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「アニソンはあらゆる音楽を吸収する」神前暁が語る、アニソンの引力

『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』『物語』シリーズ……。アニメファンでなくとも一度は名前を聞いたことがあるであろうこれらの作品で音楽を担当しているのが、神前暁(こうさき・さとる)さんだ。

2000年代にアニメ音楽の領域で仕事を始めて以降、数々の大ヒット作品で主題歌や劇伴などを担当し、「アニソン界の至宝」と呼ばれるまでになった。

そんな神前さんに、アニソン制作における音作りのこだわりや、高品質な再生環境におけるアニソンの聴こえ方の違いについて伺った。

<取材・編集:小沢あや(ピース株式会社) 構成:山田宗太朗

神前暁さんプロフィール>
2000年代以降のアニソン・アニメ劇伴を代表する作曲家、編曲家。洗足学園音楽大学音楽・音響デザインコース客員教授。『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』『物語』シリーズなど、数々の大ヒットアニメの音楽や映画の劇伴を担当。

アニソンとは、いろんな音楽を吸収しながら発展するもの

神前さんのファーストキャリアは、ナムコ(現・株式会社バンダイナムコエンターテインメント)のサウンドクリエイター。当時は『鉄拳』『ことばのパズル もじぴったん』『THE IDOLM@STER』などゲーム音楽を担当していた。2005年にナムコを退社後は、サウンド制作会社・MONACAに所属。テレビアニメのBGMとして初めて担当した『涼宮ハルヒの憂鬱』が大ヒットし、涼宮ハルヒ役の平野綾が歌う劇中歌『God knows…』(’06)はオリコンチャートでも上位にランクインするなど注目を集めた。


翌年の『らき☆すた』では、OP主題歌『もってけ!セーラーふく』(’07)がオリコン最高2位を記録し、アニソン業界で神前さんの評価は確たるものになった。

こうしたキャラクターソング(声優や俳優などが、アニメ作品などで演じた役柄として歌う曲のこと)が定番化したのは2000年頃からだという。

「決定的だったのは『魔法先生ネギま!』の主題歌としてシングルリリースされた『ハッピー☆マテリアル』(’05)だと思います。ネットを中心に、ファンの間で『このシングルをオリコン1位にしよう!』という動きがあったんです。キャラソンが一般的な認知を得たのはこの頃で、同時期に僕もアニメソングの世界に来ました」

アニメがさらに広く愛されるようになるとともに、作品に使われる音楽も多様化していった。今や「アニソン」と言っても、ロックもあればヒップホップもあるし、バラードやジャズ、R&B、EDM、テクノやハードコアなどさまざまで、『もってけ!セーラーふく』のようにジャンルを特定しづらい音楽も多い。

「『アニソンかくあるべし』というものはないんです。なぜなら、アニメに使われていればそれはアニソンになるから。つまり、幅が非常に広いんですね。言い方を変えれば、アニソンとは、いろんな音楽を吸収しながら発展していくものだと言えるでしょう」


「調和の職人」神前暁

作曲家としての神前さんの特徴を一言で表すなら、「調和」という言葉がふさわしいかもしれない。

花澤香菜が歌う『化物語(なでこスネイク)』OP主題歌『恋愛サーキュレーション』(’09)では、渋谷系ラップに「萌え」の要素を掛け合わせ、女性声優ラップのアンセムを作り上げた。のちにアニメの枠を飛び越えてNHK Eテレの育児系番組で使用されたり、海外のシンガーに英語カバーされてTikTokでバズったりするなど、発表から10年以上経った現在もなお、世界中で愛されている。


また、井口裕香が歌う『偽物語(つきひフェニックス)』のOP主題歌『白金ディスコ』(’12)では、ディスコに尺八や琴といった楽器を組み合わせ、自身が「和ディスコ」と呼ぶ中毒性のある楽曲に仕上げた。


神前さんはこのように、遠くにありそうな複数の要素を丁寧に構築し、調和させることを得意としている音楽家だ。

「基本的に自分は職人タイプだと思っています。自分のスタイルというよりは、その作品が求めるベストを出すことを昔から考えてきました。キャラソンを作る時は、そのキャラクターを象徴するような曲、そのキャラクターが歌っていることに説得力のある曲を目指します。同時に、どんな切り取り方をすればそのキャラクターの魅力が伝わるのかを考えるんです」

レコーディング時の化学反応で、曲が本来持っていた魅力を理解する

神前さんのキャリアは、2020年に作曲家デビュー20周年を迎えた。音作りにおいてもっとも楽しいと感じる瞬間は、今も昔も変わらず、レコーディングだという。

「自分の想像を超えるプレイや歌唱が出てきて曲の情報量が増え、化学変化が起きる。その過程がいちばん面白いですね。『God knows…』の時は、”宇宙人の高校生の女の子が弾くフレーズなのでバカテクです。めちゃくちゃ難しくてカッコ良いフレーズにしてください”と説明したら、あのギターのイントロになったんです。あまりにもすごいテクニックで、あっけに取られてしまいました」

そうした化学変化は、歌入れの際にも起きやすいという。

「歌が入った時に初めて、曲が持っていた本来の魅力を自分で理解することも多いんです。『ああ、そういう曲だったのか』と。鍵盤や打ち込みで作曲をしていた時には気づかなかった、メロディの不自然さが浮かび上がることも多いですね。

そういう部分は、何度録っても歌い手の方が間違えてしまったり、歌いにくそうにしたりするポイントになってしまうんですよ。それはつまり、『曲が正しくなかった』ということです。歌い手さんの反応を見て現場でメロディを変えることは珍しくありません」

昨今、技術の進歩によって、レコーディングしたボーカルに補正をかけたり加工したりすることが容易になった。しかし神前さんによれば、加工ではどうにもならない要素があるという。それは声質や、声に乗った歌い手の表情だ。

「歌っている人のナマの感情は、どんなに加工をしても出てしまうんです。だから、それをいかにベストな状態でキャプチャーするか。どれだけ歌い手さんに納得していただき、気持ち良く歌ってもらえるか。レコーディングにおいてはそれがいちばん大切だと考えています」

軽さの背後にある、豊かで深みのある低音を楽しんでほしい

テレビアニメありきのアニソン・キャラソンだから、ほとんどのリスナーは、音質的にそれほど良いとは言えない再生環境で楽曲に出会うことが多い。多くのアニソン・キャラソンは、そうした環境でも快適に聴けるように作られている。

一方で、テレビやパソコンのスピーカーでは聴き取れない、優れた再生環境でこそ聴こえる繊細な部分もある。

「スタジオでは、まるで顕微鏡のような解像度のスピーカーで音を聴きながら小さな音を作り込んだり、ベースとキックのバランスを取ったりしているんです。そうした細やかな音はもちろん、ピアノの内声の動きやストリングスのフレージングなど、プレイヤーの細かな演奏上の表情も、テレビのスピーカーではなかなか聴き取ることができません」

ピエール中野が監修した「ピヤホン」シリーズについて、神前さんは、「高音に関してはパチっと立っていて、きらびやかに、伸びやかに聴こえる」と語る。たとえば『恋愛サーキュレーション』であれば、ウィスパーボイスの表情がよりはっきりとわかり、リアルに耳元で囁かれているように感じられるそうだ。

しかしこのイヤホン(特に最新のピヤホン5)の第一の個性はむしろ、低音の豊かさにあるという。その豊かさは、神前さんが普段レコーディングに使っているスタジオのラージモニターに似た、音圧のある深い低音だという。

「ピヤホン5で聴いた時に違いがわかりやすいご自身の曲は?」と訊ねると、神前さんは、「『もってけ!セーラーふく』ですね」と即答した。

「あの曲は、声の方に重心がある軽い曲に見えて、低音の処理が非常に面白いんです。ベースがスラップで入っていたり、ドラムがテクノ的な手法でエディットされていたり。実は、制作当時、僕自身はそこまで低音に意識を向けてはいなかったんです。あまり良くない再生環境で制作していたんでしょうね。発表後、数年してから、『この曲、すごい低音がイケてる!』と気付きました(笑)。

今まで普通の再生環境で『もってけ!セーラーふく』を聴いていた人がピヤホンでこの曲を聴いてみたら、細かい部分がわかって、相当、驚きがあるんじゃないかと思います」


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