリー・ガードたちとともにエンペラー級巨兵を打ち倒す戦果をあげたが、戦い自体はホルスの巧妙な戦法によって忠誠派の大敗となった。地球本土決戦は不可避となったのである。

 〈ホルスの大逆〉の地球最終決戦は、空前絶後の大会戦となった。大逆兵団と渾沌の信奉者、そして無数のディーモンが聖なる地球を蹂躙し、〈帝殿〉を打ち壊そうと押し寄せる中、サングィニウスの白き翼と黄金の鎧の気高い姿は、忠誠派諸軍のともすれば萎えかける士気を高揚させた。〈大天使〉は自ら剣をふるい、苦戦に陥る戦場へと駆けつけた。迫るデスガードの恐るべき姿に立ち向かう力を兵士たちに与え、単身でウォーロード級巨兵を討伐してアイアンウォリアー大逆兵団を撃退した。戦い続けるサングィニウスの幻視能力はこれまで以上に強まり、ついに忠誠派も大逆派も問わず、兄弟たる総主長たちの目を通して戦場を見渡すことができるようになった。遠く離れたライオン・エル・ジョンソンの存命も、アングロンが本拠惑星ヌケリアの滅亡を知ったことを通じてサングィニウスが感知したのだった。

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 だが、大逆軍の無尽蔵なまでの兵力によって、忠誠派は退却につぐ退却を余儀なくされ、ついに〈帝殿〉の中央、〈永劫の扉〉の前で最後の死闘が展開された。指揮をとるサングィニウスの前に現れたのは、昔日、シグナス・プライムで立ちふさがったコーンの大悪魔カ・バンダであった。今まさに玉座の間への大門が開かれようとしている最大の危機にあって、サングィニウスは恐れることなく大悪魔に立ち向かい、全身全霊の力を呼び起こしてその背骨を折り砕いた。敗れて〈歪み〉へと消えたカ・バンダだが、滅びることはなく、その後一万年にわたって、サングィニウスの息子たち、ブラッド・エンジェル兵団の宿敵として現れ続けることになる。

 激戦の最終盤、ホルスの総旗艦〈ヴェンジフル・スピリット〉のシールドが不可解にもダウンした。地球に向けて猛進する忠誠派が到着する前に、皇帝との決着をつけようとしたのだという説もある。この千載一遇のチャンスに、皇帝は近衛兵団を連れて敵艦にテレポートを敢行した。これに付き従った総主長はサングィニウスとローガル・ドルン、そして麾下のスペースマリーンであった。しかし、渾沌の魔界そのものである旗艦は、この決死隊をばらばらの位置に到着させてしまう。そして、最初に艦橋へとたどりつき、ホルスと対峙したのはサングィニウスだった。

 サングィニウスはついに自分の死の予言が成就するときが来たことを悟っていた。確実な死を前にしても、〈大天使〉は決してひるむことなくかつての親友、今は憎むべき大敵と化した男に立ち向かったのだ。

 渾沌の四大至高神から賜った膨大な力でふくれあがったホルスは、サングィニウスに最後に今一度、味方となるよう呼びかけた。サングィニウスは言下に拒絶し、壮絶な一騎討ちが始まった。サングィニウスの戦闘能力は抜きんでたものだったが、しかし、連戦に次ぐ連戦、特に大悪魔カ・バンダとの戦いがサングィニウスを消耗させていた。

 〈大天使〉を追い詰めたホルスは、自分を見放した彼への憎しみとありったけの悪意を振るって、サングィニウスを身も心も痛めつけた。そのサイキックはあまりにも強烈であったため、空間だけでなく、時間をも引き裂いて宇宙に鳴り響いた。サングィニウスが受けた途方もない苦痛は、時空を超えて彼の末裔たちの魂までも傷つけたのである。かくして〈黒き怒り〉の呪いはホルスによってブラッド・エンジェルたちに刻み込まれた。

 〈輝ける者〉は粉々に打ち砕かれて斃れた。だがその犠牲によって、皇帝はホルスのもとにたどり着く時間を得た。皇帝は、艦橋に無惨に倒れたサングィニウスの姿を見て、最も信頼した総主長ホルスが完全に堕落したことを悟った。その後に起こった悲劇的な結末については、すでに語られている通りである。

 サングィニウスの遺骸は、生き残った忠誠派によって崩壊する敵艦から運び出され、故郷惑星バールに戻された。そこで黄金の棺におさめられ、総主長を讃える巨大な像をそなえた墓所に安置された。

 内戦終結の後、サングィニウスは、その偉大なる犠牲によって大敵ホルスの打倒に貢献した総主長として、兄弟たちの誰にも増して尊崇される聖人となった。銀河じゅうで皇帝と並んでサングィニウスの像がとうとばれ、第41千年紀の今であっても、〈帝国〉全土でその偉業と献身をたたえて祝祭が開かれている。

 しかし、ブラッド・エンジェルのスペースマリーンたちにとっては、これは苦難の始まりであった。尊崇する指導者を失った衝撃を癒やす間もなく、ロブート・グィリマンの命令によって兵団は千人単位の戦団へと分割され、同胞の絆は寸断された。さらに総主長の死によって、一万年の後までブラッド・エンジェルをおびやかし続ける〈傷〉の呪いが顕在化した。シグナスの渾沌領域で、そしてホルスの旗艦で降りかかった〈黒き怒り〉は、狂気に陥ったブラッド・エンジェルの魂を、サングィニウスが死んだ当日の戦場へといざない、永久の激怒と苦痛に閉じこめるのである。そこから解放するすべは、戦場で斃れるか、ブラッド・エンジェルの処刑人の慈悲の刃を待つしかないのである。

 かくして〈大天使〉は斃れ、遺されたブラッド・エンジェルとその兄弟戦団は、父なる総主長の備えていた高潔さと勇気を保ちながらも、総主長より受け継いだ途方もない重荷を担う者たちとなった。第41千年紀の今、彼らほど信頼され、また恐れられるスペースマリーンはない。

「かの者らこそ〈大天使〉の息子、純血なる軍勢、人類の守護者なり。かの者らこそ御力、かの者らこそ貴人。かの者らこそがブラッド・エンジェルなり。汝ら知るべし。今日、かほどまでに忠良にして断固たる皇帝陛下のしもべは他にはないのだと」
至高卿バルドゥス・バエル


(了)

 


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