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欲張り人生、喜ばせ人生

2019年、ラグビーワールドカップが
日本で行われた際に、参加国の国歌
(ナショナル・アンセム)を、その
国の言語で試合前に歌うという
「おもてなし」が話題になったのは
記憶に新しいところ。

英語ではない言語で、ほとんど馴染みの
ない歌を歌うのだ。
相当懸命に練習しないことには、
大勢の歌声が合わさるのは難しいはず。
それを各地、各スタジアムで成し遂げた
人たちの心温まる歌声は、決戦を前に
控えたラガーメンたちにとって、
それはそれは心強い応援歌であったに
違いない。
最初にその様子を観たときは、私も
胸が熱くなったのを覚えている。

このムーブメントを仕掛けたのが誰か
ということにまで、当時は全く関心を
寄せていなかったのだが、なんと、
元日本代表主将の廣瀬俊朗氏がその人
だったということを今更ながら知った
のが昨日であった。
「スクラム・ユニゾン」という名前の
ユニットを組んで活動し、この壮大な
「おもてなし」を仕込んでいらした。
企画も勿論素晴らしいが、何より実行
力が半端ない。

なぜ昨日知ったのかと言えば、
先日ここにも書かせてもらった
小杉俊哉先生
の主催で、小杉さんと
廣瀬さんの対談企画が行われたのが
昨日だったからである。
タイトルが、
「元ラグビー日本代表キャプテンから
 学ぶ 越境キャリアの歩み方」
というもの。

5歳からラグビーを始め、現在に至る
までの歩みを、当然ラグビーを軸に
据えつつも、様々な岐路で一体何を
考え、どんなことを大切にし、どう
行動して来たのかを、とても明るく
楽しそうに語っていらした。

文武両道、という言葉があるが、
彼はそれを地で行くだけでなく、
働も、芸も、遊も、言葉は悪いが
「欲張って」全部の道を進み、
そしてそれらがうまくかみ合って
全てをうまいこと成功させている、
そんな印象を持った。

学生時代から、ラグビーの実力で
一目置かれ続けた。
慶應義塾大学理工学部卒業で
東芝に就職。
30歳で日本代表主将を務め、あの
2015年ワールドカップで奇跡と
言われた南アフリカ戦の勝利に
貢献。

その後、ラグビーを引退してからが
彼の真骨頂かもしれない。
廣瀬さんというと、ワールドカップ
直前に日曜劇場で放映していた
『ノーサイドゲーム』
の浜畑譲役で話題をさらった。
そう、役者というフィールドに挑戦
したのである。
そして、先のナショナル・アンセムの
プロジェクトに関わってみたり、
この10月からは、ニュースゼロで
キャスターにも挑戦している。

更に驚いたのは、現在大学院に通い、
「良いキャプテン」をどうやったら
定義できるのか、本質を掴むことが
できるのか、その研究で博士号の
取得に挑戦しているというのである。

一体何が彼を駆り立てるのか。
話を伺っていて感じたことは二つ
ある。

一つは、自分が今何をやるべきか、
常に俯瞰して考えるクセ付けができて
いるということ。
そして、そのカギは、自分の考えを
頻繁に言語化しているところにある
のでは、ということだ。
自分の考えを言語化し、それを反芻
することで、自己効力感を高めると
共に、モチベーションも上げている
ように思われた。
そして、自分の立ち位置を客観的に
捉えて、どうすればうまく行くかと
いうことを常に冷静に判断しながら
動いているところも垣間見えて、
さすが日本代表主将ともなると違う
なぁ、としみじみ感じた次第。

もう一つは、人を喜ばせる、人と
一緒になって盛り上がることが好き
なのだろうということ。
利他の精神がとても強い人なのでは
ないかと感じたのだ。
ご両親の教育の賜物だと思うが、
周りを楽しませよう!という
サービス精神が旺盛なのである。
こういう人は、周りも放っておかない。
つい応援したくなる、そういう人柄を
お持ちなのである。

彼の真似をするのが良いかどうかは、
自身の人生の目的や、現在の状況に
よって変わってくるので、闇雲に彼を
参考にすべきだとは思わない。
しかし、彼の持つ習慣と人柄は、参考
と言わず、是非とも実践すべき示唆を
含んでいると言ってよい。


己に磨きをかけるための投資に回させていただき、よりよい記事を創作し続けるべく精進致します。