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2019大阪大学(文学部)/国語/第一問/解答解説

【2019大阪大学/国語(文学部)/第一問/解答解説】

〈本文理解〉
出典は山上浩嗣『パスカル『パンセ』を楽しむ』。『パンセ』の一節についての解説である。引用はいずれも『パンセ』から。
①段落。パスカルにとって、人間の自己愛の第一の特性は、欠陥だらけである自己の真実の姿を、自分にも他人にも隠すことであった。その他人が私の欠点を指摘してくれる場合、彼は公正であり、その指摘は私の益になるはずだが、私はそのようなふるまいに嫌悪感を抱く。私は彼が正義であるよりは、彼が不正であっても私を喜ばせてくれることを望むからである。パスカルは、このような私の悪を「自発的錯誤」(傍線部(a))と呼んでいる。(引用略)
②段落。私の「自発的錯誤」への欲求は、すぐに叶えられる。なぜなら、相手もまた嫌われるよりは、私に好かれるほうが心地よいからだ。正直に本音を告げて相手を不快にするより、世辞でその場をしのぐほうが心理的な負担も少ない。(引用略)。
③段落。また同じように、私も他者に対して、その真実の姿を暴きたてたりはしない。とりわけ相手が目上の人や権力者である場合は、私は相手の気分を害さないように細心の注意を払う。相手のことを考えれば、ときには言動を矯正してやることも必要なはずなのに、私は相手をもっぱらほめそやし、うまく取り入って、あわよくば身分や富の保証を得ようとする。こうして、高位者であればあるほど、それだけ多くの人々の阿諛追従を浴び、決しておのれの真実の姿を見つめることはない。(引用略)
④段落。したがって、私と他者は相互に錯誤を求め、与え合っている。第一に、私は自分をだましてくれる他者のおかげで、自分の欠陥を直視せず、美化された姿を真実だと思いこむ。第二に、私も同様に、他者の短所には目をつむり、相手に自分が実際以上に優れた存在だと思いこませる。このとき、私も他者も、互いに相手に感謝し、それに報いようとさえするが、実は両者とも、そのようにふるまうのは、「相手の益ではなく、自分の益のためにすぎない」(傍線部(b))。(引用略)。
⑤段落。人々は互いに相手の偽りの姿を信じこませようと努める。社会生活を成り立たせているのは、このような普遍的な相互欺瞞である。だが、この共同幻想はきわめてもろいものである。なぜなら、私はAの前ではAをほめるが、A以外の人物の前では、つい油断してAの欠点について語るからだ。それは即座にAに伝わり、相互欺瞞が破綻する。
⑥段落。ところで、その私の本音は、単なる悪口ではなく真実を含んでおり、本来ならAが聞き入れればAの益になるはずのものである。だが、Aは私に感謝するどころか敵意を向ける。真実はこうして共同体の秩序にひびを入れる。(引用:つまり人間は、自分自身に対しても、他人に対しても、偽装、虚偽、偽善にほかならない。だから、人から真実を言われることを望まないのであり、他人に対しても真実を語らない。「正義と理性からかくも隔たったこのような傾き」(傍線部(c))はすべて、人間の心に生来根ざしているのである。)
⑦段落。人間の邪悪なありようを描くとき、パスカルの筆はひときわ冴えわたる。「崇高なる人間嫌い」(ヴォルテール)と呼ばれるゆえんである。

〈設問解説〉
問一 (漢字)
(1)負担  (2)矯正  (3)破綻  (4)秩序  (5)崇高

問二 「自発的錯誤」(傍線部(a))とは、どのようなことをいうのか、わかりやすく説明しなさい。(五行:一行30字程度)

内容説明問題(部分要約)。傍線部を一文で見ると、「…このような私の悪を「自発的錯誤」(傍線)と呼んでいる」とあるから、傍線を「自ら進んで誤ること」と捉え、「このような」の指示内容(①段落)からどう「誤る」のかを具体化すればよい。これに加え、②段落「私の「自発的錯誤」への欲求は、すぐに叶えられる」以下も「自発的錯誤」を説明する補足事項として踏まえる。
以上の内容を整理して示すと、「人間は自己愛ゆえに、欠陥だらけの自己の真実の姿を自他に隠す特性がある」(①段冒頭/前提)→「これに対し、他人がその欠点を指摘することは自己の益なる」(①段2文)→「だが、自己は不正であっても喜ばせてくれることを望む」(①段3文)→「よって、他人も自己を不快にし関係を壊さないように欠点を指摘しない」(②段内容)→「こうした他人の配慮により助長され(②)/自己が進んで自己を偽り認識すること(傍線)」(帰結)となる。これを「前提A→前提B→帰結」とまとめる。

<GV解答例>
人間は自己愛ゆえに、欠陥だらけの自己の真実の姿を自他に隠す傾向がある。これに対し、他者がその欠点を指摘することは自己の益になるはずだが、自己は虚偽であろうが快楽を望むので、他者も相手を不快にし関係を壊さないように真実を指摘しない。こうした他者の配慮により助長され、自己が進んで自己を偽り認識すること。(150)

<参考 S台解答例>
自己が隠している欠点を他人が見ぬいて、それを指摘してくれる場合、その指摘は公正なものであり、また自己の益にもなるはずだが、他人が公正に自身の欠点を指摘する正義のふるまいに嫌悪感を抱き、他人が不正であっても自己を喜ばせてくれることを望むという、進んで真実を拒もうとする人間の認識のあり方。(143)

<参考 K塾解答例>
人間は誰もが完全無欠ではなく必ず欠陥を抱えもつが、この真実を自ら認めようとせず、他者からも隠そうとする自己愛をもつ。それゆえ、欠陥のある自己という真実を認識し改める契機ともなる他者からの指摘を嫌悪し、指摘し合って不快になるよりも、その場しのぎの応対で誤魔化すことを選ぶという誤りを犯すこと。(145)

問三 「相手の益ではなく、自分の益のためにすぎない」(傍線部(b))とは、どのようなことをいうのか、本文中で述べられている「益」には二通りの意味があることをふまえながら、わかりやすく説明しなさい。(五行:一行30字程度)

内容説明問題(部分要約)。設問の要求に沿って、二通りの「益」を特定すると、③段落の内容を承ける引用の中にある2つの「益」となるだろう。引用部では、君主とそれに仕える人々の関係において、その真実の姿(欠点)を指摘することは「相手に益をもたらす」(X)が、そこに仕える人々は「自分の益」(Y)を尊重するので、自分が損をしてまで相手に益を与えようと考えない、とある。さらにこの引用部をリードする③段落には「とりわけ相手が目上の人や権力者である場合」とあり、逆に言うと、XYの「益」は「王/臣下」のような上下関係に顕著であっても、それに限らないということになる。
そこで「本文中に述べられている「益」」(設問)を広く見て、引用部のXYを発展させる。Xについては、①段落「他人が私の欠点を見ぬき、それを指摘してくれる場合…その指摘は私の益になるはず」、⑤段落「私の本音は…真実を含んでおり、本来ならAが聞き入れればAの益になるはず」と対応する。ここからXを「欠点を指摘することでもたらされる本来的な益」とする。Yについては、③段落「相手をもっぱらほめそやし、うまく取り入って、あわよくば身分や富の保証を得ようとする」、②段落「嫌われるよりは…好かれる方が心地よい/本音を告げて相手を不快にするより、世辞でその場をしのぐほうが心理的な負担も少ない」と対応する。ここからYを一般化した形で示すと、「欠点を指摘しないことでもたらされる/相手に嫌われず良好な関係を保つという点での益」とする。これにXの「本来的」と対比させ「虚偽的」という要素を加える。さらに、X「利他的」/Y「利己的」という対比を加えておくと傍線につなげやすい。
以上の二通りの「益」を踏まえ、傍線を説明する。傍線の主部にあたる「両者とも、そのようにふるまうのは」を、同④段落の内容に沿って具体化すると「自他は相互に相手の欠点の指摘を避ける傾向があるが、これは」(S)となる。これも解答に繰り込み、「欠点の指摘は利他的で本来的な益」(X)→「指摘を避けるのは…利己的で虚偽的な益」(Y)→「この観点から/Sは/相手への配慮に見えるが/実は利己的な動機に基づく」とまとめればよい。

<GV解答例>
他人の欠点の指摘は利他的で本来的な「益」をもたらすのに対し、その指摘を避けることは、他人の気分を害さずそれとの良好な関係を保つという点で、利己的で虚偽的な「益」をもたらす。この観点から、自他は相互に相手の欠点の指摘を避ける傾向にあるがこれは、他者への配慮に見えて、実は利己的な動機に基づくということ。(150)

<参考 S台解答例>
「益」には、真実の姿を公正に指摘し、本人のためになる真の益と、相手の短所を公正に指摘せず、うまく取り入って、自身が実際以上に優れていると思い込ませることで、身分や富の保証さえ得ようとする虚偽の益とがあり、自他間の相互錯誤のふるまいは、前者の益を求めるものではなく、後者の益を求める利己的なものであるということ。(155)

<参考 K塾解答例>
相手の不興を買ってでも真実をきちんと指摘し自ら認識する機会を与えることは相互の利益になるはずだが、実際には相手を不快にし、自らの利益も損なわれるため、真実を覆い隠し美化することで、相手は自己を欺くことができ感謝するほどに喜ぶだけではなく、自分もまたそれによって自らの利益を計ることができるということ。(150)

問四 「正義と理性からかくも隔たったこのような傾き」(傍線部(c))とあるが、この「傾き」とはどのようなものか、またそれはなぜ「正義と理性」から隔たっていると見なされるのか、わかりやすく説明しなさい。(五行:一行30字程度)

理由説明問題(部分要約)。「傾き」(S)の指摘については、指示語「このような」に従い、前文「人から真実を言われることを望まないのであり他人に対しても真実を語らない」を根拠に、全文で繰り返される内容を踏まえ一般化して示す。「人間には/生来の自己愛ゆえに/自分の欠点を指摘されることを拒み/その代わりに他人の欠点を指摘しないという傾き」(S)とする。そのSが、「正義」と「理性」から隔たっている理由を、それぞれ指摘する。
「正義」については、①段落「それ(欠点)を指摘する場合、彼は公正であり/私は彼が正義であるよりは、彼が不正であっても、私を喜ばせてくれること(欠点を指摘しないこと)を望む」を踏まえる。そして、Sは「欠点があれば指摘し正すという「正義」の原則に背反する(→よって「正義」から隔たる)」(R1)とまとめる。
「理性」については、引用文と区別した場合の本文に直接的な言及はない。そこで、「理性とは隔たるあり方」を暗示しているであろう箇所を特定する。本文は、各段落の後にパスカルによる引用文を配し、前段の内容を引用文で確認する形で展開している。ただ、⑤段落には後に続く引用文はなく、「ところで」から始まる⑥段落に続き、その後に傍線部のある引用部があるという形式になっている。⑤⑥段落は「相互欺瞞による共同幻想の成立と破綻」について述べており、内容的にも一つのまとまりと見てとれる。これより、⑤⑥段落を参照箇所と定め、理性の語義(=筋道を立てて考える能力)を踏まえ、Sが理性から隔たる内容(理由)を指摘するとよい。まず⑥段落「(欠点への指摘を)Aは私に感謝するどころか、敵意をむける」(X)という箇所、また⑤段落「共同幻想はきわめてもろい…なぜなら、私はAの前ではAをほめるが、A以外の人物の前では、…Aの欠点について語るからだ。それは…Aに伝わり、相互欺瞞が破綻する」(Y)という箇所を参照する。以上より、Sは「欠点への指摘に憎悪を向け(X)/また第三者を介して欠点を知る結果になるという帰結を予期できないという点で(Y)/「理性」的態度とも言えない(→よって「理性」から隔たる)」(R2)とまとめる。設問要求に則り、はじめに「傾き」を定義して、それがR1R2であるから(→「正義と理性」から隔たる)と仕上げるとよい。

<GV解答例>
人間には、生来の自己愛ゆえに、自己の欠点を指摘されることを拒み、その代わりに他人の欠点を指摘しないという傾きがある。これは、欠点があれば指摘し正すという「正義」の原則に背反し、欠点への指摘に憎悪を向け、また第三者を介して欠点を知る結果になるという帰結を予期できない点で「理性」的態度とも言えないから。(150)

<参考 S台解答例>
「傾き」とは、普遍的な相互欺瞞に基づいて、共同幻想としての社会生活を成立させるため、互いに真実を言われ語ることを望まない傾向を持つことであり、それは他者の欠点を公正に指摘する正義や、その公正さが真の益になると理解する理性とは異なり、偽装、虚偽、偽善によって他者に好かれる心地よさを感情的に求めるものであるから。(155)

<参考 K塾解答例>
面前する相手が抱える欠陥を隠し偽り合うという人間生来の「傾き」によって、社会には平穏な秩序が築かれるかに見えるが、不在の他者への真実の告発を契機として友情が破綻するように、この共同性は脆く、決して正しく社会を維持するものではないし、真実の自己と向き合い考える真摯な姿勢が欠落しているから。(144)

〈着眼点まとめ〉
二.広い指示語の具体化(部分要約)。
三.例の一般化/二つの「益」の対比的把握。
四.「二方面」の理由/参照箇所の特定。

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