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2019筑波大学/国語/第一問/解答解説

【2019筑波大学/国語/第一問/解答解説】

〈本文理解〉
出典は佐藤健二『ケータイ化する日本語──モバイル時代の “感じる” “伝える” “考える”』。
①段落。家や職場の机の上にある電話を「あえて「固定電話」というようになった」(傍線部(1))のは、さていつ頃からであろうか。この用語は、おそらく「移動体通信」という、こなれない日本語と同じくらいに新しい。

移動体通信と固定電話
②~⑤段落。「移動体通信」は、たぶん通信行政の現場で工夫された新しい専門用語である。定義としての「移動体」は、交信の片方または両方の「端末機器」が通信線につながれていないことをゆるやかに意味し、使い手が使う場所を自由に移動できるような通信手段を指す。ここで私が論じてきたケータイも、そうした移動体通信のひとつである。あらためていうまでもなく「移動」を実感してはじめて、「固定」というわずらわしい形容詞が、すでに使い慣れていた電話に付け加えられた。だからケータイのモバイル性において、固定された一定の場所との関わりが薄まったと論じられる事実を、ただただ「いつでもどこでも自由につながるようになった」という能天気な理解で漠然と片付けてよいかどうかには、議論の余地がある。その「自由」の評価には、後から構成された要素が混じっているからである。固定電話は電話線に制約されていた。では、ずっと固定されていたのかというと、そうでもない。日本の家庭の固定電話は、玄関から居間へと移動し、さらには各人の個室へと分裂していった。この局面については、すでに『メディアとしての電話』(吉見俊哉ほか)に先駆的な考察があるが、私もこの現象を素材にしつつ、電話の移動の問題を考えてみたい。あらためて論述の行き先を示しておくけれど、光を当ててみたいのは、移動の便利ではなく、じつはそこに埋め込まれている「他者の存在感の変容」であり、「その希薄化と断片化」(波線部)である。

玄関にあった電話から居間への移動
⑥⑦段落。かつて電話が置かれていた「玄関」は、なるほど外部との境界であった。そして1970年代後半から起こった、家族共同体内部への電話の移動侵入は、電話の日常化に裏打ちされた浸透であると同時に、「電話の特定の場所の結びつきの解体、すなわち電話の偏在化」(吉見ほか)であった。「…そしてさらに、親子電話やコードレス電話の普及とともに、電話は両親の寝室や子どもの部屋にも置かれ、家族の各々の成員を直接、外部社会に媒介するようになるのである」(同上)。外部社会との境界領域という意味づけの指摘は、その通り正しい。また各々の成員の個室に置かれるようになった電話が、個と外部とを直接に結びつけるようになった変化も重要であろう。「ただし電話での会話を支える意識が、「家から出て」いく方向のものであったかの記述には、まだ検討の余地がある」(傍線部(2))。電話をかける側と、受ける側とでは、異なる意識の方向性を持つだろう。なによりも「回線上の場」が、家から出た外部の空間として、本当に「共有」されているのかどうか。共有されているとしても、どの範囲での共有現象なのか。その内実が問われなければならない。
⑧~⑫段落。指し示す方向の微妙なちがいだが、家の中に存在している身体にとって、「家から出る」というよりも「家に招き入れる」という受容の意識のほうが強かったのではないか。しかも電話を通じて迎え入れられた他者は、家族共有の空間であるはずの居間に落ち着くことができず、それぞれの居場所である個室へとすぐに分解してしまった。なぜ電話は居間へと移動しながらも、すぐに個室へと分散してしまったのか。第一に電話が招き入れたのが「二次的な声」(身体から直接発されない声)だけの見えない訪問者だったからである。それは家にいる誰からも見えない。そして受話器を持つ一人以外の、誰にも話しかけようとしない。まさに「共有されにくいバーチャルな訪問者であった」(傍線部(3))。そして第二に、電話空間は、回線上の身体と現実の身体との亀裂・分断を抱えこんでいる。その構造化された亀裂こそが、逆説的ではあるが、玄関から家屋内部空間への電話の進出を支えた、といえる。

声だけの他者と声だけの応対
⑬段落。すなわち、居間への電話の移動と個室への分裂は、家のなかに住まう身体の変容を表象し、その個体化を予言している。一見、「利便」の問題だけのように思われている電話の移動は、じつは、都合よく抽象化され、存在意義を制限された他者の受容形態であった。すなわち、声によって構築されうる親密なリアリティの世界と、ローカルな対面関係が伴わざるをえない視覚的な相互性からの切断とを、まさに二つながらに受容した結果である。
⑭~⑲段落。どういうことか。電話を通じて声だけの訪問者がやってくる。その対応に、視覚はまったく関わらない。だからこそ、双方ともにどんな格好であろうと構わない。相手のお宅への現実の訪問であれば、それにふさわしい正装が必要であった。…訪ねられたほうは、もちろん「普段着」で構わない。しかしながら、突然の来訪だとしても、まさか「寝間着」で応対するわけにはいかない。…ところが、電話空間においては、そうした配慮がまったく必要でない。電話回線上の訪問や応接は、その電話空間の内部だけで成立し、その局面だけで完結する。だから視覚による「礼儀」や事前の「配慮」の相互審査から、電話空間は徹底して自由である。だから切り離された声だけの時空で来客と親しく、あるいはフォーマルな丁寧さにおいて対話できる。声でのふるまいが、身なり身ぶりとの整合性から離れていくことになった。

〈設問解説〉
問一 「あえて「固定電話」というようになった」(傍線部(1))とあるが、なぜそうなったのか、述べよ。

理由説明問題。「~になったのは/いつ頃から」か、と続くので「時」を指摘すればよい。ズバリ根拠になるのは、③段落冒頭「「移動」を実感してはじめて、「固定」というわずらわしい形容詞が、すでに使い慣れていた電話に対して付け加えられた」(A)である。「「移動」の実感/「固定性」の意識」は、「移動体通信」の登場と普及によって与えられた(B)(②)。これに「移動体通信」についての定義(②)を加えて、「片方か双方の端末が通信線につながれていない「移動体通信」が普及し(B)/使い手が自由に移動できるようになったことで、従来の電話の固定性が意識されるようになったから(A)(→「固定電話」というようになった)」とまとめる。「移動体通信」の登場前は、「家電(いえでん)」がデフォルトであり、その「固定性」など意識に上りようがなかったのである。

<GV解答例>
片方か双方の端末が通信線につながれていない「移動体通信」が普及し、使い手が自由に移動できるようになったことで、従来の電話の固定性が意識されるようになったから。(80)

<参考 S台解答例>
自由に移動しながらの通信を可能にする端末機器が普及したことで、有線でつながれ一定の場所に固定された従来の電話をそれらと区別する名称が必要になったから。(75)

<参考 K塾解答例>
電話線に固定されない携帯電話を自由に移動しながら使用するなかで、特定の場所と結びつけられた従来の電話機の固定的な性質を、その特性として改めて強く意識するようになったから。(85)

問二 「ただし電話での会話を支える意識が、「家から出て」いく方向のものであったかの記述には、まだ検討の余地がある」(傍線部(2))とあるが、著者はどうして「検討の余地がある」と考えているのか、述べよ。

理由説明問題。「検討の余地がある」(G)のは、吉見らの「記述」(S)に、何か暗黙の前提とされている盲点があり、それは決して自明とは言えないからである(R)。あとは、その「記述」(S)を具体化した上で、その何が盲点なのか(A)を指摘すれば足りる。Sについては、傍線部のある⑦段落の承ける直前の引用を参照して、「固定電話が居間から個室に移動し、成員を外部へと直接媒介するという記述」とする。
Aについては、傍線後の3文を参照し、「電話のかけ手と受け手が同じ方向意識を持ち、外部の回線空間を共有することを前提とする」とまとめる。以上より答えの流れは、「S→A→R(→G)」となる。「検討」した事後の観点(⑧段落)から解答を構成するのは反則であろう。

<GV解答例>
固定電話が居間から個室に移動し、成員を外部へと直接媒介するという記述は、電話の掛け手と受け手が同じ方向意識を持ち、外部の回線空間を共有することを前提とするが、自明とは言えないから。(90)

<参考 S台解答例>
電話が個と外部を直接結びつける際、家の中で電話を使う者にとっては、「家から出て」会話の相手と外部における共有空間を持つというよりも、相手を「家に招き入れる」という意識の方が強かったと筆者は考えているから。(102)

<参考 K塾解答例>
著者は、個と外部を結びつける固定電話のありようを考察する際に、家の中にいる者が「家から出る」という意識ではなく、むしろ会話の相手を「家に招き入れる」という意識にこそ着目すべきだと考えているから。(97)

問三 「共有されにくいバーチャルな訪問者であった」(傍線部(3))とあるが、「バーチャルな訪問」とはどのようなものか、述べよ。

内容説明問題。傍線は「なぜ電話は居間へと移動しながらも…すぐに個室へと分散してしまったのか」(⑨段落)の問いに対する、筆者による「第一」の解答の中にある(⑪段/「第二」は⑫段)。傍線を含む一文の構文は、「(Aは)/まさに/バーチャルな訪問者(B)/であった」(A=B)となるので、Aにあたる傍線直前の3文(…。それは…。そして(話題の継続)…。)を参照する。設問が「バーチャルな訪問」を問うていることに留意し、「訪問」の主体「電話先の相手」が、その客体「(家の中にいる者のうちで)受話器を持つ者(だけ)」に、「「二次的な声」=身体を伴わない回線上の声により語りかけるもの」(B)とまとめる。
これに加え、⑨~⑫のパートを空白行を挟んで「すなわち」で承ける⑬段落から、「声によって構築されうる親密なリアリティの世界」を拾い参照して、Bからつなげて「~語り、親密なリアリティをもたらすもの」とまとめ直す。下の解答例を比較すると、たくさん書くこととその内容の充実が必ずしも比例するわけでないということが分かると思う。

<GV解答例>
家の中にいる身体を備えた存在のうちで、受話器を持つ者だけに、電話先の相手が、身体的な情報と切り離された回線上の声のみにより語り、親密なリアリティをもたらすもの。(80)

<参考 S台解答例>
現実の身体としての存在が訪問するのではなく、視覚的要素をまったく持たずに家にいる誰にも姿が見えないまま、回線を介して電気的に変換された、身体から発せられた声とは異なる声だけによって、傍らにある人たちとは関わりを持たず受話器を持つ人だけに直接話しかけてくる形で家の中に入りこんでくるもの。(143)

<参考 K塾解答例>
生身の人間が現実に訪問する場合とは異なり、電話回線上において、一切の視覚的要素を伴うことなく、身体からの声そのものではない、回線を通した声だけで成り立つ訪問で、家にいる誰からも見えず、ただ受話器を持つ人だけに話しかけてくるもの。(114)

問四 「その希薄化と断片化」(波線部)とはどのようなことか、文章全体を踏まえて説明せよ。

内容説明問題(主旨)。まず波線のある⑤段落を確認する。筆者はここで、「電話の移動の問題」(玄関→居間→個室)(A)を考える上で、あらかじめ「論述の行き先」を示すとし、「光を当ててみたいのは、移動の便利ではなく、じつはそこに埋め込まれている「他者の存在感の変容」であり、その希薄化と断片化である」としている。ここから、「電話の移動」(A)と「他者の希薄化と断片化」(B)(波線)が対応したものであることが分かる。どう対応しているのか。
「他者の希薄化と断片化」(B)についての直接の説明が、空白行で区切られた最終パート(⑬~⑲)にあることは見やすいだろう。その冒頭で「居間への電話の移動と個室への分裂は(A)/家の中に住まう身体の…個体化を予言している」とあることから、Aは住まう自己の個体化を進めるものである。その個体化と呼応して(C)、「存在意義を制限された他者」(B)が受容されるのである(⑬段2文目)。Bのうち「他者の希薄化」(自己と異なる他者としての存在感が薄まること)の説明は、「その(声だけの訪問者の)対応に、視覚はまったく関わらない(⑮)/双方の勝手気ままが許される(⑰)」を参照し、「電話空間の他者は/身体の視覚を伴わないことで/勝手気ままが許される存在となる」(B1)とする。「他者の断片化」(自己と異なる他者の存在感が部分的になること)の説明は、「声でのふるまいが、身なり身ぶりとの整合性から離れていくことになった(⑲)/切り離された声だけの時空で来客と親しく…(⑱)」を参照し、「~他者は/身なり身ぶりから離れて/声だけで配慮する存在となる」(B2)とする。以上より、「Aの私的空間化と呼応し(C)、電話の他者はB1、B2」とまとめる。

<GV解答例>
固定電話が外部との境界であった玄関からより私的な空間である居間へ、さらに個室へ移動したことと呼応して、電話空間に現れる他者は、現実の身体の相互の視覚を伴わない、自他の勝手気ままが許される存在となり、身なり身ぶりから離れて声だけで配慮する存在となったということ。(130)

<参考 S台解答例>
携帯電話が電話を移動可能にしたのに先立ち、家庭の固定電話の置き場所が玄関などから各人の個室へと移動したことは、会話する者同士が空間を共有するのではなく、むしろ互いの身体をそれぞれの私的空間に置いたまま、現実に対面する際に必要な視覚的相互性に伴う礼儀や配慮ぬきに、声だけの存在となった他者と親密に対話できるという、電話がもたらす他者の存在感の変容を示すということ。(181)

<参考 K塾解答例>
携帯電話が普及する以前、家庭の固定電話は、玄関から居間へ移動し、各人の個室へと分散するなかで、現実の空間との結びつきを弱め、個と外部を直接結びつけるようになっていく。その背景には、声だけの目に見えない相手と、実際に相手と対面する際の礼儀や態度を気にせず話すことができるという、電話というメディアがもたらした、他者の存在感の変質があるということ。(172)

〈設問着眼点まとめ〉
一.「~になったのは/いつ頃か」→「時」の把握。
二.「検討の余地」→「前提が自明でない」。
三.「バーチャル」の語義/「訪問」の主客。
四.本文構成の把握/「二方面」の問い。

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