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『家本主審=ハズレ』⇒『家本主審=アタリ』の思い出

はじめに

「家本政明審判員が今シーズンでトップリーグ担当審判員から勇退」

この文字を最初に目にした時、素直にショックだった。と同時に不思議な感覚があった。応援しているクラブの監督でも選手でもない。“1人の審判が勇退”ということにショックを受けている自分自身を客観的に見ていると本当に不思議だった。

審判は常に中立の立場である。周囲から好かれることはほぼ皆無で基本的には負けたクラブの関係者(主にサポーター)から“あのジャッジは違うだろ!ふざけるな!”と八つ当たりされる。時には1つのジャッジが試合結果を大きく左右することもあるかもしれないが、そもそもサッカーは90分間で勝敗を決めるスポーツであり、たとえそのジャッジが間違いだとしても他の局面で挽回することが可能である。だから審判のジャッジが敗因になるようなことは絶対にないのだ。

2008年のゼロックス杯の記憶 〜鹿島vs広島〜

家本さんといえば多くの方が2008年のゼロックス杯を頭に浮かべると思う。私も家本さんの存在をしっかりと認識したのがこの試合だった。試合結果は2vs2、PK戦にもつれ込み広島が勝利を収めた。

この試合ではカードが乱発し(鹿島:イエロー6枚、レッド2枚 広島:イエロー5枚、レッド1枚)、大荒れの試合となった。今改めてハイライト映像等を見返すと、1つ1つのジャッジはそこまで誤審というほどでもないがゲームコントロールという観点では大きな問題があったのかもしれない。

とにかく家本さんはこの試合で“ハズレの審判”というレッテルを貼られてしまった。それから暫くはマリノス戦で「主審 家本政明」と知るとどこかガッカリしている自分がいた。“また荒れるのか”“頼むから余計なことするなよ”といったネガティブな感情を抱くようになっていた。

いつしか家本さんのファンに

あれは2014年、もしくは2015年あたりからだったか。Jリーグの試合を観ていると私はストレスを感じていた。とにかく試合がよく止まるし、選手が倒れるとすぐ笛が吹かれる。ブラジルW杯で日本代表が惨敗したこともあってなのか、世界との差を意識しながらJリーグを見始めたこの頃は主審のゲームコントロールへの不満が溜まっていた。

そんな状況のある日、マリノスの試合をゴール裏から見ていると家本さんのジャッジがその頃の他の主審とは明らかに違っていた。アドバンテージの取り方、笛を簡単には吹かない。『え?家本さんってこんなに良い審判だったっけ?』と思った。(※今思えば超失礼)

私はマリノスを応援しているのでマリノスの選手が倒れたときに笛が吹かれないと『クソッ!』と思う。でも同時に『まぁファールではないよなぁ』とも思ってた。“そうそう!この感じ!これがフットボールだよ!”と家本さんのファンになった。

しかしあまり大声では言えなかった。家本さんの世間のイメージはゼロックスのときの“ハズレの審判”で止まっているから。当時のマリノスのゴール裏も試合前のアナウンスで「主審 家本政明」と分かると一部サポからブーイングが起きたり、試合中に『家本!××!』とヤジが飛んだり。悪いイメージは早々変わらないんだなぁとつらく感じた。

ただ試合を終えてTwitterを開くと家本さんのレフェリングに対する好意的な声が多く挙がっていた。主にバックスタンドで観ているサポーターの声だ。『あ、しっかり観てる人は観てるんだな』とすごく嬉しい気持ちになった。そこから私は自信を持って家本さんの良いところを発信していった。“家本さんはアタリの審判だ”と。

ルヴァン杯決勝で見せた家本さんの技

先日のルヴァン杯決勝。名古屋vsC大阪の試合を私は2階席から観戦していた。マリノスサポーターの私はどちらを応援するわけでもなく中立の立場で1発勝負の決勝戦を楽しんでいた。主審は私の大好きな家本さんだった。

試合は2vs0で名古屋の勝利。見事な守備組織だった名古屋、最後まで諦めずにゴールを狙い続けたC大阪。ファイナルに相応しい見応えのあるゲームだった。

その試合後の帰路でふと思い出した。

『あ、そういえば今日の主審は家本さんだったわ』

個人的にコレこそが家本さんの最大の魅力だと思ってる。試合前に主審が家本さんと分かるとものすごく嬉しい。でも試合中の家本さんは全く目立っていない。主役はピッチ上の選手であり、ピッチ脇の監督である。“審判が目立つ試合はダメ”というのはサッカー界ではよく耳にするが、この正反対が“審判が目立たない試合がベスト”だと思う。家本さんは常にコレを追い求めていると思う。ルヴァン決勝でもやっぱりそうだった。『あ、好きで良かった』と心の底から思えた。

ただ1度だけこの試合中に家本さんの存在を把握したシーンがある。

そのシーンが前半32分、C大阪の乾選手が名古屋の宮原選手のドリブルを抱きかかえるように止めたシーンだ。2階席から観てて「イエローだな」と思った。(※解説の宮本さんも同意見であった) しかし家本さんはイエローカードを出さなかった。乾選手に近づき、いつもよりも丁寧に注意をしていたように見えた。“簡単にはカードを出さない”という家本さんの意思を感じたシーンだった。

ノーカードで試合を終えたことが素晴らしい、というわけではない。危険なプレーに対してカードを提示することでゲームをコントロールすることも必要だし、選手を怪我の危険性から守ることも審判に求められるスキルだと思っている。ただカードが出なければそれに越したことはないとも思う。

先述のシーンでの家本さんの対応は正しいかどうかは分からない。というより“正しいか間違っているか”の2択自体がナンセンスなのかもしれない。家本さんはレフェリングを行ううえで必ず存在する“グレーゾーン”を巧みに操り、目の前で繰り広げられるフットボールをより上質なものにするのが本当にうまいなと改めて感じた。

家本さんは先頭に立ち、率先して日本のサッカー界のレベルを引き上げようとしている。1人のサッカーファンである私もそんな家本さんを追いかけ続けたいと思う。

最後に 〜家本政明さんへ〜

家本政明審判員、長い間お疲れ様でした。私のサッカーの楽しみ方は“マリノスを応援すること”です。それは今も変わりません。でも家本さんの良質なレフェリングに出会ってから“審判の立場でサッカーを観ること”もサッカーの楽しみ方の1つになりました。本当にありがとうございます。

近年ではピッチ内だけでなくTwitterで際どいジャッジ等に対する説明など、中立の立場である審判にとってリスクが伴うことも沢山発信してくださりました。「全ては日本サッカー界の発展のため」だと私は勝手に感じています。

これからピッチ内で見かけることは無くなるかもしれませんが、引き続き日本サッカー界の発展に力を貸してください。本当に長い間お疲れ様でした!

(最終節の横浜FMvs川崎の主審は家本さんであってほしいなぁ。。。)